第219話 察する人々
平日の朝が来た。目が覚めると、なんだか違和感を感じた。
風邪を引いた感じではない。ちがう、この感じ......そう、鮮やかだ。
日曜日の時は普通だと思ったけど、いざ学校に行くと思うと途端に輝きだす。
まるで低学年の小学生が学校にいる友達に早く会いたいと感じているように。
なんだか奇妙な感覚だ。これまでずっと苦悩続きだったというのに。
もっと言えば、何一つ問題は解決していないというのに。
やたら視界が色彩豊かに感じる気がする。
「とりあえず、起きるか」
俺は顔を洗ったり、歯磨きしたりと朝の用事を済ませ、一階に降りる。
リビングのドアを開ければ、鼻孔をくすぐるいいニオイがタックルしてきた。
「あ、拓ちゃん、おはよう......ん?」
「おはよう、母さん。どうしたの?」
母さんが片手にフライパン、逆の手にフライ返しを持った状態で、俺をじーっと見つめる。
こんな行動昨日も無かった。一体なんだ?
顔に何かついてる......ってさっき顔洗った時に鏡見たけど、特におかしなところはなかった。
もちろん、寝ぐせということもない。だからこそ、余計にわからない。
「なんだか明るくなったわね」
「......へ?」
その言葉に、俺は首を傾げた。明るくなった?
確かに、玲子さんとの会話でスッキリした部分はあるけど、そんな表情に表れるほどか?
いや、これもさっき鏡見た時には何とも思わなかったはずだ。
「そうか? 特に変化ないと思うけど......」
「ふふん♪ お母さんにはわかるのよ。何年息子の顔を見続けてると思うのよ。
どうしてそうなったかはわからないけど、朝食出来たから食べちゃいなさい」
「はーい」
なんだか答えをはぐらかされた気もしなくもないけど、聞いたところで答えてくれないだろう。
それに、母さんだけがそういう感じに見えてるかもしれないし。
そんな浅い考えで朝食を済ませ、制服に身を包めば、いつもの登校時間で家を出た。
視界は常に良好であり、気持ち遠くの細かいものまで見えるような気がした。
そして、やはり鮮やかだ。白200色を体験している気分。
学校に辿り着き、教室に入って席へ向かう。
その際、周囲のクラスメイトなんだか物騒な話をしていた。
「ねぇ、聞いた? つい数日前に1年2組の男子がカツアゲにあったんだって。
で、なんかすごい剣幕でまくし立てたみたいでさ」
「あ、それ聞いたことあるかも。なんか誰かを探してるみたいなことを言ってたらしいね」
その話をしていたのは女子二人だけではない。
数人のクラスメイトも似たような話題をしていた。
これもこれで妙な気分だ。
こっちはなんか学校来てウッキウキの気分なのに、周りではまるで現代ダークファンタジーの冒頭部分にありそうな会話が広がっている。
自分と周囲の温度差が違くて、なんか俺だけ気違いみたいじゃないか。
なんだか燃え盛る炎に水をぶっかけられたような気分になりつつ、俺は自分の席に着席する。
すると、背後から俺の肩を軽く叩いて、ゲンキングが挨拶してきた。
「おっはよ、拓ちゃん。この前は勘違いしてごめん......ね......」
ゲンキングが俺の顔をみるやすぐに、言葉を言い切る前に掠れさせながら、じーっと見る。
母さんと全く同じ反応されたことに、俺は首を傾げながら尋ねた。
「えーっと、どうした?」
「いや、なんか憑き物が取れたみいな顔をしてるから。
何があったんだろうな~って思って、気になって」
「それ、今朝母さんにも同じこと言われたぞ。そんな変化出てるのか?」
その言葉に、ゲンキングは腕を組み、「う~ん」と唸った。
「いや、別に顔に変化が出てるとかそういう感じじゃないんだけど......その、なんというか、こう.....顔の周りがパァっとしてるっていうか......」
「おはよう、唯華ちゃん、早川君。そ、その......早川君、この前は早とちり――」
「そう、琴ちゃんみたいな感じ!」
