第258話 また厄介な子に目をつけられたような
美玻璃ちゃんが言われた言葉――誰が好きなんですか?
それは今の俺にとって史上最高難易度の命題と言える。
そして、それについて俺の答えが出てるはずがない。
出ていればこんなに悩んでないし、もっと言えば拗れてないしな。
にしても、どうして急にそんなことを.......?
「えーっと、答える前に確認していい?
どうして急にそんなことを聞こうと思ったの?」
「どんなに取り繕った言葉を並べても、質問に対して質問で返してることには変わりないんですが......まぁいいでしょう。
もともと、最初の方から疑惑はあったんですよ」
そして、美玻璃ちゃんが話した内容をまとめるとこうだ。
違和感を感じ始めたのは四月の頃。
姉である玲子さんの雰囲気が妙に大人っぽくなったことに、美玻璃ちゃんは気づいたようだ。
四月となると、俺と一緒に過去の世界に戻って来た時だ。
そう考えると雰囲気だけで気づくってだいぶ嗅覚が凄まじい。
さすがシスコン妹というべきだろうか。
話を戻そう。
とはいえ美玻璃ちゃんも、最初は気のせいだと思っていたらしい。
しかし、玲子さんから本格的に俺と関わり始めてから、その違和感は少しずつ核心に近づいたという。
また、玲子さん自身も知らず知らずに情報を零すことがあったらしい。
特に、永久先輩と琴波さんが関わった時には、悩む顔が多かったという。
そこで美玻璃ちゃんは玲子さんに気付かれないように調査を開始。
すると、露わになる一人の男を囲んで形成されるハーレム陣形。
「すわ、どこのギャルゲー!?」と美玻璃ちゃんも驚いたらしい。
そして、そのギャルゲーの中にヒロインとして玲子さんがいる。
妹としては由々しき事態と言えよう。
しかし、玲子さんは感知範囲がとても広い。
下手に動けばあっという間にバレて、動きを制限されてしまう。
だから、姉自らが妹を紹介する展開をずっと待っていたらしい。
逆にそこまでしなければバレる玲子さんの感知範囲とは何なのか。
正直、話を聞いていた俺はそっちの方が気になったが、それはさておき。
美玻璃ちゃんにとってその機会がついに訪れた――それが今だ。
「早川先輩は今では三人の女性と随分親しくしているようですが」
「なんか言い方にトゲがあるね。こっちはもう若干血だらけだよ」
「ですが、その前にも一人の小さな子と一緒に参拝してましたよね?
それも先に男子の友達と参拝を済ませていたにもかかわらず。
まさかお姉ちゃんに飽き足らず、小さい子にも手を出してるロリコンとは思いませんでしたよ」
「一応、訂正しておくとその人は身長はあんなんだけど、先輩だよ?」
「初詣デートをしていたことは否定しないんですね」
美玻璃ちゃんからの鋭い眼差しを突きつけながらも、俺は黙って頷いた。
俺が先輩と一緒に行動したのは紛れもない事実だ。
それでどうこう言われても反論できる余地がない。
「クズですね」
「......ごもっともな意見だね」
ストレートな罵倒を見せてきた美玻璃ちゃん。
今までにいないタイプに若干心を抉られながらも、少しだけ嬉しかった。
それは俺が罵倒されるのが好きなMの豚男というわけではない。
俺に対して、ここまで本心を晒してくれるのが嬉しかったのだ。
美玻璃ちゃんは言うなれば、勇姫先生と似たようなタイプだ。
自分の意見に対して裏表もなく言ってくれる。
もちろん、あの四人がそうじゃないとは言わないけど。
あそこまで好意を晒すのは、もはや裏表がないと同じだし。
しかし、なんかこう......あの四人とは違うんだよな。
俺がちゃんとどういう人物であるかっていうのを再認識させてくれるようで。
「......ムカつきます」
「え?」
「その顔ですよ。私に言われても全然響いてないというか。
軽く受け流して笑ってる感じがすっごい腹に立ちます」
突然、美玻璃ちゃんが俺の顔を見ながらそう言ってきた。
睨んでいる顔は相変わらずだが、どこか負けた感の雰囲気を醸し出してる。
え、急にどうしたの?
