第247話 クリスマスの決意
「悪いな。話を聞いてもらうためだけに外出てもらって」
「問題ないわ。ついてきたのは私達の意思だから」
隼人に言われた通り、俺達は厚着をして裏庭へと向かっていた。
先に歩く俺の後ろを、玲子さん達がついてくる。
ちなみに、先ほど回答してくれたのは玲子さんだ。
俺は裏庭へと辿り着く。
その場所は庭師によって開催されてる彫刻展のような剪定された木がたくさんあった。
また、その木はいつの間にか降っていた雪によって化粧がされており、少し幻想的だ。
そんな中で、俺は振り返って呼び出した四人を見た。
その四人である玲子さん、ゲンキング、永久先輩、琴波さんは横並びに並んでいた。
彼女らの俺に向ける顔つきは真剣そのもの。
まるでこれから俺が言う言葉を全て受け入れるとでも言わんばかりだ。
緊張が一気にこみ上げてくる。
心臓がバクバクと音を鳴らし、うるさい。
それこそ、向こうの四人にも聞こえてるんじゃないかというぐらいだ。
しかし、それでも逃げ出すわけにはいかない。
一つ大きく深呼吸して、俺は口を開いた。
「改めて、集まってくれてありがとう。
そして、まずはこれまでの俺に対し、感謝と謝罪を述べたいと思う」
もう一度息を吸うと、言葉を続けた。
「最初に、俺と縁を結んでくれてありがとう。
四人それぞれとは良くも悪くも大変なことが多かったと思う。
だけど、その中でも俺という縁を切らないでくれた。
それを俺はとても嬉しく思っている」
もう何度目かの後悔の話だが、俺にはこの人生に来るまで終ぞ味方はいなかった。
寄り添ってくれていたのは母さんだけであるが、その母親すらも俺は拒絶した。
その結果、俺は自殺した。
しかし、何の因果か俺は再びここに戻って来た。
その中で俺が母さん以外で大切にしたいと思ったのは、一度は手放した縁を繋ぐこと。
簡単に言えば、友達を作ることだ。
俺はもう一人になりたくなかった。寂しかったし、怖かったから。
だからこそ、俺は友達は大事にしようと色々な行動を取った。
そして今では、俺の周囲にはたくさんの友達がいる。
「最初は隼人との契約みたいな感じで始まった高校生活だけど、玲子さんと出会い、ゲンキングと知り合い、永久先輩と関わり、琴波さんに話かけられ、それによって結ばれた縁が今この状況を生み出していると思うと、俺はそれがなんだか感慨深く感じるんだ」
冬の乾燥のせいなのか、極度の緊張のせいなのか。あるいはその両方か。
ともかく、俺の口はパサパサに乾きまくっている。
しかし、言い出した想いの前では些細な問題だ。
「そう思えるのも、俺なんか......いや、俺のために近くに居続けてくれた四人のおかげだ。
もちろん、他の皆の関わりもあるけど、きっと四人の功績の方が大きいと思うから。
だから、ありがとう。こんな俺を拾い上げてくれて、そして見捨てないでくれて」
これまでの人生を考えると、今があまりにも居心地が良すぎて、今でも時折夢なんかじゃないかと思うことがある。
死ぬ直前の走馬灯のような感じで、命が尽きる刹那で限りなく自分の都合のいい妄想をしてるような。
だって、いくら自分が頑張った結果とはいえ、知っている人生とあまりにもかけ離れてるから。
だからこそ、仮にこれがあまりにも自分にとって都合の良い物語だとしても、俺を好きになってくれた四人には感謝してもしきれない。
そのお礼はちゃんと言わなきゃダメだ。これがまず一つ。
そして、俺はゆっくり息を吐くと、冷えた手で拳を作った。
手汗でさらに冷やされた手が、握った拳をくっつけて離さない。
腕はわずかに強張り、肩は上がり、緊張の二文字が体に表れている。
そんな状態ながらも、俺は腰を90度に曲げるように頭を下げた。
「だからこそ、ごめん! これまで曖昧な態度を取り続けて!
