第209話 もうすでに逃げ場はなかった
日中の学校生活は実に居心地が悪いものだった。
山田と田山に合コンの誘いを受けて以来、妙に周りの女子の動きが気になった。
まぁ、周りの女子といっても特定の人物だけど。
例えるなら、遠足の日を待ち遠しく感じているソワソワ感というべきか。
ただしこの場合、期待というより不安という意味でのソワソワだ。
現状誰とも付き合ってるわけではないので、悪いことをしているわけではない。
ではないが......全く悪く感じてないというわけでもない。
纏わりつくような罪悪感に心が疲弊しているのだ。
なんかあの二人が心配になってついていくことになってしまったが、やっぱ今からでも断るべきかもしれない。
だって、二人が火だるまになろうとぶっちゃけ関係ないし。
しかし、一度約束したことを後から急に反故にするものなぁ。さすがに失礼か?
「う~ん、仮に行動するなら今のうちだよなぁ......。
あの二人も望みは薄いと自覚しながらも、残り1パーセントの可能性に賭けてるわけだし。
となると、仮に断るとしても木曜日の方がいいよな。んで、今日は火曜日。
一応、レイソは持ってるから今日と明日と明後日までに答えを出す」
休み時間の間、俺はチラッと山田と田山のいる方を見る。
あの二人は相変わらずそうだ。いや、本当にそうか?
よく見れば表情がいつもより8割マシにキメ顔に見える。
それこそ古き良きベル〇イユのばらに出て来るキャラのようだ。
......待て、そもそもいつもってどのくらいだっけ?
「拓海君、どこ見てるの?」
その言葉にビクッと反応してしまった。
声からして玲子さんか。
「少し心配事......いや、悩み事をね」
「私で良ければ相談に乗るけど?」
相談......う~ん、そうだなぁ。相談なぁ。
この手の話ってどこまでしていいんだろうか?
そういや、玲子さんって合コンに行ったことあるのか?
「玲子さん、つかぬ事を聞くけど玲子さんが女優になったのっていつ?」
「急な話ね。でも、そうね......確か大学3年の時に街中でスカウトされたのが始まりなのよね。
最初は読者モデルとしてスカウトされて、色々あって人気になって芸能事務所から声がかかったの。
それから仕事をしていくうちに、あれよあれよと気が付けば有名にって感じね」
「なるほど.......そういや、一学期の最初の頃に隼人から『アパレルブランドのモデルにならないか』って誘われてたけどアレ?」
「そうね、今思えばアレは金城コーポレーションのブランドだったかも。
ま、今更どうでもいい話ではあるけれどね。それがどうしたの?」
「いや、なんというか......その大学生の時に合コンに行ったりした?」
その瞬間、玲子さんの目つきがやや鋭くなった気がする。
しかし、質問には答えてくれるようで、腕を組んで思い出すように目線を上げた。
「う~ん、なんでも十数年前の話だから記憶が曖昧だけれど、確かに一度だけあまりにも浮いた話がなかったから連れていかれたことはあるわね。
でも、その場にいた男性陣が、全員私狙いになってしまったから出禁になってしまったけど」
「そ、そうなんだ......」
まぁ、玲子さんの美貌を持ってすれば、そんなサークルクラッシュ的なことは起こり得るよな。それも高確率で。
玲子さんを誘った友人の女性は気の毒だっただろうな。
「それで? どうしてこのようなことを聞くの?」
「うっ、それは......」
そりゃ当然の質問だろうな。質問なんて脈絡なしにするものじゃないし。
にしても、どう答えたものか.......玲子さんなら話してもいい気がする。
しかし、この手の話ってどうにもこうにも言いずらいものだよな。
「拓海君、私はあなたが本当に言いたくないことは聞かない。
それでも、私には色々なことを安心して話してくれるのは素直に嬉しい。
けれど、私も女よ。そのことだけはちゃんと理解しておいて」
「......」
余計に言うに言えなくなってしまった。
先程よりも余計に目線が厳しく感じる。
うぅ、なんか聞いて余計に罪悪感が増した気がする。
「......なんかごめん、急に突拍子もないことを聞いて」
「いいえ、何の問題も無いわ。私は拓海君のためなら何でもしてあげたいと思ってるから」
「玲子さんの見た目で安易に”なんでも”とか言っちゃダメだよ」
間違いなく心臓に悪いから。
良い意味で言葉のナイフを刺しに来てる気がする。
そんなことを言うと、玲子さんは一瞬キョトンとした顔をした。
すると、彼女は珍しくいたずらっぽい笑みを浮かべて人差し指を唇に立てる。
「なら、特別な時に言うとするわ」
「.......っ」
息が詰まった。見惚れてしまった。
何気ないやり取りの一瞬の姿のはずなのに。
まるで写真でキラキラと加工したように眩しかった。
この人、怖い! でも、嫌いになれない! むしろ、好き!