登校してきた東大寺さんが挨拶すれば、途端にゲンキングが彼女を紹介するように手のひらを向ける。
そんな突然脈絡もなく会話に巻き込まれた東大寺さんは「え、え?」みたいな顔をした。
当然の反応だ。ある意味百点満点の反応だよ。
「えっとー、何の話?」
「琴ちゃん、笑ってみて」
「え? 笑う? 突然笑ってと言われても.....こ、こうでいいかな?」
東大寺さんは指示通り、笑みを作って見せた。しかし、眉は八の字だ。
ゲンキングの無茶ぶりに、未だ会話が理解できていないにも関わらずやってくれる辺り優しいな。
そんな東大寺さんの笑顔に対し、ゲンキングは首をひねる。
「違う、これじゃない......琴ちゃん!」
「は、はい!」
「今日、ミ〇ド奢ってあげる」
「本当!?」
ゲンキングがそう提案した瞬間、東大寺さんの顔がパァと明るくなる。
表情からも嬉しそうなのがわかるが、なんだか背景にも輝きのエフェクトが出てるような。
そして、この反応にはゲンキングも満足のようだ。
「そうそう、こんな感じ。それが今の拓ちゃんには常に出てる感じ」
「これがぁ? 嘘だぁ」
「まぁ、ここまでわかりやすくパァって感じじゃないけど、わかる人にはわかるっていうか。
ねぇ、琴ちゃん、今の拓ちゃん見て何か思うことない?」
「今の早川君......?」
ゲンキングに促されるままに、東大寺さんは俺の顔を覗き見る。
なんかさっきから女子にまじまじと見つめられるのは、普通に恥ずかしいんだが。
すると、東大寺さんは何かに気付いたように、ポンと手を叩く。
「目の輝きが違う! なんか前はもう少し濁ってた気がするけど、今はなんかこう......澄んでるって感じがする!」
なんか今ナチュラルに過去の俺のことディスられなかった?
いやまぁ、良いんだけどね? 実際濁っていたと思うし。
けど、さすがに今は澄んでるは言い過ぎだと思うけど。
そんな東大寺さんの言葉に、ゲンキングは「なるほど、琴ちゃんはそっち派だったかぁ~」と呟き、一人でにうんうんと頷いていた。
なんかそうまで露骨に反応されると、俺もそっち側に立って会話に参加したいよ。
「なんかよくわからないし、めっちゃ自分の状態が気になるけど、それに関して俺自身でも異変に思うようなことはあった」
俺は腕を組み、背もたれに背を預けながら答える。
すると、その言葉に興味を示したようで、ゲンキングが話を促した。
「例えば?」
「なんかさ、やたら視界が鮮やかに見えるような感じになったんだよね。
今だってこう......悪い意味に捉えないで欲しいんだけど、二人の姿がいつもより美化されて見えるというか.....テレビが4Kから8Kに変化した感じ。
たまに、電気屋に行った時に、映像が流れてるテレビの画質を見て『うぉ、やっばぁ』みたいな」
そんな説明をすると、なぜか二人はぽかーんと口を開けていた。
そして、すぐさま顔を見合わせると、何かを通じ合っているように主語を出さず会話する。
「これって......アレだよね? 漫画とかで表現されるやつ」
「うん、そのアレで間違いないと思う。というか、反応がまんまそれっていうか」
「ってことは、もうすでに誰かに? いやでも、わたしにも琴ちゃんにも見えてるんでしょ?
コレって普通、そうなった人にしかならない感じしない?」
「ど......うなんだろう? 現実でソレが起こったなんて正直初耳だし、ただ似たようなのが該当したってだけで......もしかしたら、ゲームでいうロックが解除された状態なんじゃない?」
「ロック......そうかも。たぶんそうだよ! まぁ、本人は気づいてないようだけど。とりあえず――」
「「イェーイ!」」
二人は突然息の合ったハイタッチをした。顔からして嬉しそうなのはよくわかる。
だけど、頼むから俺にもわかるように会話してくれ。
アレ、コレ、ソレってもうドレよ!? 俺もう......わっかんないよ!
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