第229話 どいつもこいつも#2
「罰? ハッ、何言ってるの?」
潤は隼人の言葉に鼻で笑う。
そして、フェンスから背中を離すと、片手を腰に当てながら言った。
「あんたの仕返しか八つ当たりの間違いでしょ?
それを拓海君という存在を盾にいけしゃあしゃあと。
やっぱそうやって適当な言葉で自分の暴力性を正当化するクズだってわけだ」
「クズね......ま、間違っちゃいないな。
俺が拓海に対してやっていたことも、言い換えればそういう見方が出来るわけだしな。
だがまぁ、安心しろ。罰を与えるのは俺じゃない」
その言葉に、潤は片眉を上げた。
「あんたじゃない? あ~、もしかしてあんたの姉の成美さんにでも頼るの?
確かに、あの姉にしゃしゃり出てこられるのは面倒だわ。
あの超絶ブラコンは自分の力で好き勝手やってくるし」
そう言いつつも、潤はニヤリとした。
まるでそんなことは起こり得ないとでも語っているかのような笑みでもって。
「けど、そんなことあんたに出来んの~?
だって、あんたはコンプレックスの象徴みたいな姉を嫌って生きてるわけだし?
にもかかわらず、頼ろうってんならあんたはどうしようもない人間だね。
その一匹狼を気取った無駄に高いプライドだけは評価してたのに。
そんなのを手放した日には、あんたにはな~んにも残らない」
潤は左手を口に当て、右手の人差し指で隼人を指さす。
その姿はさながら自分より多くの年月を生きた大人をバカにするメスガキのようであった。
そんな潤の態度に、隼人は気にも留めずスカした顔で言った。
「別に、無くなったならあいにくそん時はそん時だ。
だが、一つ言えることは、たとえ失ったとしても言うほど何も変わらないだろうな。
それこそ、拓海なんかは少し気持ち悪がる程度で、数秒後にはいつも通りだろうな」
「......チッ、余裕ぶりやがって」
「それから言っておくと、俺は成美に頼るつもりはない。
ケンカを売ってきた相手に、自分の力で戦えないほど落ちぶれちゃいないからな。
そして、これからお前に罰を与える相手は――コイツだ」
隼人はそう言いながら、指先で胸ポケットのスマホをちょんちょんと触れる。
その言葉の意味がわかりかねたのか、潤は眉を寄せて聞き返した。
「そのスマホがなんなの?」
「まさかお前、俺がただお前の前にのこのこと現れたと思ってんのか?」
「どういうこと......まさかっ!?」
「あぁ、そのまさかだ」
隼人は右手でスマホを取り出すと、左手に持ち替え、おもむろに画面を順に見せた。
その画面には通話相手の名前が表示されており、その相手は――愛名波勇姫。
「お前が罰を受けるのは、お前が大好きでたまらない相手だ」
『......潤、聞こえてる? アタシ、勇姫だけど』
その言葉を聞いた瞬間、潤の姿はみるみるうちに萎れていく。
まるで太陽を失って首を垂れるひまわりのように。
「......うん、聞こえてる」
『とりあえず、聞きたいことがたくさんある。
だけど、ここで話すのもなんだし、しっかりと向かい合って話し合おう。いい?』
「.......わかった」
「おっと、通話が切れた」
隼人は素早くスマホの画面を自分の方へ向けると、それを胸ポケットにしまう。
そして、憎たらしい笑みを浮かべて潤に言った。
「良かったな、お優しいお友達で。
俺と同じ性根が腐ったお前にも、それこそアイツの好きな相手である俺に対してこんなことをしておいて、こんなにも怒りを露わにせず言えるんだからな」
「......」
「俺も鬼じゃない。それにお前をこれ以上拘束しておくメリットもないしな。
ほら、さっさと愛名波に会ってこい。
そして、巻き込んだことをしっかりと謝罪しろ」
「あんたに言われるのは癪だけど......ゆうちゃんと関係切れるのはもっと嫌だし、わかった」
そして、潤は背中を丸くしてトボトボと歩きながら、この場を去っていく。
そんな様子をしばらく眺めていた空太は、潤の姿が小さくなったところで口を開いた。
「で、ずっと聞きたかったんだが、お前とアイツはどういう関係なんだ?」
「簡単に言えば、本家と分家って感じだ。
んで、本家の金城家と分家の柊家は昔っから仲が悪い。
致命的に相性が悪いんだ。
それこそ、さっき見てもらった通りのぐらいにな」
「とはいえ、それは言ってしまえばお前の先祖の話じゃないのか?
