第217話 月夜の語らい#2
夜風が気持ちいい。
玲子さんの言葉を聞きながら、俺の思考はそちらにシフトしそうになっていた。
例えるなら、母親同士の会話に興味が持てず、遠くにいる猫を眺めてる感じ。
「え? どういう意味?」
とはいえ、俺が関わっているかもしれないことを放置とは行くまい。
特に、今回の合コンだって実は仕組まれていたことだとしたらビックリだ。
だけど、山田と田山に不審な感じはなかったし......ここは玲子さんを頼るしかない。
「そうね......状況を端的に説明するなら、拓海君を巻き込むことで私達を煽ってるって感じかしら」
玲子さんは依然考える人のポーズをしたまま、横だけを俺に向ける。
そんな彼女から発せられた言葉に、俺は口を噤んだ。
玲子さん達を煽る? 一体何のために?
......と考えたいところだが、もう俺は何となく察しがついてる。
たぶん、俺のうぬぼれでなければ、玲子さん達に嫉妬心を抱かせてるということになる。
例え、付き合っていない男女がいたとして、男子が別の女子に気さくに話していれば、その男子のことが好きな女子であればヤキモキした気持ちを抱くだろう。
玲子さんの言葉から推測するなら、そのヤキモキした気持ちを増幅させてることになる。
そう、これは明確に俺の願望に対する敵対行為だ。
もちろん、それは玲子さん達が好意を抱いていればの話......いや、もうこの考えは止そう。
ただでさえ嫌いな自分がさらに嫌いになる。
もうこれ以上、俺が俺自身を失望させるな。
「拓海君、辛そうな顔をしてるけど大丈夫?」
「っ!? あ、あぁ、大丈夫......」
玲子さんはポーズを解き、覗き込むように様子を伺ってきた。
眉尻が下がっている感じからしても、心配している様子が伝わってくる。
俺の勝手な自己嫌悪で玲子さんを心配させるとか何してんだ。
「気にしなくていいよ。ただ思考に没頭してただけだから」
「.....拓海君はこれまでを振り返ってどう思う?」
玲子さんは正面を向くとベンチに手を付け、真っ直ぐ顔を上げた。
これまでというと、タイムリープしてからの現在までってことだろうか。
まぁ、濃い時間を過ごしたなぁって感じだろうか。
「色々あったと思う。ホント色々。
それこそ、高校生活なんて地獄としか思ってなかった俺にとって、この世界の高校生活は本当に居心地がいい。良すぎて......失うのが怖い」
隼人と対等みたいな関係で話せてるのも、玲子さんと出会ったのも、大地や空太、ゲンキング、永久先輩、東大寺さんといった皆と縁を結べたことに俺は本当に感謝している。
おかげで学校に行くのが楽しみだし、俺が元気でいることに母さんも笑ってくれている。
それが大切で、かけがえのないもので、愛おしくて、傷つけたくない。
「俺は一度全てを失った。青春も、人間関係も、母親も、そして自分自身の命さえも。
だから、もう失いたくないと思ってる。壊れて欲しくないと思ってる」
余計なことをポロポロと零してしまっている気がする。
本来ずっと胸の内にしまっておくべきことを言ってしまっている。
見せたくない、情けない弱音を吐く姿を見せてしまっている。
どうしよう、なぜか感情が堰を切ったように止まらない。
「俺さ、どうしても自分が好きになれないんだ。
今の環境が幸せだと思うたびに、自分が頑張ろうと思うたびに、昔の自分が『親殺し』って言って冷や水を浴びせてくるんだ。
何勝手に一人だけ人生に満足しようとしているんだって」
「親殺し......?」
「あぁ、そういや言ってなかったな。いや、言わないようにしてたんだっけ。
俺さ、高校生活が終わった後も家に引きこもってたんだ。
で、子供部屋おじさんみたいになって、そんな俺を母さんだけは見捨てなかった」
そう、あんな明るく優しい母さんは、たった一人の息子を切り捨てられなかった。
早々に見切りをつけてくれたなら、きっともっと幸せな未来を送れていただろう。
それこそ再婚だってしてたかもしれない。母さん、やつれる前は綺麗だったし。
