第224話 突然の二者択一
隼人に連絡してから返事が来ないまま一日が経過した。
朝起きてからすぐにスマホを確認したが、既読すらなし。
もともと返信は遅いタイプだが、ここまで来ないと不安にもなる。
「なんたって相手が相手だしな......」
俺だって昨日のようなことがなければ、ここまで気にしない。
「風邪でも引いたんだろ」と思う程度だ。
いや、むしろ「隼人も人間なんだな」って安心するかもしれない。
しかし、飯田、益岡、加々見の三人は明らかに隼人を逆恨みしてる様子だった。
どこに飛ばされたかは知らないが、何か月も経過した今になって来るあたり、もとからそれなりに執念を持っていたと思われる。
となれば、昨日五里先輩にやられたとはいえ、この程度で懲りるはずがない。
なんたって、アイツらの噂はかれこれ一週間前から聞いてたのだから。
ハァー......まぁ、隼人なら大丈夫な気がするけど。
「ま、学校にはいるだろ」
そう楽観的に考えつつ、俺は朝食を済ませ、登校した。
それからあっという間に放課後、結論から言えば隼人は学校にもいなかった。
加えて、未だレイソの既読すらつかない。
これはなんというか......妙な胸騒ぎがする。
「結局、隼人の奴来なかったな」
大地が隼人の席を見ながら、話しかけてきた。
どうやら隼人のことが心配なのは俺だけじゃないようだ。
「どこかのタイミングにしれっと来ると思ったんだけどな。
一応、昨日からレイソで連絡をしているんだが、一切の既読無し。
風邪ならそれはそれでいいんだけど、基本弱みを見せないのがアイツだろ?」
「確かに、どっかのタイミングで返信はしてきそうなもんだな。
ま、一応アイツも金城財閥の御曹司だし、家でゴタゴタでもあったんじゃね」
「そうだな.....」
俺は机に手を付け、椅子から立ち上がる。
そして、机の横にかけている荷物を取ると、肩にかけた。
「大地もそろそろ部活が始まるだろ? 遅れないようにさっさと行きな。
隼人に関しては、俺がそれとなく探っておくから。
心配事は俺に任して、そっちは部活頑張れ」
「.......わかった。んじゃ、任せた。行ってくるわ」
そう言って、大地は小脇にエナメルバッグを抱えたまま教室を出ていく。
その後ろをぼんやり眺めつつ、スマホの画面を一瞥すると、俺も帰ることにした。
それから、変化が起きたのは数分後のこと。
丁度正門を出た辺りで、俺のスマホに着信があったのだ。
すわ隼人かと思って画面を見れば、非通知の電話だった。
いつもなら、あまり出ることはないのだが、隼人のこともあって思い切って出てみる。
すると、すぐに聞こえてきたのは、変な声をした相手だった。
『もしもし、聞こえているかい?』
その声のイメージを例えるなら、囚人をインタビューする際にボイスチェンジャーで変えられた声というべきだろうか。
基本的に低く、ガサガサしたような声で、男か女かも判別がつかない。
『元気かい、早川拓海君?』
「っ!?」
誰かもわからぬ相手から突然名前を呼ばれ、体がビクッと跳ねた。
途端に冷や汗が噴き出し、心臓は早鐘を打つ。
どうにかして冷静を努めようとするも、あまりの不測の事態に上手く切り替えられない。
「だ、誰ですか......?」
ややうわずった声でそう聞き返す。
しかし、声の主はその質問を無視して話を進めた。
『私は君が求める答えを知っている。
これまで君の周りで起きた不自然な出来事、違和感のある出来事、恐ろしい出来事.....その全てを』
「だから、あなたは一体誰――」
『時計の針が16時半になるまでの間......つまり、今から15分後。
それまでに二階の化学準備室近くの空き教室に一人で来い。
そうすれば、君の質問になんでも答えよう』
「化学室近くの空き教室......」
俺はスマホを耳に当てながら、化学室がある教室の辺りを見渡す。
すると、確かに空き教室の窓側に電話しているような人影があった。
あいにく姿はわからないが......。
にしても、やっぱり相手は校内にいた誰かか。
加えて、俺に関係あることを考えると十中八九生徒だ。
ふざけやがって......! お前のせいでこちとらどれだけ振り回されたか!
