第194話 やめて、その正論は俺に効く
今、俺の目の前には二つの温度が発生している。
一つは目の前でキラキラとした目を向ける永久先輩。
何かを期待するようなその姿勢からは暖の雰囲気が醸し出ている。
一方で、三名から出ているのはそれとは対照的の寒の雰囲気だ。
その三名とは玲子さん、ゲンキング、東大寺さんの三人。
まぁ、いつのもメンバーといえばその通りだ。
とはいえ、この空気は非常に不味い。
何か言葉を間違えただけで一気に爆発しそうな雰囲気だ。
そして、今にも逃げ出したい俺であるが、扉の前に陣取られているためそれは不可能。
さて、俺はどうすればここから安全に出れるだろうか。
「えーっと、もう一回言えばいいんですよね?」
とりあえず、永久先輩からの要求には素直に答えておくか。
別にいつも思っている名前を呼ぶぐらいなら問題ないし――
「えぇ、そうよ。そのまま先輩の部分を取ってくれれば問題ないわ」
「なんか要求増えてません?」
それってつまり下の名前で呼べってことだよな。
.......あれ? なんか無性に口が重いし、心拍数が上がってきたぞ。
待って、先輩って言葉を外すだけでこんなハードル上がるもんなの?
「先輩、それって――」
「違うじゃない。日和ってるのかしら?」
「落ち着いてください、確認のためですので.......。
その、先輩の名前を呼び捨てで言えってことでいいんですよね?」
「えぇ、そうよ。別にあなたとワタシの仲だから気にしないわ。
それとも周りの目が合って恥ずかしがっているのかしら?
ならば、皆がいない二人っきりの時だけで呼んでもいいわよ?」
先輩が今まで見たこともない温和な顔をしてる気がする。
そして同時に、背後との温度差がにまた一段と差が生まれた。
なんで先輩はこんな状況でバカップルみたいな雰囲気出せるの?
俺、さっきから妙な冷や汗が止まらないんだけど。
すると、痺れを切らしたかのように玲子さんが動き出した。
「待ちなさい。拓海君は年上であるあなたに敬意をもって先輩呼びしているのよ?
その誠意を無駄にするのは感心しないわね。あなた達もそう思うでしょ?」
「そうやってすぐに仲間を集めるのは弱者の証ね。
前までは一人で何でもできるという点に関しては評価していたのだけど、どうやら見直す必要がありそうね」
「孤高でいることが凄いと思っているなら、それは単純にあなたがボッチなだけじゃないかしら?
未だに誰とも仲よくしようとせず、仲よくしようとも思わず......ふっ、将来孤独死が目に浮かぶわ」
またもやバッチバチだぁ。もう俺今にも空気感に吐きそうよ。
胃がキリキリするというかなんというか......相変わらずの二人ではあるのだが。
そんな空気にはゲンキングにも耐えかねたのか二人の間に入った。
「お、落ち着いて、二人とも! ほら、あんまりここで言い合うとかえって拓ちゃんに印象悪いと思うし」
「そういうあなたは一人だけあだ名よね?
加えて、自分は陽キャの皮を被った時に得たちゃん付け呼び。
高みの見物でもしていたのかしら?」
「え、いや、そんなことは......私だって名前呼びはされたことないし......」
永久先輩の言葉に反論するゲンキング。
しかし、ここで敵の敵は味方とばかりに玲子さんのアシストが炸裂した。
「あだ名イコール呼び捨て呼びはほぼ同じという調べがついているのよ。
一人だけ先に行っているつもりなら容赦はしないわ」
「うぅ.......」
タゲが変わってしまった。完全なやぶ蛇だったな。
にしても、玲子さんの調べは一体どこからなのだろうか。
どうにも独断と偏見にまみれているような気がしてならない。
なんにせよ、この空気はまずいな。
完全に嫉妬の嵐で四人の関係性が崩壊しかねない。
俺のせいで拗れるのは嫌だし(もう拗れてる気がしなくもないけど)、それに俺の理想は完全無欠の青春友情エンド。
それを維持するにはやはり俺が上手く立ち回らねばいけないか。
「あーもう! だったら全員名前で呼べばいいってことだろ!?
