第225話 本当のリベンジ戦
俺が走り続ける度、学校からどんどん離れていく。
その度に、脳裏に真実という言葉が遠ざかり、僅かばかりの後悔が残る。
正直、犯人が誰か知りたかったし、どうしてこんなことをしたのかも知りたかった。
しかし、それと友達のピンチを比べれば、もはや選ぶまでもない。
殴られる痛みというのは、俺が一番よく知っている。
あんなの俺だって二度と味わいたくないし、友達にも味わってほしくない。
だから、例えこの選択がどんなに愚かだろうと、俺はこの選択しかなかった。
どうせ味わうことになるなら、それは俺だけでいい。
もっとも、まだ襲われてなければの話だけど。
「ハァハァ.......」
呼吸が苦しい......全身が重く感じてきた。
足を動かすたびに、錘が追加されているような感じ。
だんだんと失速して来てるのがわかる。
クソッ、こんな体じゃなければ!
これは明らかに、俺が怠惰だった何よりの証拠だ。
もっとまじめにやれば、きっと今頃はもっとマシだっただろう。
学校とか、人間関係とかそんなのは結局言い訳。
俺は変わっていたつもりになっていた。
勉強、友人との縁、誰かの力になること。
それら全て、なんだかんだで上手くいってただけだった。
それを自分の努力の賜物であると過信し、その結果がこのザマだ。
結局、今の今まで何も......変われてねぇじゃないか!
「だからって、今更止まれるかよ!」
俺は自分を叱咤激励しながら足を動かし続けた。
いや、叱咤9割ぐらいかもしれない。残りの1割なんてただの意地だ。
だけど、その意地のおかげでまだ足掻けている。
「待ってろ、隼人!」
そして、なんとか走り続けること数分。川の近くにやってきた。
遠くに見える高架橋下には柵に囲まれたバスケットコートがあり、そこに多くの人影が見えた。
同時に、ゴールポストの位置に一人もたれかかって座る人物を発見。
あの頭に被ったニット帽......隼人だ! 俺が見間違えるはずがない!
急いで河川敷にかかる階段を降り、舗装されたアスファルトの道を走った。
そして、フェンス型の入り口に手をかけ、バスケットコートの中に入ると、隼人の前に立つ。
「ゼェゼェ......ちょ、待っ........ゼェゼェ......」
どうせなら「ちょっと待った!」とか言ってみたかったが、そんな余力は無し。
無我夢中で走り続けたせいで、激しい心拍数によって心臓が痛い。
言葉も全く出てこず、口はしゃべるよりも呼吸を優先したようだ。
隼人は大丈夫かとチラッと後ろを振り返れば、顔を俯かせてぐったりしてる。
腕の一部にあざが出来ており、血が出ている箇所もある。
おいおい、やりすぎじゃねぇのか!?
にしても、なんだろう......この違和感。
なんか妙に隼人のガタイがいい気がする。
「あん? 誰だテメェ......って、ブタ男じゃねぇか!」
俺はその言葉に振り返る。
恐らく人の名前を間違えて覚えてくれたのは飯田だろう。
その後ろには益岡と加々見の姿もある。
他の連中は.....さすがに見たことないが、まさか隼人一人に十人以上とかマジか。
それに、その他の連中なんて隼人と面識すらねぇだろ。
「ハッ、やっぱり隼人とグルだったじゃねぇか、テメェ」
「グル......じゃないね。俺はただの友達だ」
そう言った瞬間、飯田は腹を抱えて盛大に笑い始めた。
「おい、聞いたかお前ら。俺らにボコられてたブタ男が金城と友達だってよ!
底辺の人間と、プライドだけのボンボンが仲良しこよしってか?
ギャハハハ、おいおいあんまり笑わせんなよ!」
「つーか、友達つーか家畜の間違いだろ?
あの一匹狼気取ってた奴が友達なんか作るわけねぇだろ」
「おいおい、あんま笑ってやんなよ。
どうせ言いように丸め込まれて勘違いしてるだけだろうから......ぷ、アハハハ!」
飯田、益岡、加々見がそれぞれ笑いながら言った。
それにつられたのか周りの見ず知らずの連中も笑っていく。
.......ハァ、清々しいほどのクズを見てなんか落ち着いてきた。
俺は自分自身を最低な人間だと思ってるけど、下には下がいるんだなって。
あんまりこういうことは考えたくないんだけど、少しだけ安心したよ。
「......あ? 何笑ってんだテメェ」
「いや、ほんと......クズだなぁって思って」
「あぁ?」
瞬間、飯田の顔つきが変わった。
額に青筋が入り、殺気立った目で睨んでくる。
どうやら俺の言葉が気に食わなかったらしい。
弱者を舐めまくるくせに、ちょっと言い返されて気に障るとはなんと器の小ささか。
まぁ、今のは単純に煽っただけだけどね......わかってる、悪手なことぐらい。
でも、もう前みたいに言い返せないほど地獄見てねぇんだよ!
