第183話 一応窮地は間逃れた
玲子さんから意見を伺った翌日の放課後。
俺は例の空き教室のドアの前に立っていた。
その部屋の窓から光が漏れているので恐らく永久先輩もいるだろう。
しかし、なかなかどうして手が動かない。
緊張かはたまた恐怖か、なんにせよこのままではよくないことは理解している。
だけど、体は思考より感情に従順なのかスムーズには動いてくれない。
あぁ、この感じ覚えがある。
一週目の自分が家の玄関に立った時と同じだ。
俺が完全な腐れクソ野郎になる前に外に出ようと試した時があった。
しかし、その時はまるで体が石化したように動かなかった。
”ここが安全な場所”、”ここなら誰かが守ってくれる”とそういう気持ちが足に纏わりつき、やがて全身、そして思考を覆って......結局、もう死ぬまで玄関に立つことはなかった。
あの時より環境が最悪ではないとはいえ、状況的にはそう変わらない。
”先輩を失ったところで友達がいる”、”味方してくれる友達がいる”とできてしまった安心な場所からわざわざ恐怖している場所にいかなくてもいいじゃないかとどこかの誰かが諭してくる。
前までの俺だったら自分の運命を変えるために必死で行動していた。
だけど今は、手に入れた安全な場所から出ることを恐れ、変化していくことを恐れている。
―――パァン
「痛っ!」
俺は自分で両頬を思いっきり叩いた。それこそ甲高い音が響くぐらいに。
思い出せ、俺! 俺は何のためにこの人生をやり直してる!?
死ぬまで俺を見捨てなかった母さんが笑って過ごせるような未来を創るためだろ!?
今更怯えてんじゃねぇこのクソ豚野郎!
「......」
怖いのはわかってる。だけど、前に進まなくちゃ。
未来を変えるためには自分の意思を、行動を変えなくちゃ。
一度は引き返した”現実”という名のドアをしっかりと開けるんだ。
きっと空き教室のドアを開ける恐怖は玄関のドアを開ける時よりも楽だろう。
それにこの扉が開けられたからといって、あの時の恐怖が克服できたことにはならないだろうし、傍から見ればこの程度で? って思うかもしれない。
だけど、例えこれが、足を延ばした先がスタートラインじゃなくても、確実で着実な前進に繋がってるはず! よし、行くぞ。現実に向き合って――
―――ガラガラガラ
「遅いわね。何してるのよ」
「.............っ!?」
げ、現実の方から迎えに来ちゃぁたよぉ~~~~!?!?!?
「ん? 何かしら? その鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」
「あー......その、えーっと、あ、会いに来ました?」
「ふーん、会いに。そう、会いに来たのね。そんなにワタシに会いたかったと.......ふーーーん」
先輩は腕を組みながら人差し指で毛先をクルクルと弄る。
そして、サッと振り返れば、歩き出し定位置へと戻った。
「何ボサッと突っ立ってるのよ。通行人の邪魔でしょ? さっさと入りなさい」
「あ、はい.......」
おっと、思わぬ衝撃でフリーズしてしまっていた。
とりあえず、先輩の機嫌が今以上に悪くならないように指示に従おう。
そして、俺も普段の定位置へと座った。
「で、先ほど『会いに来た』と言っていたけれどアレはどういう意味かしら?
先日、ワタシは拓海君に課題を出し、それについての回答が出たという解釈でいいのかしら?
もしくは、単純に私に会いたかったという意味なのかしら?
