第236話 イブの告白#2
クリスマスイブ......12月24日のその日はほとんどの人が記念に思う日。
家族、恋人、友達と各々大切な人達と過ごし、今日という記念日を過ごし、人生の思い出として刻んでいく。
そして、その記念という意味では俺もまた同じだ。
しかし、それが良い意味なのかと聞かれれば、それは少しわからない。
なぜなら、俺が話そうとしているのは、もう一人の俺の人生の話だからだ。
その男の人生は酷く理不尽で、過酷で、そして愚かであった。
高校へ入学するある日、いじめっ子達に絡まれ、問答無用の八つ当たり。
それで終わりかと思いきや、同じ高校で同じクラスという最悪な展開。
それこそ、最悪な出会い方をしたヒロインが、主人公のいるクラスに転入してくるよりもビックリな展開とも言える。
そして、その後は最悪な三年間を過ごし、親への負い目で自殺こそしなかったが、それでも俺の精神は確実にやつれていた。
とはいえ、全てのキッカケは理不尽そのものであったが、立ち上がる機会なら何度とあった。
なぜなら、高校卒業を機にそのいじめっ子達と関わらなかったからだ。
言うなれば、地獄からの解放であり、もう危険に晒されなくなった以上、自由に空へ羽ばたける。
にもかかわらず、俺は空を憎み、巣立ちを拒んだ。
もちろん、そういう行動に至ったにはわけがある。
外に出ることが怖くなったのだ。
危険な目に遭いたくなかったのだ。
キッカケが理不尽な八つ当たりだっただけに、またその理不尽に怯えた。
いつ来るかもわからないものに怯え続ける日々。
今思えば、考えすぎであり杞憂もいいところだろう。
しかし、その時の俺の精神ではそれが一番の選択だと思えたのだ。
外に出なければ、その”キッカケ”も生まれることはない。
世界一安全が確約されたマイホーム。
そこに閉じこもり続ける限り、俺は怯えなくて済むから。
母さんが優しすぎたというのも、理由があるかもしれない。
俺が物心つく前に父親が無くなり、シングルマザーとして子育て日々。
にもかかわらず、俺の行動は比較的自由にしてくれた。
まぁ、俺があまり何かをねだらなかったのもあるかもしれないが。
別に母さんのせいにするつもりはない。それも要因の一つというだけだ。
こういう選択をしたのは俺である以上、この先の結末も俺の責任だ。
そして、果物が時間をかけてじっくりと腐るように、安全地帯にいた俺も腐っていった。
いや、もっと言うなら退化していったというべきだろうか。
天敵のいない地にやってきた鳥が、全てが満たせるその場所で満足し、空という外の世界を捨てて翼を無くしたように。
それからの展開はまぁ、今更深く語ることもないだろう。
翼を捨てた鳥は、さらに親のすねをかじるだけの家畜以下に成り下がって、自分のせいで母さんが過労死すれば、死に目にすら顔を合わせることなく首に縄をかけた。
本当に何度思い返してもクソみたいな人生を送っていたと思う。
見えない恐怖に一人勝手に怯え続け、全てを見捨てた結果がこの末路。
最終的に俺は俺自身すら捨てたのだ。
歩くための、前に進むための足があるにもかかわらず。
「――これが俺のもう一つ......やり直す前の最初の人生なんだ」
俺は母さんに向かって全ての過去を話した。
それはもう包み隠さず、自分のクソッたれな部分なんて特に。
そんな突拍子もない会話に対し、母さんは黙って聞いていた。
まるで俺の言ってる言葉が微塵も冗談と疑ってないような顔で。
「俺はずっと後悔してた。
母さんは立ち上がるチャンスをずっと見守っててくれたというのに、それに甘え続け、その結果母さんを死へと追いやった。どうしようもない息子なんだ」
俺は俺のことが嫌いだ。
世界一大好きな母さんを、自ら死へと追いやった俺が。
本当にどうしようもなく嫌いなんだ。
「でも、何の因果か俺はやり直すチャンスが与えられた。
俺はこれを償いの機会だと思った。
母さんに恩返しするために与えられた時間だと。
今度こそ俺のせいで母さんが死なないようにするために」
今、母さんはどんな顔をしているだろうか。
話している最中、どんどん負い目で顔が見れなくなって顔を逸らしてしまった。
怒ってないだろうか、恨んでないだろうか。
例え、どんな感情を持たれていても俺は償いを続ける。
「だから、俺は母さんに謝りたいし、感謝したい。
こんな不出来な息子でごめんなさい。
殺してしまってごめんなさい。
この償いはどんな形でもします。必ずします。
そして、こんな俺でも最後まで面倒見てくれてありがとうございました」
俺はズボンを強く握りしめ、頭を下げた。
これで俺の全ての告白は終わった。
あの時、言えなかったことを、別の世界線の母さんではあるけど言えた。
ただ、これを機に親子の縁も終わった気がするけど。
そう思ったその時、前の方からカチャンと高い音がなった。
「......いただきます」
「え......?」
母さんは片手に箸を持ち、両手を合わせて食事の挨拶を告げると、何食わぬ顔で食べ始めた。
その行動に俺はあっけに取られる。もっと何か言われると思った。
いや、もう赤の他人として接し始めたのか......?