「罵倒されて喜んでる気持ち悪い奴とは思わなかったの?」
「思いましたよ。ですが、そんな人物はお姉ちゃんの好む範囲ではないので。
そう考えれば、必然的に早川先輩が余裕ぶってるってことになります」
ということらしい。
どうやら内心嬉しがってたことが顔に出てしまっていたらしい。
なんと鋭い子だろうか......まぁ、玲子さんの妹だしな。
「それで話を戻しますが、先輩は誰が好きなんですか?
その答え次第では、ここでお姉ちゃんに近づかないことを宣言してもらいます。
当然、お姉ちゃんの前で、です。記録として録音もさせてもらいます」
「ガッチガチだね......もう言い逃れという手段を完全に潰しに来てる」
美玻璃ちゃんが右手にスマホを画面を見せた。
それはしっかりと「REC」の文字があり、本気であるのは睨む目つきと相まって十二分に理解できる。
しか、それだけ本気だという証だ。
シスコン妹だからこそ、姉の幸せを真摯に願っている。
その邪魔をしようとしている奴がいれば、美玻璃ちゃんは当然それを許さない。
となれば、俺も当然その答えに対してハッキリ答えなければいけない。
「わかった。俺も今の気持ちを偽りなく言うよ」
「当然です。嘘なんてつけばそれこそギルティです」
そう言って、美玻璃ちゃんは立てた親指で首をかき切った。
おっとマジで発言を間違えたら死にそうだぞ?
それこそ、玲子さんやゲンキングの非じゃない殺意だ。
俺は一つ深呼吸し、ありのままの本音を言った。
「正直、今の俺には誰が好きとかハッキリ決められない。
情けない話、そういう好意に対してよくわからないんだ。
いや、正確には今までわからなかった、かな。
あいにく俺はそういうこととは縁遠い人生を送って来たから。
好意を貰えることは嬉しい。だけど、特別がわからない......そんな感じだ」
「......そうですか」
俺の言葉に対して、美玻璃ちゃんはボソッと返答した。
怒るわけでもなく、睨みつけるわけでもなく、目線をそっと逸らすだけ。
いっそ可哀そうな人を見る目を向けてくれれば良かったが、それですらない。
「急に黙りこくったけど、どうしたの?」
「いえ、別に.....ただ、部外者の私が下手に口出すべきことじゃないような気がしまして。
だって、普通あのお姉ちゃんのルックスで落とせない男子はいないわけで。
にもかかわらず、お姉ちゃんが手こずってる相手となれば、一筋縄じゃいかないことはわかっていたわけで」
「そんなことはないんじゃない?
ほら、俺が言うのもなんだけど、美玻璃ちゃんは玲子さんの身内なわけだし。
相手がどんな事情であれ、家族の見方をするのは当然だと思うけど」
「......」
そう言った直後、美玻璃ちゃんが目線だけを動かし、ジロッと俺を見る。
その視線の意図がわからず首を傾げれば、彼女は口を開いた。
「早川先輩って聖人君子にでもなりたいんですか?」
「え?」
なんか前にも似たようなこと言われたような......。
「いいんですよ、散々好き放題言った私なんかに気を遣わなくても。
ともあれ、先輩の言い分はわかりました。
どうやら先輩には先輩の想いがあるみたいですしね」
「それはなんというか......非常に俺に都合の良い展開だが......」
「しかーし!」
その瞬間、低い声のトーンでしゃべっていた美玻璃ちゃんは元も調子を取り戻し、指先をビシッと向ける。
「それでも、やはり先輩にお姉ちゃんがふさわしいか見極める必要がありそうです。
というわけで、本格的な始動は入学してからになりますが、せいぜい首を洗って待っておくことですね!」
「そっか、わかった。でも、まだ受験すら始まってないような――」
「受かるからいいんです!
有名私立でもなければ、ちゃんと勉強してれば大抵受かりますから!
というか、滅多なことがない限り受かりますから!」
「そんな身も蓋もないことを......」
「私の機嫌を損ねて後ろから刺されないように気を付けてくださいね、先輩」
そう言って、見張りちゃんは小悪魔から「小」を抜いた表情を浮かべ笑った。
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