第196話 勇姫フィットネスクラブ#2
「さて、準備運動はこんなもんよ......って妙に息切れしてるけど、もうバテた?」
「いや、思ったより足を上げるのが辛くて......具体的には贅肉の壁に阻まれて上手く上がらない」
「そんなもんでしょ? 太ったのは自分の食生活や運動不足のせい。痩せたいと思っているなら尚更ね。
だから、現状に悲観するよりも、未来を見据えてだんだんと足を上がっていく過程を楽しみなさい」
「勇姫先生......」
「っていうか、たかが準備運動でへばってんじゃないわよ。
さっさと呼吸を整えるなり、水分補給するなりしなさい。
はい、休憩は1分ね。よーい、スタート」
存外スパルタな勇姫先生。
いや、この場合準備運動で体力が半分持ってかれてる俺に問題があるか。
ここ最近文化祭の台本の練習でまともに筋トレしてなかったからな。
こうして教えてもらうのは案外良い機会かもしれない。
そして一分後、本格的な指導が始まった。
「正直、あんたに長時間使うのは癪だから教えるのは一つ。
まぁ、一気に複数を教えてやり方がごっちゃに混ざっても嫌だし、案外妥当かもね」
「何をやるんだ?」
「スクワットよ。どうせ腕立てや腹筋はやってるだろうしね」
スクワットか、そういや案外やってなかった気がする。
現状でも体が重たいせいで腕立て、腹筋、背筋だけでかなり汗だくになるし。
「スクワットのメリットはいくつかあるわ。
ダイエットに良いのはもちろん事、全身をバランスよく鍛えられたり、ぽっこりお腹の改善にも役立つ。
お腹が引き締まれば当然タイトなパンツが履けるようになるし、ベルトにお腹が乗るようなダサい格好にもならないわ」
「おぉ~!」
「それに加えて、あんたの場合食事の我慢をする必要がなくなるってのもメリットかもね」
食事の我慢が必要なくなる!? それってマジ!?
「スクワットは大腿四頭筋やハムストンリグスといった大きな筋肉を動かすことになるから、基本的に基礎代謝が上がりやすいのよ。それに脂肪燃焼効果も高いしね。
そうなれば体は痩せやすくなる。つまり、食べたいものを食べたい時に食べられる」
「おぉぉ!!」
「ただし、当然食べ過ぎはNG。たぶん今でもバランスの良い食事を取ってるだろうけど、それは継続しなさい。以上、前置き終わり。これから実践やるわよ!」
「オス!」
そして、勇姫先生もとい勇姫トレーナーの指導のもとスクワッドを教えてもらった。
「背中が曲がってる! 背筋伸ばして!」
「オス!」
「早く腰を下ろそうとしない! ゆっくり!
大腿四頭筋やハムストリングスにに負荷がかかってるのを意識して!」
「オス!」
「腰の位置が高い! 地面と平行になるまで落とす!下ろしたらゆっくり上げる!」
「オス!」
「これを2セット!」
「ひぃぃぃぃぃ~~~~!!」
それから十数分後、俺はサイバイ〇ンに爆死した〇ムチャのように地面に倒れていた。
ゼェゼェ......き、キツすぎ.......勇姫先生の温情で20回ぐらいしかやってないのにめっちゃ汗だく。
正直、床に倒れるのは申し訳ないけど、もう足がプルプルで動けなさい。
「情けなくてごめんなさい.......」
「大丈夫よ、知ってるから」
ひどい。
「それに最初はそんなもんよ。
間違ったやり方でやるより、正しいやり方でやった方が数が少なくてもちゃんと負荷は出るのよ。
ってことで、1種類だけ教えた意味が分かったでしょ?」
「........お、オス」
確かに、この感覚はやみくもに腕立てや腹筋やってた時よりもはるかに疲れる。
これならより短期間で効率よく痩せられるかもしれない。
表情筋はピクリとも動かないけど、確かに俺の心は笑っていた。
そんなぼんやりとした思考の中、俺はふと疑問が浮かんだ。
それはなぜ勇姫トレーナーにはそんな知識を持っているのか。
まぁ、予想できる内容だけども、気になったので聞いてみることにした。
「勇姫先生ってなんでそんなに詳しいんだ?」
「まぁ、ママが元フィットネスジムのトレーナーだったってのもあるけど、それでも大きな理由を上げるとすれば、自分のために色々調べたってのが大きいわね」
