第252話 それは正しい選択だったのか?
永久先輩と手を繋ぎ、再び人込みの中へと入りこんでいく。
汗ばんだ左手から感じるひんやりとした彼女の右手。
その手は子供のように小さく、そして折れてしまいそうなほど細い。
ただ手を握っただけだというのに、妙な緊張の汗が出る。
胸の内側かこみ上げる熱量が、なんだかこそばゆく感じる。
や、やべぇな、今女の人と手を握ってるのか......。
こう考えるのは気持ち悪いと思われるだろうが、仕方ない。
だって、思春期の体がこの手の感触を敏感に感じ取ってるもの。
俺の右手に全神経が集中しているような感覚さえある。
握ると手の細部の感触や、手のしわとかが脳裏に焼き付いてくる。
「.......」
俺と手を握ってからというもの、先輩は終始無言だ。
チラッと様子を見てみれば、どことなく表情が沈んでる気がする。
なんだ? 何か俺はまたミスったか?
そう思っていれば、様子を伺うようにチラ見し返してきた。
そして目が合えば、途端に顔をを逸らし、先ほどの表情が嘘のように頬を赤くする。
もしこれが電子マンガのコメント欄であれば、「メスの顔してる」という言葉で溢れてるだろう。
それを自分の手がそうさせてしまっているのだから、いよいよもって心臓がヤバイ。
もう巨大な和太鼓を力いっぱい叩いているかのような迫力の心音が鳴ってる。
今にも破裂しそうな勢いだ。
あぁもう! そんなしおらしいの止めてくれよ!
いつもの感じで小賢しく罵ってくれていいからさ! 今はそっちで頼む!
......なんてことはさすがに言えないので、とりあえず声をかけた。
「凄い込み具合ですね。先輩は大丈夫ですか?」
「え、えぇ......大丈夫よ――ひゃっ!」
その時、先輩の小さな体が、往来する人の体で弾かれた。
なので、先輩がコケる前に左手を引っ張って先輩を引き寄せた。
その結果、俺のふくよかな腹に先輩の体がぶつかる。
「「っ!!」」
瞬間、顔に燃え上がるような熱を感じた。
同時に、俺は反射的に先輩の肩に手をおき、体から離す。
「す、すみません......」
「い、いえ、大したことないわ。不注意はこっちだったしね。
そ、それよりも先を急ぎましょう」
「わかりました」
俺は再び先輩の左手を取ると、そのまま拝殿へと向かった。
ずらりと並ぶ参拝客の喧騒を聞きながら、俺達は順番が来るのをじっと待つ。
その間も無言であった。気まずいったらありゃしない。
しかし、話しかけようにもどうにも先輩と目が合わない。
そのくせ、俺が握るよりもずっと強く手を握っていた。
順番が回ってきて、俺は流れで二度目の参拝をする。
その際、手が離れた瞬間に、先輩が少し寂しそうな顔をしたのは気のせいか。
無事参拝が終わると、人込みを離れ、拝殿脇の木陰の下へと移動した。
「ふぅー、参拝まで終わればさすがに気が楽なりますね」
「......なんというかごめんなさいね」
俺が一息吐いた瞬間、先輩がそんなことを聞いてきた。
その時の彼女は、左腕を右手で抱き寄せるような姿勢をしていた。
その姿からどことなく負の感情が見え隠れする。
「何がです?」
「拓海君に二度も参拝させてしまったことに対してよ。
もうすでにいつものお友達と一緒に来てうやってたんでしょ?
なのに、ワタシのために付き合わせて......」
「それぐらい大したことじゃないですよ。それもたかだか数円ぐらい。
それよりも、なんだかさっきから様子おかしくありませんか?
というか、出会った当初の態度はどうしたんですか」
「そ、それは!.......その、なんというか、なんて話しかければいいかとか思って......。
そうね、この状況を一言で言うとすれば、ただの”自爆”よ」
「ほんと端的に言い切りましたね......非常にわかりやすくていいですけど」
つまり、先輩はずっと恥ずかしがっていたわけだ。
まぁ、そんなことは見てすぐにわかったけどね。
それよりも、それとはもっと別に理由があるように感じる。
特に、今の感じはそんなことに対して罪悪感を感じてる様子じゃない。
「先輩、何か隠してませんか?」
「どうしてそう思うのよ?」
「さすがに半年も関わり合えば、それぐらいはわかりますよ。
もし良かったら言ってくれませんか?
解決できることなら協力したいですし。
無理にとは言いませんけど」
そう言った途端、先輩は俺から目線を逸らした。
その一秒後には顔を下に向け、その状態で目線を合わせてきたかと思えば、再び目を伏せた。
そんな先輩の様子に俺は首を傾げていると、先輩はようやく口を開く。
「少しだけね.....罪悪感がチラつくのよ」
「罪悪感?」
「あなたに東大寺さんの申し出を断らせてしまったことよ。
ワタシとあの子は歪な間柄ではあるけれど、それでも友達には変わりないの。
だから、あの子の断られた時の表情が目に焼き付いて離れないの」
「だけど、それは俺のこれまでの行動が原因でして......先輩がそんな風に感じる必要はないです。
......いえ、身勝手なことを言いましたね。すみません、失言でした」
俺は顔を伏せ、静かに謝罪する。
その言葉に、先輩は「別に、ワタシは気にしてないわ」と返答するだけ。
すると、数秒後に再び口を開いた。
「.......拓海君、ワタシに付き合うのはもうここまででいいわ。
それよりも、早く東大寺さんの方に向かってあげて」
「え......?」
「このままじゃたぶんずっとこのままな感じがするのよ。
あなたとの今日という思い出を大事にしたいけど、その度に脳裏にあの子の悲しそうな顔が過る。
優しすぎるのも罪ね。でも、こっちの方が気分がスッキリするわ」
「先輩......」
「だから早く。このままあなたにいられると、ワタシの心が醜くなりそうだから」
先輩はそう言って悲しそうな目をしながら、口元は笑って見せた。
顔の上下の表情がまるで違う。歪であるが故に、その言葉は強かった。
そんな表情に、俺は返答すべき言葉が見つからない。
「.......わかりました」
そして口から出たのは、ただ相手の願いを聞き入れるだけの言葉。
言い換えれば、相手の意思に流されただけ。
こういう時の俺の意思はまだ弱い。
「すみません、先輩......少し行ってきます」
「謝らなくてもいいわ。これは私のワガママなんだもの。
それに、ワタシもまだまだ覚悟が足りなかったということでもあるし。
だけど、これっきりにするわ。だから、行って来て」
俺はその言葉を受け、早足で歩き出した。
すぐに振り返りたい気持ちに駆られたが、今の俺の覚悟で合わせる顔がない。
そんな気持ちが表れるように、俺の手は流れるようにポケットにあるスマホに手を伸ばした。
画面のロックを解除すると、東大寺さんに電話をかける。
『もしもし、拓海君? どうしたの?』
「突然だけど、今から埋め合わせできないかなって」
『え、でも、今は先輩と一緒じゃ......ううん、なんでもない。
わかった。なら、拝殿に行く途中であった御神木の近くで集まるでいい?』
「あぁ、わかった。これから向かうよ」
通話を終えると、スマホをポケットにしまった。
同時に、琴波さんと話したせいで、妙に先輩の言葉がチラつく。
そして俺の意思とは無関係に、体は先輩のいる方を求めた。
しかしながら、そこにはもう先輩の姿はない。
「どうすればよかったんだろか......」
心の根底にある「縁を維持したい」という気持ち。
その心ともう少し向き合う必要がありそうだ。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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