言い訳になるかもしれないけど、俺はさっき言ったみたいに縁を大切にしたかった。
それは俺にとってとても大切な意味を持っていて、何かの拍子に千切れてしまうのが怖かった」
一人という空間は知っている。
誰にも咎められることもせず、自分の意思で、自分の思うがままに行動できる。
そのくせ、責任は母さんに放り投げていたのだから、そりゃ居心地が良かろう。
しかし逆に言えば、それは誰かが俺の自由を認めてくれていたからあった空間だ。
俺には母さんがいた。母さんが俺の自由を守護してくれていた。
それを知らず、俺は一人城の主を気取っていた。
そう、俺は最初から一人でいることができない人間だったんだ。
俺は孤独に耐えられる人間じゃなかった。そういう人種だった。
母さんという光を当たり前にして、見ないようにしてただけなのだ。
だからこそ、母さんという光が無くなった時、自分の愚かさで世界から月を消してしまったことを後悔して、俺はあっさり死を選んだ。
一人でいることができない。それが俺なのだと、俺は俺を理解した。
「俺は繋いだ縁をどれ一つとして途切れさせたくなかった。
その理由の一つとして、四人それぞれの好意に気付かないフリをしてたんだと思う。
ラブコメにありがちな典型的な鈍感野郎を気取って、それが縁を維持する方法だと盲信して、ただいたずらに時間だけを引っ張った」
本当はとっくにわかっていたはずだ。
それがただの答えの先延ばしにしかならないことぐらい。
しかし、無意識にでも俺はそういう行動を取っていた。
ただの鈍感野郎より酷い奴だ、俺は。
「もちろん、俺は俺自身が好きじゃなかったから、それも理由にはあると思う。
けど、俺は我が身可愛さでそういう行動を取り続けて、四人の辛さを理解しようともしなかった。
本当に最低な野郎だと思う。幻滅してくれても構わない」
今四人はどんな顔をしているのだろうか。
それを知るのがとても怖い。でも、これは自分が招いた種だ。
どういう結果になろうとも、謝るしかない。
「何も考えず傷つけ続けて、曖昧な態度を取って、優しさに甘えて、無責任に放置し続けてごめん。
許して欲しいなんてことは口が裂けても言えない。
それでも、せめてもの誠意として言わせて欲しい」
俺は顔を上げた。幸いと言うべきか、四人の表情は変わらなかった。
いや、むしろ何を考えてるかわからないとも言えるかもしれないが。
それでも俺は今この場で全てを言葉にする。
「俺にチャンスをくれないか。誠意を見せるチャンスを。
これまで考えなかった四人の気持ちを、しっかりと受け止めるチャンスを。
この状況を招いたのは俺の行動による結果だ。なら、責任は俺にある。
せめてその責任は果たしたいと考えている」
俺は今想っている気持ちを伝えた。これが全てだ。
するとその時、先輩が腕を組んで、三人よりも一歩前に出た。
そして、上から目線をするように顎を上げると、強い口調で言った。
「理由はわかったわ。あなたがどんな気持ちでいたかもね。その上で言わせてもらう。
あなた、随分と図々しいことを口にしてることは理解してる?
『自分は悪いと思っていました。けど、見逃されてる優しさに甘えてました。
それでいて、散々言われてようやく自覚しました。もうしないのでチャンスをください』。
まるで浮気男の謝罪のようなセリフね。そんなに私達を軽んじてる?」
「......」
真正面からぶつけられる正論パンチ。言い返す言葉もない。
思わず顔を下に向けたくなった。けど、ここで逸らしちゃいけない気がした。
すると今度は、玲子さんが前に出て先輩の横に並んだ。
「白樺先輩がわざわざ悪役を買って出てくれたけど、概ね同じ気持ちよ。
もちろん、私達だって拓海君がどういう状態かぐらい理解してたわ。
その上で行動したのだから、私達にだって責任の一端はある。
それでも言わせて欲しい。相手を想うってそんな楽な気持じゃないの」
次に、ゲンキングが前に出た。
「拓ちゃん、本音を言えば前からずっと言い出すのを待ってたんだよ?
拓ちゃんがわたしの素を暴いた時......ってあれは偶然かもだけど、それでもそれを知ったことで、拓ちゃんは林間学校のあの時にわたしを助けようとしてくれた。
だったら、早くに知れたらわたしだって逆のことができたかもしれないんだよ?