「キッチリ洗いざらい吐かせてやるからな!」
『......楽しみにしてるよ』
そして、電話が切れた。同時に、俺の心もキレた。
なんというか、今までの自分の積み重なった負の感情が一気に爆発したように。
もはや今からカチコミするような気分だ。待ってろよ、誰だか知んない奴!
―――プルルルル♪
「あ?」
殴りこみじゃー! という気分で正門を跨いだ瞬間、またもやスマホから音が鳴った。
誰だと思って画面を見てみれば、相手は空太から。
「なんだ? 今、ちょっと取り込み中で――」
『こっちも緊急事態だ。いいか、よく聞け。隼人が妙な連中に連れてかれた』
「.......は?」
突然の言葉に、俺は思考が止まった。
先程まで怒りでいっぱいいっぱいだった頭に、今度は困惑の感情がぶちこまれ、さらに激しくシェイクされてもはやよくわからない。
俺はチラッと学校の時計を見て、残り時間を確認する。
残り12分ぐらい。まだ余裕で間に合う。
とりあえず、今は空太の話を聞くことにしよう。
俺は無理やり深呼吸し、焦る心を落ち着かせる。
アンガーコントロールと言うのだろうか。
そのおかげで結果的に、少し落ち着いてきた気もする。
「で、さっきのはどういう意味だ?」
『そのままの意味だ。たまたま下校中に隼人らしきニット帽を被った後ろ姿を見つけ、声をかけようとしたんだが、その前に妙な連中に囲まれて連れてかれたんだ。
俺はその後ろをこっそりと追いかけてはいるんだが、あいにく怖いからこれ以上踏み込めん』
妙な連中?......それってまさか!
「おい、空太! その連中に飯田、益岡、加々見の顔は無かったか!?
入学してすぐの頃に、同じ教室で我が物顔で俺をいじめてた連中がいるだろ!?」
『あー......確かに、その顔らしき人物もいた気がする。
すまん、正直あの時は関わらないようにしてたからあまり顔は覚えてない』
「なっ!?.......っ、いや、そうか」
こればっかりは怒ったって仕方ないことだ。
誰かがいじめのターゲットになっている間、他の連中は余計なことさえしなければ狙われない。
故に、誰もが傍観者となり、同時に刺激の強い光景から目を逸らす。
前の高校生活の時は、運悪く俺がそのババを引いてしまった。
けど、もし違う誰かがいじめられていたとしたら、俺も似た存在になってただろう。
いや、なってた......確実に。今より自分の意思なんてハッキリなかったんだから。
「それで?そいつらはどこに!?」
『学校から一番近い川の高架下。たまに俺達がバスケする場所だ』
「警察には連.......」
俺は「連絡したか?」と言いかけた言葉を、グッとのどで止めた。
それは隼人の立場をふと考えてしまったからだ。
今の隼人は父親に反発し、姉の支援はありつつも半一人暮らし状態。
そして、隼人は自分を見下した父親を見返すために、力を蓄えている状態が今だ。
ここでもし警察でも呼んでみろ。隼人の将来に致命的な弱点を作ることになる。
悠長なことは言ってられない。
友達に危険が迫ってる。それはわかってる。
でも、それと同じぐらい隼人の気持ちが本気ということは知ってる。
林間学校の時に、初めて弱音を吐いた隼人の言葉が全てを物語っている。
「.......っ!」
俺は目をギュッと瞑り、奥歯を斬りギリッと噛みしめた。
これ以上考えてる時間はない。決断しろ!
今から走れば、俺でも7,8分で着くだろう。
しかし、そうなれば学校にいる犯人には話を聞けなくなる。
「いや、バカかテメェは! 隼人は俺の恩人だ。
それを見捨てて前に進めるってかよ!」
愚かな選択だと理解している。自分から地獄に突っ込むなんて。
相手は三人、あるいはもっといるかもしれない。
そんな相手に、これから文字通りのカチコミをしようってんだから。
けど、これだけは確実に言える――動かなきゃ後悔するって。
「待ってろ、隼人!」
そして、俺は急いで目的地に向かって走り出した。
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