第220話 先輩は強気モード
「なぁ、少し顔つき変わったか?」
3限目の科学室での授業中。
空いた席ならどこでも自由に座れるので、大地と一緒に席に着けば、突然そんなことを言われた。
その言葉に、俺は頬をに手を当てながら答える。
「そうか? もしかして、本腰入れたダイエットの効果が出始めたか?」
「いや、なんかそういう感じじゃなくて......こう、雰囲気的な話。
ここ最近妙に暗い印象があったお前の顔が、今日は明るく感じる」
要するに、母さんやゲンキング、東大寺さんと同じことを言いたいのだろう。
確かに、気持ちの整理は一旦ついた気がするが、そうも周りが気付くほどの劇的な変化をしたのか?
「なぁ、そういうのって普通に見るだけでわかるもんなのか?
俺は顔を洗う時に鏡で自分の顔を見るけど、特に思うようなことはなかったぞ?」
「そりゃ、本人が気づくような変化じゃないだろ。俺だってなんとなくって感じだし。
でも、お前だって”平気を装ってるけど体調悪い人”とか見て、なんか体調悪いのか? って思うだろ?」
「それは......確かに」
なんとなく大地の言いたいことがわかった。
つまり、相手からは自分が気付かない視点で物が見えているということだ。
自分の中で当たり前となっている無意識の言動が、他人からすれば当たり前でないからこそ気付く。
きっとこれまでの人達もそれ故の感想ってことか。
「なんか言いことでもあったのか?」
「良いこと......」
俺は腕を組み、パッと簡単に過去を振り返る。
俺にきっと変化が起きたのは、玲子さんと話したあの夜のことだろう。
となると、あの時の会話が俺の心に影響を与えたということになる。
まぁ、あの時は俺も少しやけっぱちになってた気がしなくもないし、色々と予想外の連続で精神的に疲れていた点は否めない。
だから、俺は玲子さんの前で情けなくも愚痴ってしまったわけで。
なんなら、言わなくていい過去のことも盛大に暴露してしまったわけで。
そう考えると、無性に恥ずかしくなってきたな。
玲子さんに微妙に顔を合わせずらい。
ともかくまぁ、あの時暴露した感情が、俺の中の精神的負荷の一つだったのだろう。
それが玲子さんと話せたことで解消......とまではいかないものの、軽くなったのは確かだ。
結果、心が軽くなったことで体にも変化が起きた。
心身相関って言葉があるぐらいだし、たぶんそんな感じでいいだろう。
そう考えるとまぁ――
「あったかもしれない。良いこと」
「へぇ、どんな?」
「それは内緒だ」
「なんだよ、そう言われると気になるな~」
―――放課後
今日は特に永久先輩からの呼び出しは無かったものの、いつもの空き教室に向かってみた。
すると、教室の明かりがついていたので、恐らく先輩もいるだろう。
「失礼します」
「あら、あなたの方から来てくれるとは殊勝な心掛けね。
どうかしたの? ワタシに会いたくなった......目つきが良くなったわね」
教室に入れば、パソコンの前に座る先輩からそんなことを言われた。
どうやら相当わかりやすいみたいだな、俺の変化って。
「今日はよく言われます。俺としてはそこまでって感じですけど」
「何の影響かは知らないけど、あなたの表情が明るくなったのならワタシも嬉しいわ。
しばらく前から妙に煤けたような濁った瞳をしていたもの。それが今は綺麗にされた感じ」
「先輩なら汚れた時点でなんとなく気づきそうなものなのに」
その言葉に、先輩はキーボードをカタカタと鳴らしながら答える。
「確かに、ワタシはあなたのことをよく見ているけど、見ているからこそ気付かないこともあるのよ。
アハムービーって知ってるかしら? 少しずつ時間をかけ、画像の一部を変化させるやつ。
時折番組でやってる速度なら未だしも、日々の日常でそれに気づくのは中々至難よ」
「つまり、ツインテールの先輩がポニーテールするほどの劇的な変化には気づくけど、前髪を数ミリ切ったという変化には気づきにくいということですか?」
「女子としては後者の気づきぐらいはして欲しいものだけど、要はそういうことよ。
それで、今日は何の用で来たのかしら?