そう考えると、これまでの拓ちゃんは心の底からは信頼してくれてなかったって思えてしまう」
「そんなことはない! それだけは絶対に......」
しかし、そう言葉に出しても思わせてしまった時点で罪だ。
相手の思考を制御できない以上、出来る限り誤解させない行動はしなければいけなかった。
その点、俺は赤点もいいとこだ。
作者の気持ちどころか、一番近くの友達の気持ちすら読み取れていない。
そして、最後に前に出たのは琴波さんだ。
「うちも変わろうと努力した人間だから。
拓海君の変わろうとする勇気や嫌な自分が目に付く気持ちがよくわかるよ。
うちはバカだから、とにかく変に誤解されたくなくて、ハッキリ言いたいことは言った。
その結果、直球勝負ばっかみたいになったのは反省だけど、それでも後悔はない。
だから、そんなうちからのアドバイス。もっと言いたいことは言っていいんだよ。
今更ちょっとやそっとじゃ変わりやしないんだから」
四人はそれぞれの言葉で俺の言葉に返してくれた。
先輩と玲子さんが怒るのは当然で、ゲンキングが不安になるのも当然で、琴波さんが寂しそうな顔をするのもまた当然の反応と言えた。
俺の顔がついに下がっていく。
俺から四人に繋がる縁が今少しずつ細くなろうとしている。
けど、それも当然の結果で――って違うだろ!
なんでそこで諦めてんだ! どうせダメならダメもとで最後まで足掻け!
俺はこの四人の縁を切りたくない! それが本音だろ!
だったら、どんな形であろうとも維持しようとしろよ!
もう俺は光を失いたくないんだ!
「ごめん!でも、俺は――」
「「「「だからこそ、チャンスをあげる」」」」
その時、四人の言葉がユニゾンして聞こえた。
瞬間、俺の口は時を止める。
その間に、先輩、玲子さん、ゲンキング、琴波さんの順で言葉を続けた。
「あなたがダメ人間なのは最初から理解ってたわ。
わかっててなお、今この場にいる。惚れた弱みってやつね。
なら、あなたの口からちゃんと答えを聞かなければ終われない。
良かったわね、こんなに優しい先輩が近くにいて。お得よ?」
「拓海君、私は今でもあなたをヒーローだと思っている。
どんな状況であろうとも最後まで抗い、誠意を見せようとする姿勢。
他の誰がどう言おうとも、私はその姿勢を大きく評価する。
だから、どうか最後までカッコいいヒーローでいて」
「拓ちゃん、もうさ、わたしには隠すものなんて何もないんだよね。
わたしが実は陰キャだってことはバレたし、レイちゃんに憧れてたってこともバレた。
そして挙句には......ともかく! こうなったらとことんやってやる!
じゃなきゃ気持ちよく終われないもん!」
「うちは拓海君に憧れ、追いかけ続けた果てに今この場にいる。
えへへ、正直今思い返してもどうしてこんな感じになったかはよくわかってない。
でも、この胸に抱いてる気持ちは本物。だから、私は最後まで待つよ」
「......っ」
なんと言葉にすればいいかわからなかった。
代わりに、頭を下げるという行動が咄嗟に出た。
もはや心の底からこの四人には頭が上がらないという意思の表れだったのだろう。
そんなあやふやな気持ちの中で、俺はなんとか口にした。
「ありがとう......俺にチャンスをくれて。もうなんと言葉にしたらいいか。
だからせめて、今の正直な気持ちを語ろうと思う」
俺は頭を上げた。そして、言葉を続ける。
「俺は永久先輩も、玲子さんも、ゲンキングも、琴波さんも好きだ。
だけど、それがまだ恋心かどうかの自覚は無くて、誰かが特別という感じでもない。
それでも、俺は必ず答えを出す。もう少しだけ時間が欲しい。お願いします」
俺は再び頭を下げると、僅かなため息とともに返答を聞いた。
「......甘いわね、ワタシも」
「いいわ。あげる」
「ただし、必ず答えは出すこと!」
「うん、約束だよ」
「ありがとう......本当にありがとう」
俺は顔を上げて皆を見ると、四人とも笑っていた。
若干どうしようもない奴という感情も混じってる気もした。
とはいえ、実際どうしようもない奴なのでその感情は受け入れる。
そしてこの瞬間を持って、俺は本当の意味でクリスマスを終えた。
またこの日を境に、俺の人生は時間を加速させるように早く過ぎた。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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