.....そうオタク童貞特有の反応ができればよかった。
だけど、もう......それは難しいかもしれない。
―――放課後
俺は未だに迷っていた......断るか否かを。
本当は玲子さんに相談するつもりだったけど、結局それは上手くいかなかった。
となれば、後は気持ち次第.......。
「大地に言ったらさすがに怒るだろうし......空太に話すのはいいだろけど、すぐに隼人にバレそうだし.....」
一瞬、勇姫先生や柊さん、椎名さんの顔が思い浮かぶ。
考えてみれば、結果的にだけど俺には女性友達が増えた。
となれば、このことを質問してもいいのではないか?
うん、そうだな。ものは試しにしてみるのも悪くはないか。
「勇姫先生どこにいるんだ?」
勇姫先生の荷物はあったが教室にはいなかった。連絡してみたが応答なし。
なので、ぼんやりと外を眺めつつ探しつつで廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「あ、拓ちゃん、こんな所にいたんだ」
「ん? ゲンキング?」
なんだか探していたみたいだったけど、何か用があったのだろうか。
「どうしたの?」
「え、拓ちゃんがわたしに何か用があるんじゃないの?」
「「......ん?」」
俺とゲンキングは揃って首を傾げる。
互いに意見が一致してないのでおかしな雰囲気になっている。
「あれ? 何にも用はない感じ?」
「うん、何も......っていうか、それって誰から聞いたの?」
「わたしは桜ちゃん......大園さんから早川君から困ってる的なことを聞いて急いで飛んできたけど。
ん? でも待てよ、思い返せば桜ちゃんも頼まれた的なこと言ってたような」
大園さんとはクラスメイトの女子の名前である。
それはそうとして、困ってないことはないけど、俺が困ってることをどこから聞きつけたのだろうか。
玲子さんが大園さんに頼んだのか?
いや、それだったらゲンキングに直接言うはずだし。
「でもそっか......せっかく拓ちゃんの役に立てるかと思ったのに......」
ゲンキングは悲しそうな顔をしている。
それほど俺の役に立ちたかったのだろうか。
そう思うとなんだか胸の奥がザワザワする。
だから、今悩んでることを言いたくなるけど、さすがに合コンに行くかどうかはなぁ。
っていうか、もういっそここまで悩むぐらいなら行かなくてよくね?
「いや、そうでもないよ。たった今、ゲンキングのおかげで一つ悩みが解決した」
「え?......さすがにわたし何もしてな過ぎない?」
「何もしてくれなくても、いてくれたおかげで解決することもあるんだよ」
「......っ!」
ゲンキングは途端に顔を真っ赤にした。
すると、途端に口元が緩み始め、それを隠すように背を向けた。
「いやまぁ、ね? 拓ちゃんが解決してくれたならよかったよ、うん。来た甲斐があったってもんだね!」
声が高い。心底嬉しそうなのが伝わってくる。
その言葉の意味が、声色の高さがズキズキと心に刺さる。
これは......たぶん、そうだよな。
「......とりあえず、返信しよう」
俺は深いことは考えないようにポケットからスマホを取り出し、昨日招待されたグループを開こうとした。
すると、そのグループレイソにはすでに何通か連絡が来ており、開いて確かめてみた。
『早川、もう連絡しちゃったから。予定通りに土曜日の夕方な』
『それとどうせなら午前中から作戦会議をしよう。場所は追って知らせる』
『さぁ、俺達の人生をバラ色にしてやろう!』
『だが、早川テメェ―はダメだ』
「......」
..........もうすでに逃げ場はなかった。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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