「その、回答が出たじゃないですけど、作ってきたって解釈でお願いします」
「......」
あれ、おかしい。先輩が言ったように回答を持ってきたのにより一層不機嫌なオーラが溢れだした。
そして、机に対して横向きに座っている先輩は頬杖をついて、じゃっかんダラけたような姿勢で聞いてきた。
「そう。あなたは真面目ね。
バカ真面目すぎてそこから真面目部分を消し去ってしまいたいぐらいよ。
それじゃ、聞かせてくれる? あなたが持ってきた答えというのを」
あんな姿勢でも一応聞く意思はあるみたいだ。
なら、むやみに触れずにそっとしておこう。
そして、聞かれた通り答えよう。
「まず最初に俺は正直今でも先輩が聞いたあの二つの言葉の意味の違いがわかっていません。
ですが、わからないなりに考えてきたことを話そうと思います」
「ふむ、それで?」
「まず”好かれる”という意味からですが、これは特定の個人による強い愛情表現かと思います。
食べ物が好き、物が好き、人が好き......それらは全て自分が気に入っているもので、他よりも特別強い欲求が働いていることがその意味の本質なんじゃないかと考えました」
「もう少し簡潔に」
「ですからその.......つまり欲望です」
「それじゃ、”愛される”はどう考えたの?」
「それは感覚的にもっとあっさりした感情なんじゃないかと。
”愛”と聞くとなんだか重たく感じますが、親愛や友愛、家族愛とか広く大切に思っている意味がそれだと考えました。簡潔に言えば、大切に思う心という感じでしょうか」
俺の言葉を聞いた瞬間、先輩は体勢を変えた。
背筋を伸ばし、腕を組み、足を組み、何かを思考するようなやや下向きの目線はまさに面接官のよう。
たった今、俺の言葉が審議されているかと思うと、なんだかとても変な気分だ。
そして、ゆっくり口が開く先輩が言った言葉は合否の結果であった。
「ま、及第点ってところかしら。私も多少の差異はあれどほぼ同意見よ。
正直、私も辞書での意味の違いでしか理解してないから、何がどう違うと断言できる言葉は持ってないわ」
「なら、何が減点だったのですか?」
「あなたがそれを一人で考えてないこと」
その言葉にビクッと体が震えた。
まるで見てきたかのような先輩の視線から逃れる術は持っていない。
一体どうしてわかったのか――
「『どうしてわかったのか』って顔をしてるわね。
表情で丸わかりよ。そこがあなたの素敵な部分だと思うけど。
で、その疑問に対する回答するなら、あなたは頭の回転は速いし地頭も良いけどそれだけ。
考えてきたのはその通りなのでしょうけど、言葉の端々から頭のよさそうなオーラがヒシヒシと伝わってくるのよ。あの完璧ストーカーロボット女のオーラがね」
先輩は「ケッ」と嫌そうな顔をした。
誰問わずともその言葉の相手は玲子さんであろう。
まるで隼人に対する玲子さんを見ているみたいだが、そこまでひどいように感じない。
先輩が一方的にライバル視してる感じだろうか。
「ワタシとしてはあなたにそれを自力で導き出してもらいたかった。
ただまぁ、他者からヒントを貰い、それを踏まえて考えた答えというのも一応自力でやったと言えなくもないから、これに関しては条件を付けなかったワタシの落ち度ね。
それはそれとして、その答えを作り出しておいて、あなた自身が何も気づいていないというのが大きな減点要素よ」
「すみません、先輩は多分何かに気づかせようと思って言ったんだろうとは思いました。
ただ結局、それについては答えは出ず......一先ずこのまま先輩との縁が自然消滅なんてことは嫌だったので話をしに来ました」
そういうと先輩がキョトンとした顔で俺を見た。
「ワタシとの縁が切れるのが嫌だったの.......?」
「そりゃ嫌ですよ。先輩と話す時間は楽しいですし、こういう形で消えるのは」
なにより一度目では一本たりともなかった縁だ。
そんな縁をたくさん結べたからといって一本ぐらいいいやと思うほど薄情な奴でいたくない。
「ふーん、そう.......へ~~~、そうなんだ.......へぇ~~~~~。嬉しいこと言ってくれるじゃない」
なんだか急に先輩がニヤニヤとし始めたぞ。
しかもあの目、まるで猫がおもちゃに興味を持ったような目だ。
なので、咄嗟にどんなイジりがあるか身構えた俺だったが、そこから特に何も起きず。
「あなた、なんでもかんでもワタシがイジると思ってない?」
「思ってます」
「変なところで素直よね。ま、否定はできないけど。でも、今はやめておくわ。
気分がいいから言うけど、あなたはもう少し自分を見つめ直しなさい。
あなたって周りの気持ちには敏感な方だけど、自分に対してまるで興味なさそうだから」
「そんなことはないと思いますけど.......」
「いいから考えなさい。で、気づいた気持ちを一番に私に報告すること。
じゃないと、待ってるこっちがじれったくなるわ。いい? 考えるのよ?
で、意見を誰かから集めるのはいいけど、くれぐれも新規の女に聞くんじゃないわよ!」
「何言ってるんですか」
そう言われた翌日、俺はクラスの女子から屋上に呼び出された。
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