第190話 勇姫先生の恋愛講座#2
恋愛が好きか嫌いか。
それが勇姫先生から聞かれた二つ目の質問だった。
そう聞かれると俺はたぶん――
「好き......なんだと思う」
「二択で聞いたけど、別に無理して答える必要はないわよ?
わからないならわからないなりでこっちだって考えるし。
けど、そうねぇ......誰かと恋愛することに否定的だったあんたの口から、その言葉が出るのは少し意外だった。そう思う理由は?」
「なんというか、実際にしたいとは思わないけど、それ自体には興味があるんだと思う。
漫画やアニメでラブコメのジャンルを読んだり見たりしてしまうように......で伝わってる?」
「大丈夫。アタシ、下に何人か弟や妹がいるし。
なるほどねぇ、それで好んで読んでしまうから”好き”と........ふ~む」
勇姫先生は腕を組み、背もたれによりかかる。
そして、何かを考えるように人差し指をトントンとしながら、思い付いたであろうことを聞いてきた。
「あんたはさ、近くに何人か女子がいるじゃん?
そん時に近くにいてこう......ドキドキするとかない感じ?」
「全くないって言うと嘘になるけど......でも、そんなしょっちゅうしてるわけじゃないかな。
慣れたのかもしれない。まぁ、さすがに不意に来るやつはドキッとするけど」
「でも、その距離感が兄弟みたいな距離感に感じるわけじゃないのよね?」
「それはたぶんないかな。それに俺は兄弟いないから距離感って言われてもわからない」
「なら、単にその空気に居心地が良くなってしまっていると......これはまた厄介ね」
勇姫先生が難しい顔をし始める。
そんなに困らせるような回答をしてしまっただろうか。
とはいえ、それが俺の正直な気持ちだし、そもそもこの恋愛講座も好きで受けたわけじゃないしな。
「あの.......そんなに無理する必要なくないか?
俺と勇姫先生は言ってしまえば隼人攻略のために共闘契約を結んだだけじゃんか」
勇姫先生から隼人に関する探りを入れたい気持ちはある。
しかし、この手の話はあまりにも俺に分が悪すぎる。
せっかく東大寺さんと一定の距離が取れているというのに.......。
「.......」
「俺の顔をじっと見つめてどうしたんだ? 何かついてる?」
「いや、別に.......ただその.......屋上の時はキモいとか言ってごめん」
「なんだ急に? 別に自分の容姿に対して特別自信を持ってるわけじゃないし、気にしてないからいいよ」
「それでもなんとなく言っておきたかったの」
勇姫先生の考えてることはよくわからない。
これがギャルという生き物の思考なのか、はたまたこの人が特殊なのか。
とはいえ、この会話で少しだけ彼女の印象が変わった気がする。
最初は隼人と恋人になるためだったら使えるものは何でも使える人だと思ってた。
つまりは、俺なんかに気を遣わずに、自分勝手に行動するタイプかと。
しかし、実際に話してみれば、こっちのことを知ろうとしたり気を使ったりする。
まぁ、それも隼人に何かを指示されたからという可能性は否めないけど。
「そうね、とりあえず今日はこの辺でいいかもね。これ以上長居しても悪いし」
勇姫先生はそう言って立ち上がった。どうやら講座はこれで終わりらしい。
釣られて俺も立ち上がる。そして、俺は食事代を奢ると外に出た。
「今日はここまでね。講座らしい講座は出来た気はしないけど、これで終わりじゃないから。
前にも言ったようにアタシからの連絡からは一番に反応すること。いい?」
「はいはい、善処します」
「”はい”は一回! まぁいいわ。じゃあまた明日。バイバイ」
「じゃあ」
そして、俺は勇姫先生に背を向けて帰路に着いた。
******
喫茶店で別れてから疲れたように背を丸めながら帰る拓海。
そんな彼の後姿を見ながら勇姫は大きくため息を吐いた。
「ハァ、隼人君も無理言うわ。アレを矯正するって? ムッズ」