正直、めちゃめちゃ怖い。けど、たった今あえて自分から逃げられなくした。
こんな形で過去のトラウマと対峙することになるとは思わなかったけど、いい加減お前らにビビるのは飽きたんだよ。
俺だって前に進むために、このトラウマを克服させてもらう。
ぶっちゃけどこまでやれるかわからないけど、隼人のことだ。
きっと別の手を用意してくれてるはず! それまでの時間稼ぎをすればいいだけ!
「チッ、調子乗んなよ! デブが!」
飯田が殴りかかって来た。
めっちゃ逃げたい。でも、決して目線を逸らすな。
野球ボールを打つ時と同じように、拳をよく見ろ。
「っ!」
咄嗟に半身移動し、それにより飯田の拳が目の前で空を切る。
瞬間、俺は素早く右手で飯田の右腕を掴み、同時に手首を捻って肘を上げる。
そこから、前足を一歩踏み出しつつ、腕を押し出す――名付けて「隅落とし」!
「んぐっ!」
飯田が目の前で背中から転がった。その光景が信じられなかった。
今の技は、俺が勇姫先生の親父さんから教わった合気道の技の一つだ。
まさかあの時の経験がこの時に生きるとは微塵も思わなかったけど。
しかし、今ので何かが弾けた気がした。
緊張で心臓はバックバクだし、冷や汗はかいてるけど、それ以上に全身から熱を感じる。
初めてやり返した達成感というのだろうか。
たぶんだけど、今俺......少しだけハイになってるわ。
「アハハハ、飯田の奴ダッセェ!」
「おいおい、何やり返されてんだよ!」
「チッ、恥かかせやがって!」
飯田は顔を真っ赤にさせながら、すがさま立ち上がって再び殴りかかってきた。
その右拳を、俺は右手の手首で弾きながら、同時に飯田の右手首を掴んで内側に捻る。
さらに、俺は体を大きく飯田の背後へと移動させながら、飯田の肘をキめ、左手で肩を押し込む。
それによって飯田の重心が前に移動し、飯田の体勢が僅かに崩れた。
そこへ飯田の脇から右腕を通すようにして、ラリアットするように飯田の首に肘をかけると、そのまま押し込む――その名も「入り身投げ」。
「んがっ!」
飯田が後ろに重心を崩し、背中から叩きつけられる。
ついでに後頭部も地面にぶつけたようで、両手で後頭部を押さえながら悶え始めた。
「ハァハァ.......」
こ、これも出来てしまった。なんだろう、たぶん他の技も出来る気がする。
そんな俺に一方的に投げられる光景を見たせいか、益岡と加々見の顔から笑みが消えていた。
どうやら俺が作り出した状況が、ただのまぐれじゃないことに気付いたようだ。
益岡や加々見達が僅かに身構えるのがわかる。このまま一気に来る感じか。
多勢に無勢。決して、調子に乗ってはいけない。
しかし、立ち回りさえどうにか......って待て、ここは俺の妄想じゃないんだ。落ち着け。
やっぱハイになってる。思考が今にもどう勝とうかと考えている。
落ち着け、俺よ。冷静に考えて今の俺じゃこの数は無理だ。
今、たまたまビギナーズラックが発動しているだけ。調子に乗った瞬間終わる。
だから、今考えるべきことはこの状況をどうやって切り抜けるかだけだ。
「......ふぅー」
よし、少し落ち着いた。うん、勝とうとは思ってない。よし。
とはいえ、隼人が動いてくれれば未だしも、動く気配は見られない。
となると、当然俺は動けない。ここまで来て一人で逃げれるかって。
やっぱり、もう少しだけこの状況を耐えなきゃいけないみたいだ。
俺は飯田から少し距離を取り、そして柔道選手みたいな構えを取った。
「渋〇剛気先生.....どうかご加護を!」
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