第226話 ピンク髪の救世主
渋川剛〇先生......その人物はモデルはあるとされているが、実在する人物ではない。
漫画「刃〇」に出てくる有名な人物とだけ紹介しておこう。
そして、その人物の最大の特徴が合気道を使うということ。
そう、今俺がまさに使っている合気道を極めた人なのだ。
もっとも、作中の渋〇剛気先生は好戦的過ぎて、本来精神を鍛えたり、自衛用途といった合気道と違う使い方をしているが。
とにもかくにも、俺は紆余曲折あってその合気道に触れているわけだが、現在絶賛ピンチである。
というのも、俺の覚えている合気道の種類があまりにも少なすぎるのだ。
勇姫先生の親父さんから習い始めたけど、如何せん修業期間が短すぎる。
一応、基本的なことは全て教えてもらっているけど、それが今の状況で上手くいくかどうか。
だからこそ、俺は〇川剛気先生のご加護を貰えることを信じて、今の崖っぷちをしのごうとしている。
でなければ、待っているのは奈落の底にある地獄だ。二度目はもう勘弁だ。
「チッ、舐めてんじゃねぇぞデブが!」
益岡が俺に向かって走って来た。そして、予想通りに拳を振り上げてくる。
合気道には相手の攻撃パターンによって動きが若干変わるらしい。
が、まぁこういう手合いは基本殴りか蹴りだろう。
蹴りの場合は知らん。頑張って避ける。
「スー......っ!」
俺は軽く吸い込むと、益岡の右拳を外側に沿って躱した。
よ、よし、さっきの飯田とのタイマンを制したおかげで、若干自信を得てるぞ。見えてる。
けど、やっぱこういうのガラじゃねぇ~~~~! ひぃ、怖っ!
俺は益岡の小指に自身の人差し指をねじ込み、ひっかける。
小指は構造上、握力を司る部位である。
つまり、握る際に力が入りづらくなるのだ。
故に、ヤクザとかは武器を持たせないようにケジメで小指を切り落とす。
また、小指は五指の中で一番力が入りづらい場所でもある。
だから、多少強引でも指をひっかけることが出来れば、後はその手を押し込むだけ。
「うおっ!?」
益岡の右腕を押し込み、手首を裏返すように動かす。
それによって益岡が後ろ向きに体勢を崩したところで、がら空きになった胴体に前蹴り。
本当はそのまま転ばすだけでいいのだが、後ろから加々見が近づいてきたのが見えたので、牽制ついでに突き飛ばしたのだ。
すると、益岡はなんとかバランスを取り戻そうと足を後退させていき、前進していた加々見と接触。
それによって後続の加々見の動きが止まった。
ちなみに、今のは「小手返し」という技だ。最後が若干違うけど。
「おい、冬至! 何やられてんだ!?」
「や、やられてねぇよ! クソ、あのチビデブがぁ......!」
めっちゃキレてる。けどまぁ、もはや今更というか。
別にご機嫌取りするつもりはないし。
さて、この「小手返し」「入り身投げ」「隅落とし」の三種類が現状スマートに出せる技であり、他にもあと三種類ほど技はあるが......どう考えても多数戦闘用ではないんだよな。
だって、合気道はやっぱ前提として自衛用なんだもの。
例えば、女性が夜道を歩いてたとして、背後からストーカーに手首を掴まれたとする。
その時に、女性が危機的状況を回避するためものなのだから。
故に、こういう状況はやっぱ渋川剛〇先生ぐらいしか好まないわけで。
「舐めてんじゃねぇぞ!」
その後、なぜか益岡と加々見に触発された周囲の輩が襲い掛かって来た。
当然ながら、囲まれればその時点で詰み。なので、囲まれないように意識。
そして、技を最後までせず、ある程度動きを制したところで技キャンセルで距離を取る。
.......ってあれ? なんで、俺ってついにはガチ戦闘してんの!?