そう言葉を吐きながら勇姫は隼人に突撃した時のことを思い出した。
―――数時間前
勇姫は心臓をバクバクと鳴らしていた。
なぜなら、ドアを一枚隔てた向こう側にずっと好きだった人がいるから。
好きな人、そう考えるだけで今にも顔から火が噴き出しそうだ。
だけど、思考はクールに。テンパったら終わり。
それに相手ははなから一筋縄ではいかない相手。
何言われてもくじけるな。まずは友達からでもいい。
というか、そこが最低ライン。そこだけは死んでもしがみつけ。
「ふぅー.......よし、行こう」
頬をパチンと叩き気合を入れた勇姫はそっとドアを開ける。
すると、茜色に染まりながら窓枠に座ってスマホをいじる隼人の姿が。
「やば、超カッコよ......」
思わず言葉が漏れてしまった。
ハッと我に返った勇姫は一つ咳払いして普段通りを振る舞う。
「ごめんね、待たせたみたいで。それから、待っててくれてありがとう」
「.......」
隼人は反応しない。それだけで勇姫は少しだけダメージを受ける。
寡黙でクールなイメージならそこまでダメージは受けない。
しかし、隼人が特定の男子との間では普通に高校生男子って感じなので、その落差がメンタルダメージとして襲ってきたのだ。
「あの......」
「そうか、お前か。これはある意味予想外だな」
隼人はそう言葉を呟き、スマホをポケットにしまった。
そして、勇姫の方に興味なさそうな冷たい視線を向けた。
瞬間、彼の背後から演出するように風が流れ込み、カーテンが揺れる。
「で、誰?」
その言葉を聞いた瞬間、自然な演出も相まって勇姫の脳内がバグった。
(ちょ、超~カッコいい.......!?!? え、何今の!? マジヤッバァ♡
ただでさえカッコいいのに、しゃべっただけでさらに魅力的になるとか何者!?
.......って、落ち着け。これじゃ、そこら辺のキモいヲタクと一緒よ。
アタシはそんじょそこらの人間とは違うの。堂々と行きなさい)
勇姫は冷静さを取り戻し、脳内の言葉通りに堂々としゃべり始める。
「アタシは愛名波勇姫っていうの。同じクラスなんだけど、この際覚えて貰えたらいいわ」
「それで何の用?」
「隼......金城君の友達になりたくて......」
「本当にそれだけか?」
「っ!?」
先程まで僅かに笑っていた隼人の口元から途端に笑みが消えた。
瞬間、衝撃に勇姫の額から冷や汗が流れ始めた。
見透かされてる。これはそういう類の目だ。なんとなくわかる。
勇姫はすぐさま思考する。
まずは友達からなんて考えていたのがバカだった。
隠した下心はバレてる。これ以上下手に立ち回ればこれ以上に好感度が下がる。
なら、いっそのこと全てを曝け出した方がいい。
臆するな、もともとの予定が早まっただけだ。
「あ、アタシは.......」
勇姫の声がつまる。しかし、この流れは止められない。言うしかない。
勇姫は大きく息を吸い、やや不安定な声色で告白した。
「金城隼人君のことが好き! アタシと付き合って欲しい!
いや、もっと言うと結婚前提にお願いします!!」
「随分と思い切ったな。だが、その行動力は悪くない.......」
隼人の返答は意外にも好感触だった。
そのことに勇姫は内心ガッツポーズ。
とはいえ、勇姫の心臓は変わらずバックバクである。
すると、隼人は腕を組んで何かを考え始めた。
そして、何かを思いついたのか隼人は勇姫に言った。
「俺は自分を舐めてるクソ親父をぶっ潰すために手駒を欲してんだ。
だから、使えない手駒はいらない。俺に自分の価値を示せ。
それでもいいってんなら、お前にチャンスをやる」
「いいわ、何でも言いなさい」
「良い覚悟だ。なら、まずは俺の一番の駒である早川拓海の恋愛思想を変えてみろ」
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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