ここ最近すっかりサボり魔になってるあなたは、用が無ければこないと思っているのだけど」
先輩の言い方に若干トゲがある。
不満があるというわかりやすいアピールだろう。
とはいえ、確かに俺はここ最近空き教室を訪れていない。
理由としては、勇姫フォットネスジムがあるからなのだが、それでも作ろうと思えばまぁ......できないわけでもないわけで。
そう考えると言い訳がましくなるのでやめておこう。
だから、う~ん、そうだな......。
「先輩に会いに来ました。いつも先輩の方からせっつかれて来ているので、たまには俺の方からって感じで」
そう言った瞬間、先輩の動きがピタッと止まった。
そして、椅子を引いて立ち上がり、近づいてくる。
「へぇ~、あなたも言うようになったじゃない。
たくさんの女子を侍らせて、すっかりプレイボーイ気分かしら?」
「へ? いやいやいや、まぁそこら辺はまだ色々事情がありまして......ですが、それはそれとして、俺は先輩との縁を失いたくないわけでして」
妙に頬を染めた先輩は俺の前に立つと、突然胸倉を掴んだ。
直後、俺の膝裏に蹴りを入れる。
瞬間、俺は膝からガクッと力が抜けるのを感じた。
そして、俺が体勢を崩したところで、先輩は胸倉を引いて、俺を強制的な立ち膝状態にさせる。
仕舞には、先輩は俺の顎を摘み、クイッと上げた。
「あなた、ここ最近ワタシを舐めているんじゃないかしら?」
視界いっぱいに広がる先輩から圧強めの言葉がかけられる。
てっきり怒らせたのかと思ったが、この感じは違う。
なぜなら、今先輩の口元がすごくニヤついているから。
この顔......絶対によくないことを考えてる。
「忘れているようだからもう一度理解させてあげる。
ワタシが先輩で、あなたが下僕であることを」
「っ!?」
先輩のもう片方の手の指先が、俺の首を優しくなでるように下から上へ動かした。
瞬間、俺の内側からゾクゾクッとした妙な感覚が生まれる。
急激に心拍数が上がり、なんか妙な気分になりかけた。
「!......へぇ~、どうやらただ目つきが変わったわけじゃなさそうみたいね」
先輩が一人で何かを納得し頷く。
同時に、顔からはますます邪気溢れる笑みが出始めた。
ま、不味い、悪魔が.......目の前に人の心を乱す悪魔がいる。
「せ、先輩、戯れはその変に――」
そう言葉を言いかける前に、先輩は俺の耳元にそっと顔を近づけ、ささやくように言った。
「へぇ、その割には逃げないわね。ってことは、案外悪いと思ってないんじゃない?」
「っ.......!」
俺は小声を当てられた右耳を両手で押さえ、すかさず先輩から距離を取った。
加えて、先輩に対し無防備な背中を晒す、否、晒すしかなかった。
耳のゾワゾワとした感じもやばかったが、それ以上にヤバイのは下半身の特定の一部に対し、大量の血液の流れを感じることだ。
こんなことこれまでなかった。
それこそ、先輩と出会って初期の頃に揶揄われた時なんかもこんなことはなかっただろう。
そのなかったことが、今起きている事実。非常に不味い。
「あらあら、どうしたの? 背中を向けちゃって?」
「これはその.......今、顔を見られるのは恥ずかしいので」
「大丈夫よ。今更あなたの恥ずかしがった顔なんてどうとも思わない.......と、言おうと思ったけど、普通に嗜虐心が湧いてくるわ」
「なら余計にダメですね!」
もっとダメなのは今の俺の状態だけどな!
早く息子が起床する前にこの場を離脱しなければ!
俺は背後をチラッ見て、先輩が近づいてくるのを確認するやすぐに走り出した。
「今日は失礼します!」
「あ、ちょっと――」
先輩が止めようとしていたが、それを無視して空き教室を出る。
空き教室にいた時間はそのくらいだったろうか。
まず10分もいない気がする。いや、あの状況でいれるか!
感情が落ち着くまで走り続けた俺は、気が付けば下駄箱までやってきていた。
両手をひざにつけ、ぜぇぜぇと荒い呼吸をしていると背後から誰かが声をかけてきた。
「あ、拓海」
「空太......?」
振り返れば、そこにいたのは空太だ。近くに隼人はおらず一人らしい。
すると、空太は下駄箱から自分の靴を取り出しながら、言った。
「拓海、恐らくだが.......近々妙な動きがあると思う。気をつけろ」
はい? え? こんな状況でそんな意味深っぽいこと言う!?
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