おかしい、つい最近までは色恋沙汰で悩んでいたはずなのに。
もっといえば、さっきまでこれまでの出来事の首謀者的存在から電話あったばっかなのに。
ま、まぁ、コ〇ン君の話でも、特に映画とかで戦闘シーンあるし?
この状況はそんな感じであると思い込もう。うん、そうしよう。
つーか、本当に濃い時間を過ごしてるよな、俺。
まさかいじめを回避した未来がこうとは誰も思わんだろ。
「っ!?」
そんなこんなで凌ぐ俺だったが、それも長くは続かなかった。
結果的に言えば、体力的限界である。
いや、もっと言えば体力以上に肉体の限界だ。
さっきまではある種のハイ状態になってためにどうになっていたが、考えてみればここまで来るのに学校から全力疾走していたのだ。
体力は日課のランニングのおかえでまだ多少余裕があるとはいえ、このだらしない体形のせいで膝への負担がハンパない。痛い、辛い、キツいの三重苦である。
本当の意味でこの体形のツケが回って来た気がする。
これはこのゴタゴタが終われば、勇姫先生から本格始動を受けるのも手だな。
いや、そうしよう。俺は結局なんだかんだと環境を言い訳にして怠けていたのだから。
コイツらの執念からして二度目がないとも限らない。
そう考えれば、次に巻き込まれるのは玲子さん達という場合もあり得る。
くっ、この試合をしながら自分の未熟さを知ってめっちゃ練習したくなるみたいな気持ち、めっちゃムカつくな。主に自分に対して。
「ぐっ!?」
その時、復活した飯田からの重い一発が俺の右頬を捉えた。
その瞬間、俺の体勢は一気に崩れ、そこに付け入ろうと他の連中が雪崩れ込んでくる。
ま、不味い! 流れが完全に奪われた! それどこか終わった! 隼人まだか――
「さっきの返しだテメェ!」
逆上した益岡が殴りかかってくる。
もはやギリギリでバランスを保っている状態であり、後退中の俺に避ける余裕はなし。
咄嗟に腕でガードできるが、それで完全にバランスを崩せば今度こそ終わり――その時だった。
「ぐぁっ!?」
目の前に一人の人物が割って入った。
その人物はピンク色の髪をサイドテールに結び、冬でありながらブレザーを腰に巻く強気なスタイルでもって、とび蹴りで益岡を吹き飛ばしていく。
その人物を見た瞬間、俺は目を剥きつつも、少しだけ気が抜けてそのまま尻もちをついた。
そして、その人物を見上げながら、思わず名前を出す。
「勇姫先生.......」
「ハァ......なんでアタシの周りはこういうことに囲まれるのが多いんだか。
まぁいいわ、後はアタシ達に任せておきなさい」
あらやだ、カッコよすぎるわこの人!......って”達”?
そう思って首を傾げていると、遅れてコートに椎名さんが入って来た。
椎名さんは若干息を切らした状態で、ワイシャツの襟部分を上下させながら、勇姫先生に近づいていく。
そして、周りの男達を全く気にすることなく、勇姫先生に声をかけた。
「勇姫、ちょっと早いよ~。ローファーで走ってるのにおかしくない?」
「それはあんたが途中でバテるから早く感じるだけよ。
アタシは一定ペースで走ってただけだし。
それよりも、シャキッとしなさい。さっさと終わらせるわよ」
「あいあい」
勇姫先生の言葉に返事した椎名さんは、勇姫先生の隣に並んだ。
つまりは、尻もちをつく俺の前に二人の女子がいるわけではある。
それはなんとも自分がかっこ悪く感じたが、それ以上になんだか二人が頼もしく感じる。
とはいえ――
「あの、大丈夫なのか?」
その言葉に勇姫先生は振り返らずに答える。
「ん? あぁ、大丈夫大丈夫。春香いるし」
「私を当てにされても困るんだけど......別にいなくてもどうにかなると思うし。
けどまぁ、友達に頼られたなら頑張りますか」
そう言って椎名さんは手首を軽く振った。
そしてそこから始まってわかったのは、勇姫先生は渋〇剛気先生であるということだった。
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