まさか自分の子供に『金城家を憎め』とか『柊家を憎め』とか言ってるのか?」
空太の質問に、隼人は首を横に振る。
そして、コートから離れるように歩き出せば、その横を空太もついていく。
「いや、さすがにない。だが、性根が腐ってる一族だ。
勝手に血が憎み合わせ、争うように仕向けてるだけの話だ。
実際、俺はアイツに何もしてない。一方的に目の仇にされてるだけ」
「何もされてない奴に憎しみを向けるとはよくわからんな」
「お前はそうかもな。だが、俺には少しわかる。
言うなれば、俺とアイツの関係は、成美と俺の関係と同じってことだな。
俺が姉にコンプレックスを抱いて嫌うように、アイツも俺にコンプレックスを抱いてる」
その言葉に、空太は得心が行ったように頷く。
「なるほど。どうりでアイツのやり方がお前に似てたわけだな。
自分は地下に潜りつつ、それでいて複数人を同時に操り目的を遂行する。
もっとも、もともとの奴のやり方を知らんから比べようもないが」
「お前、さりげなく刺してくるな。まぁいいけど。
とはいえ、結果的にだが、アイツのやり方によって拓海の様子が変化した。
お前もここ最近で拓海の顔を見ただろ? 妙にスッキリした目を」
「そうだな。しばらく前まではだいぶやつれてたように見えたな。
自分の範囲外から次々にニュータイプのモンスターが現れてんやわんや。
加えて、現状を理解できてないのに、ストーリーは勝手に進行する。
物語も楽しめなきゃ、それはただの苦痛も変わらない」
「同感だな。人間が成長するためには負荷は必要不可欠だ。
ただ、その負荷は大きすぎても小さすぎてもダメであり、加えてその人その人で負荷に耐えられるキャパは異なってくる。
もっとも、柊の場合はもとより強い負荷で拓海を圧し潰すつもりだったようだがな」
「例えるなら、風船に空気を入れまくって破裂させた感じか。
そう考えると、拓海はよく乗り越えたな。
その手の話であまりいい結果は聞かないもんだし」
「たぶん近くに優秀な聞き役がいたんだろうさ」
隼人の言葉を最後に、その話題は終わりを迎えた。
そんな話をしていれば、二人はいつの間にか河川敷の階段を上り終える。
さらに、天端の道路を帰り道方向に沿って歩いていく。
すると、空太は先程の会話で一つ思い出したことをしゃべり出す。
「にしても、お前も悪い奴だ」
「なんだ急に?」
「お前が柊に見せたスマホのことだ。
実際、あの電話画面はただの画像で、柊が話してたと思ってた奴もただの小型の録音機。
横から見たからわかったが、アレは何したかったんだ?」
「決まってんじゃん。いやがらせ」
それは隼人が、潤が妙な動きをしていることに気付いてすぐの頃。
隼人は屋上に勇姫を呼び出し、電話をかけさせることで通話画面をスクショしたのだ。
また、勇姫に隼人が書いた文章を音読させたものを録音していた。
つまりあの時、隼人が柊に見せたのはただの偽物。
柊は勇姫の声を聞き、勝手に落ち込み、勝手に反省し、勝手に謝りに行ったということだ。
「俺を敵に回すとどういうことかってわからせるための行動だ。これでも良心的な方だぜ?
きっと今頃、柊の奴は勇姫の反応に戸惑いながら、俺の仕掛けに気付いて歯噛みしてる頃だろうぜ.....ククク」
「......ハァ、お前、ほんとそういうとこだぞ。性根が腐ってるとこ。
お前の方こそ、拓海に愛想つかされんなよ」
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