第232話 着実に一歩ずつ
柊さん(と勇姫先生)と話した翌日の日曜日。
俺はいつものルーティンワークで、朝から外を走っていた。
季節はもう冬であるため、めちゃくちゃ寒い。
「全然体温ったまんねぇ......」
走るたびに口から漏れ出た息が白く染まっていく。
気温は6~7度ぐらいだろうか。
人によってはまだ温かいと言う人もいるだろう。
しかし、俺は寒さに対して耐性が低いので、走り出したのにもう帰りたい気分。
けど、俺は走りたかった。走るべきだと思った。
それはもちろん、ダイエットという目的のためであるが、今日ばかりはそれは二の次。
今走っている目的、それは――逃避行動である。
気分転換と言いたいところだが、気持ちの割合的にはそっちの方が正しい。
では、一体何から逃避してるか......それは昨日の気持ちのことだ。
昨日、俺は柊さんと話でブチ切れたわけだが、アレで気持ちの整理がつくかと思えば全っ然。
一方的に感情的に被害者という優位性でもって、これでもかってぐらいに圧をかけて言葉を叩きつけたってのに、全然気持ちが晴れることがない。
いや、全く晴れてないということはないんだけど、それでも自分が言ったことに対して、なーんか言葉に出来ないモヤモヤがある。
そんでもって、若干言い過ぎたんじゃないかって罪悪感すら感じている。
まぁ、柊さんは泣いてなかったし? いい塩梅だろって気持ちと、さすがに感情的に言葉をぶつけ過ぎたよなって気持ちがぶつかりあって、むしろ心労がかさんでるような。
というわけで、その気持ちからの逃避である。
それに、俺にはまだつけなきゃいけないケジメもあるしな。
いや、それに関しては時期に言おうと思ってるけどね。
あぁ、母さんよ......全然気持ちにケリつけらんねぇよ。
「......ん?」
頭の中でボヤきながら走っていると、視界の端に見覚えのある影を捉えた。
いつものランニングルートで通る公園に、いつもなら誰もいない公園に、なぜか玲子さんがいた。
加えて、玲子さんの近くには犬がいる。あれは.....柴犬ちゃん?
俺はその場でしていた足踏みの方向を公園に向け、玲子さんに会いに行ってみた。
まぁなんというか、特に話す内容はないけど......強いて言うなら、前に悩みを打ち明けてから少しだけ気分いいし、そのお礼を言いにって感じかな。
「玲子さん、おはよう」
「拓海君! えぇ、おはよう。まさかこんな朝早くに会えるなんてね」
声をかけると、玲子さんは目を大きくして驚きつつも、すぐにいつも通りの顔で返事した。
にしても、玲子さんの格好......凄いな。端的に言って可愛い。
なんかこう、ロシアの方で着てそうな格好というか.....とにかくモコモコ! ってオイ語彙力!
ボキャブラもなければ、語彙力も足らんのか己は。
くっ、言葉に表せないってなんか悔しい!
「どうしたの、拓海君?」
「え?......あ、いや、なんでもないよ」
いかんいかん、セルフツッコみにかまけすぎた。
玲子さんからも不審がられてるか?
とにかく、なんか話題を......あ、柴犬ちゃん!
「玲子さんって柴犬飼ってるの?」
俺は適当な話題を出し、玲子さんに聞いてみた。
すると、玲子さんはへっへっへしてる柴犬ちゃんを見つめながら言った。
「この子は私の家のお隣さんから預かってるワンちゃんなの。名前はドリーム。
なんでも、数日旅行に行くからってことらしくて。
聞き分けのいい子であまり手がかからないの。
それに頭も良くてね。それでいてこの可愛さ......最高」
玲子さんはしゃべりながらしゃがむと、優しい手つきで柴犬ちゃんもといドリームを撫で始めた。
一方で、そんな玲子さんを見ながら、俺は目を剥いていた。
なんか玲子さんが淡々と言葉を並べながら、すっごいデレてらっしゃる。
あのクール......寄りの玲子さんが、ここまでヲタクの如く感想を述べるとは。
お、恐るべしドリーム......あの、ドリームさんわたくしも触ってもよろしくて?