しかし、優しすぎた母さんは俺という存在がいたばかりに.......。
「ホント無職で部屋に籠ってゲームばかりしてる大人を養うのは大変だったと思う。
それこそ、母さんはパートぐらいでしか働いたことなかったから、朝から晩までクソみたいな俺のためにお金を稼いで、優しい言葉をかけて.......そんな母さんは最後まで俺のために尽くして死んだ」
「......」
「こんなのもう俺が母さんを殺したようなもんだろ。
誰よりも母さんを苦しめた俺が.......そう認めてるんだ。
だからさ、俺は全然玲子さん達が思ってるような人間じゃないんだ」
いつの間にか玲子さんはじっと俺の方を見ている。
そんな彼女の前で、俺は醜く泣いていた。
頬を伝い、顎まで流れる涙を拭うことなく。
失うのが怖いと言いながら、今まさに失うようなことに今更ながら気づいた愚か者。
今にも折れかけてていた枝葉を、折れないように見張っていたのに、それをくしゃみしたように自分の不注意で折ってしまった。
あ、終わった......もうこれで玲子さんとの関係は終わった気がする。
同じ秘密を抱えている者同士として、少し他の人よりも気兼ねなく話せるからといって、余計なことをベラベラと......それもこんな重い話を。
あぁ、信頼って些細なキッカケで失うとは聞いてたけど、まさかこんな不注意で失ってしまうとはな――
「大丈夫。拓海君は何も失わない」
その時、突然顔いっぱいに暗闇が覆った。
そして、鼻孔をくすぐるような甘いニオイと、顔面から感じる柔らかさ。
後頭部から包み込むような両手を感じる。
これは......抱きしめられてる?
「ずっと辛かったわよね、苦しかったわよね......それにずっと気づかなくてごめんなさい。
私は拓海君が幸せになるならそれでいいと思っていたけど、身勝手な気持ちばかり抱いて、拓海君が抱えている闇に目を向けようとしなかった」
状況はわからない。だけど、微かに鼻をすする音が聞こえる。
それに心なしか、玲子さんの声が涙声みたいに震えていた。
「だけど、こんな私が言うのもなんだけど、安心して欲しい。
私は拓海君の前から消えたりしない。
例え、どんな未来であろうと私は拓海君との縁を切らしたりしない」
「っ!」
ズギンッと胸に重たいものが刺さった気がした。
それは強い衝撃だったけど、嫌というわけではなく、むしろ安心感すら感じた。
なんというか.....そう、認められたみたいな感じがしたみたいな。
俺が玲子さんと結んでいた縁は一方的なものではなかった。
玲子さんの方からもその縁を大切にするという宣言してくれた。
酷く愚かで、身勝手で、自分本位な考えを押し付けているというのに、玲子さんはそれを受け入れてくれた。
そのことに俺の心に刺さったトゲが少しだけ消えるのを感じる。
「......玲子さん、もう大丈夫。少し落ち着いた。ありがとう」
俺は玲子さんの肩に手を置き、そっと体から離れる。
そして、涙を拭い、玲子さんの顔を見た。
「!」
いつもより玲子さんの顔が鮮やかに見えた。
明度が高いというか、彩度が高いというか、映像の解像度が上がったというか。
とにかく、さっきよりも明らかに光が輝いて見える。
これは........一体?
「もう......大丈夫?」
「うん、大丈夫。玲子さんのおかげでね。それにさっきはごめん。突然重たい話をしちゃって」
「構わないわ。まぁ、身構えていたと言えば嘘になるけど。
それでも、少し拓海君の心に触れれた気がした。それが嬉しいの」
玲子さんは涙を拭うと、微笑んだ。さながら慈愛の聖母のように。
あぁ、なんとなく”愛される”って意味が分かった気がする。
その笑みで見られるのが照れ臭く感じ、俺は顔を逸らす。
そして、恥を忍んで聞いてみた。
「玲子さん......あのさ、自分が好きになるにはどうしたらいい?」
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