「ってことは独学?」
「そ、細かい所はママに教えてもらって。アタシってさ中学の時太ってたんだよね。
といっても、あんたが思っているような感じじゃなくて、女子界隈での太ったって意味ね。
で、アタシはどうやら体質的に痩せずらいみたいだったから、本腰入れたってだけ」
だからといってここまでするのはあまりにも凄いけどな。
生半可な覚悟と努力じゃない。そして、それをやり遂げるタフネス。
俺とは大違いだ。やはりこのギャルはただものではない。
俺の場合はここ最近は何かとこう......手を抜いてるつもりはないが、負荷が足りない気はしてた。
それをどこかでうっすらと感じていたにもかかわらず、それを放置し、結果現状に至る。
そう、それを人は怠慢と呼ぶ。おぉ、なんたることだ。
そう思うと勇姫先生に畏敬の念が浮かぶ。あぁ、心なしか後光が見える。
勇姫先生から言われて呼び始めたこの呼び方だが、案外今は気に入ってるぞ。
性格はともかく、この人のそういう点における行動力は尊敬に値する。
「さ、シャワー貸してあげるからさっさと浴びてさっさと帰って」
「オス!」
「なにコイツ、急に元気になって。キモ、怖っ」
******
翌日、俺は机で突っ伏していた。
う、動けん........下半身の筋肉痛が酷すぎる。
今朝の登校の時点で学校で使うはずの体力の大半を消費してしまった気がする。
このまま無理に動こうとすれば、下半身なく動き続けるゾンビみたいになるぞ。
そんな俺に玲子さんが眉尻を下げて覗いてきた。
「拓海君、朝から調子悪そうだけど大丈夫?」
「あぁ、ただの筋肉痛だから。気にしなくても大丈夫。心配してくれてありがとう」
「.......そう。なら、無理そうなら言って。手を貸すから。
それはそうと、拓海君がこんな場合になった時のために、痛み止めから湿布まで各種取り揃えてるから、これを使って」
玲子さんはそう言うと、手に持っていた各種色々な薬を机に置いた。
え、そんな場合って想定できるものなの?
「あ、ありがとう......あの、お代は?」
「お代はいらないわ。風邪でも腹痛でも頭痛でも何か不調を感じたら言って。すぐに用意してあげるから」
玲子さんはヒーラーか?
むしろ、何を想定したらそこまで用意できるものなのか。
そんなことを思いつつも、ツッコむ余裕はあまりなかったので、ありがたく受け取った。
そんな日の昼休み。
俺は関わりのない女子二人から突然レイソ友達登録&呼び出しを受け、東屋へとやってきていた。
「誰もいない......」
先に待ち合わせ場所に来たが姿はない。
昼休みにすぐに姿が消えたから来ていたと思っていたんだが......もしかして戦場へ向かったのか?
そう思いながら、東屋のベンチに座り、先に食べることにした。
俺が通う学校には通称”戦場”と呼ばれる昼休み限定に現れる特別スポットがある。
そのスポットとは購買であり、つまりは購買に昼飯を買いに生徒でごった返すという意味だ。
しかし、普通購買でそのようなことが起きるのはアニメや漫画でしかない。
「そういや今日は水曜日だったな」
その現象がなぜ現実化しているか。
それはその場所で売られる食べ物が特別だからだ。
購買のおばちゃんが水曜日限定で販売している手作りサンドイッチ。
それは天にも昇るような美味しさらしく、日々生徒達を薬物中毒者のように変えているという。
俺は基本お弁当派なので関係ないが、そこまで言われると食べたくなるよな。
「ハァ~、あそこまでもみくちゃにされなきゃ買えないとか終わってるよな」
「私の分まで買ってくれてありがとね~。あ、先にいるよ~」
「律儀な奴。とはいえ、先に食ってるのは感心しないな」
二人組の女子の声。その声に俺の箸はピタッと止まり、顔を上げた。
そこには黒に近い青い髪をしたセミロングの女子と、クリーム色の髪にカールがかかったゆるふわとした女子の二人がいた。
「よ、四股男。一人で寂しかったか?」
「一緒に食べちゃおっか~」
勇姫先生の右腕と左腕である。
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