永久! 玲子! 唯華! 琴波! はい、これで終わり! 以上、解散!!」
机をダンと叩き、俺は勢い任せに名前を呼んだ。
こういう時は下手に恥ずかしがると言えなくなるものだ。
だったら、いっそ頭空っぽにして叫んでしまうのが一番いい。
......とはいえ、後からじわじわと恥ずかしさがこみあげて来る。
やはり呼び捨て呼びってのは一気に距離が近づいた感じで戸惑うなぁ。
数秒後、妙に周りが静かになったことに気が付いた。
顔をあげて見てみると四人して顔を赤らめて固まっている。
その表情が嬉しくもあり、同時に辛くもあった。
「......撤収しましょうか」
「そうね」
「うん」
「.......」
永久先輩の声を皮切りにぞろぞろと帰っていく四人。
その姿が完全になくなったことで、俺はようやく一息つくことができた。
椅子に脱力するように座り込めば、ダァバーと重たい息を吐く。
な、なんとか窮地を脱することができた~~。
「――嫉妬は醜いというけど、それでもなおあそこまで誑し込めるのならもはや才能ね」
声にハッとして目線を向ければ、勇姫先生の姿があった。
そんな彼女の視線は今頃廊下を歩いているだろう四人を追っている。
そして、彼女は目線を戻せば、永久先輩がいた位置に座った。
「で、男としてはハッピーな状況に随分としんどそうな顔をするじゃない。
外からあんたの声がしたから思わず聞き耳立てちゃったけど、あんな甘ったるい修羅場は初めてだわ。
もはやイチャイチャしてるも同じみたいな。その顔の意味が分からないわ」
「人間適切な距離感ってものがあるんだよ。
人にはそれぞれ立てる立ち位置が決まっている。
それを安易に踏み荒らせば、待っているの望まぬ破滅だけだ」
「それって遠回しにアタシが隼人君と不釣り合いって言ってる?
それにその立ち位置って誰が決めてんのさ? 自分で決めてるなら自己評価低すぎ。
いや、低すぎどころか評価対象にすら入ってないじゃん。
自分のことを空気と思ってるならそれはさすがに無理あり過ぎでしょ」
「さすがに空気とは思ってないけど......別に褒められた人間じゃないからな」
俺の今があるのはたまたま掴んだチャンスで必死に足掻いてるからにすぎない。
少しでも今の自分にあぐらをかけば、きっと一度目の親殺しのクソ野郎に逆戻り。
それだけは絶対に避けなければいけない。
「ほら、”過ぎたるは猶及ばざるが如し”って言葉もあるだろ? 何事もほどほどが大事なんだよ。
特に人間関係なんて些細なことで崩れやすいっていうだろ?」
「.......」
そんなことを言うと勇姫先生は頬杖をついて呆れた表情で見ていた。
まるで価値観が違い過ぎて理解できていないって顔だ。
安心しろ、こっちも理解してもらおうとは思っていない。
「.......たぶん芯に届く言葉はアタシの役目じゃないか」
「.......どういう意味?」
「聞くな。許可してない。それはともかく、あんたの言い分は理解した。
用は自分には優先してやるべきことがあって、今はそれに構ってる暇はないってことね?」
「いや、違う――」
「そうよね? そうだわ。そうに決まってる!」
「有無を言わせないじゃん......それで? 結局勇姫先生は何が言いたいんだ?」
そう聞くと、勇姫先生はフンスと鼻息を荒くして腕を組んだ。
「決まってるじゃない。あんたが優先していることを先に消化するのよ。
でなければ、次のことに集中できないってんならそうするしかないじゃない」
別に俺は恋愛に注力するなんて一言も言ってないけどな。
しかし、この空気......下手に言い訳すると逆ギレされそうだから止めとこう。
「ハァ、わかった。俺は何を優先すればいい?」
「あんたはさっさと痩せなさい! いつまでもダイエットに時間取られてんな!」
それはホントにそう。ぐうの音も出ない。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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