「俺も撫でてみていいかな?」
「たぶん大丈夫だと思うわ。ドリーム、撫でてみたいって。いい?」
「ワン!」
「いいって」
ドリームさんから許可を得たので、俺はしゃがみ込んで早速撫で始める。
おぉ......ドリームさん、この毛並み......結構なお手前で。
さすがあの高級マンションに住んでることだけはある。
んで、湯たんぽみたいに温ったけぇ。
.....っていうか、玲子さんの住んでるとこってペット可だったんだ。
「にしても、こんな朝早くから散歩なんて凄いというか......それが飼い主さんからの指示だった?」
「そうね、いつも朝に行くのがこの子のルーティンらしいの。
でも、こんな季節だし、もちろん無理しなくていいって言われたわ。
けれど、この子の行きたそうな顔を見ていたら、もう行くしかないと思って」
「犬と猫には勝てないもんな.....わかる。まぁ、うちは何も飼ってないけど」
「同感だわ。私の家にもいないけれど」
そして、俺と玲子さんはしばらく無言でドリーム様を撫でさせてもらった。
ありがたい、この毛並みを堪能しているだけで時間が消費されていく。
しかし、何も話さなすぎるのはそれでそれで気まずい。
となれば、ここはやはりあの話題か。
「玲子さん、ありがとう」
「ん? ごめんなさい、何の話? 何か感謝されるようなことしたかしら?」
「ほら、夜に二人で話したことだよ。俺の過去について」
「あぁ、合コンの夜のことね」
「うっ、指摘されないように遠回しに言ったのに......」
「ふふっ、ごめんなさい。少しだけ魔が差したわ」
そう言って玲子さんは笑っていた。まぁ、深く気にしてないならいいけど。
アレでまた玲子さんから妙な目で見られたら......ってやっぱ自覚あるんだなぁ俺。
「それで.....それがどうしたの?」
「いや、その......改めて感謝をって思って。
あれから話した後、おかげか気持ちが少しだけスッキリして、視界も少し明るくなった気がしたんだ。
そうなったのは、そうなれたのは玲子さんが受け止めてくれたからと思って」
「アレぐらい大したことじゃないわ。
拓海君はとても辛い経験をした。
その経験の傷は簡単には癒えない。心の傷だからね。
そんな拓海君に対して、私が出来ることは逃げ道を作ることぐらい」
「その逃げ道のおかげで救われたんだよ。だから、ありがとうってこと。
それに、あの手の話題は玲子さんぐらいにしか聞かせられない話だしね」
「きっと他の三人も、最初は突拍子もない話と思っても、最終的には信じたと思うわ。
だってそれぐらい拓海君のことが......いえ、なんでもないわ。私の口から言う事じゃないしね」
「......」
玲子さんの言わんとすることが何かわからないほど愚かじゃない。
もう、この気持ちから逃げ......ない。うん、逃げちゃダメだ。
だって、これは俺が招いたことで、その責任は負わないといけないことだから。
「玲子さ――むっ!?」
俺が口を開こうとした瞬間、玲子さんの手袋で温まった人差し指が口に触れた。
まるで何も言わせないように蓋をするように。
そして、玲子さんは真っ直ぐと俺を見ながら言った。
「拓海君、その言葉は気持ちの整理がついてからでいいわ。
使命感や責任感から言おうとしているなら言わないで。むしろ、やめて。
私達が聞きたいのは、拓海君が心から思っている本音。
その本音は悩んでいても迷っていてもいい。いや、むしろそれが本音だと思うから」
玲子さんはおもむろに人差し指を離した。
唇に僅かに感触が残っている。
「......玲子さん」
「だから、あなたの考えて考えて考えた末の悩んだ言葉を聞かせて。
私は.....私達はただそれを待っている。でも、いつまでも待てるわけじゃない。
今年の年末までに中間報告をしてね」
「......わかった。約束する」
玲子さんは立ち上がった。それに合わせ俺も立ち上がる。
「話せて良かった。また少し前に進めた気がする」
「なら、良かった。それじゃ、まずは目の前のことに集中ね」
その言葉に俺は首を傾げる。
「目の前のこと?」
「学期末試験」
......あ、やっべ。すっかり忘れてた。
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