「拓ちゃん、食べないと冷めちゃうよ?」
......というわけではないらしい。えっと......これはどういう行動だ?
母さんは天然なところはあるが、これだけ正面から言って伝わらない人じゃない。
そんな気持ちが口から溢れたのか、俺は質問した。
「母さんは何も思わないのか?......今のを聞いて」
「思うも何もそれは今の私じゃないし。
言うなれば、別の世界線の私ってことでしょ?
なら、別に私が拓ちゃんに対して思う事なんて何もないし」
そう言って、母さんはおかずを食べ、さらにご飯をパクリ。
そんな母さんの言葉が信じられなかった。この人、正気か!?
「いやいやいや、それでも酷いとかは思うでしょ!
だって、俺は母さんを殺して――」
「それは所詮私の自己管理の甘さによるもの。だから、拓ちゃんのせいじゃないわ。
それに親であるならば、子供の悩みに気付いて然るべき。
そういう意味でも私の過失だと思うから、特に拓ちゃんを怒ろうとは思わない」
「そ、それはさすがにない! 人間、親子であろうと隠し事の一つや二つは必ずある!
それが深刻な悩みだったとして、それで助けを求めなかったのは俺だ! 俺なんだ!
だから、母さんが悪いなんてことは一つもなくて、全部俺が悪いんだよ!!」
俺は机をダンと叩きながらその場を立ち上がった。
なんかもうめちゃくちゃなことを言ってる気がする。
まるで自分を罰して欲しいと願っているかのようだ。
でも、これをどうも思わないなんて、それはそれでどうかしてると思う。
そんな俺の言い分に対し、母さんはお椀の上に箸を置くと返答した。
「拓ちゃん、私はね。その言葉だけで拓ちゃんがどれだけ苦しんできたかわかるの。親だから。
罰が欲しいというなら、こうして今まで苦しんできた期間が罰と言える。
それに、子供が自分の過ちに気付き反省し、謝罪することが出来たなら、残る親の役目は許すことだと思うの。
だって、そうしないと苦しいことから逃げれないじゃない」
「......母さんは逃げていいって言うの?」
「いいじゃん、逃げたって。逃げれなかった結果が、拓ちゃんの一度目の人生なんでしょ?
拓ちゃんが自分でガス抜きが出来ないというなら、親である私がその役目を担う。
助け合うっていうのが家族であり、人間っていうものでしょ?
だからそうね......早川家は逃げることを許します! 親は頼るものよ」
「.......」
色々言いたいことがあった気がした。
反論できる部分はいっぱいある気がした。
しかし、それら一切合切は言葉になることは無く、口は動かない。
そして、次第に俺の両目からはまばたきもせずに涙が溢れ出る。
その涙の雫が頬を伝うたびに、黒くくすんだ心が漂白されるような気分になった。
これが親......というものなのか?
わからん、わからんが少なくとも母さんに鍵って言えば――
「ははっ、母さんには敵わねぇわ.......」
「私に勝とうなんざ百年早い。お腹の中から出直してきな」
そう言って、母さんは目を細めいたずらっぽく笑った。
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