第180話 クラゲはクジラの夢を見る#2
芝生の上を駆け回るゴールデンレトリーバーを見ながら、俺とゲンキングはベンチに座った。
朝早くから来た公園は案の定誰もいない。
時折、近くの通り道にウォーキングする人が通るぐらいだ。
「確か、拓ちゃんには前に話したことがあるよね。わたしの昔の話。
ほら、中学の芋娘が学校のアイドルに憧れたってやつ」
「前にちょっとだけ話してたやつか」
「うん。まぁ、あの時からほぼというか全く話は変わってないんだけどね。
なんで、わたしがレイちゃんに憧れてたか知ってる?」
そう聞かれるとそこまで突っ込んだ話はしてない気がする。
とはいえ、今のゲンキングは中学生の頃に玲子さんに憧れた結果であってそれが理由ではないのだろうか? 案外別に理由があるとか?
「一つはあの完璧超人になりたいと思ってたから。
女の子がプリ〇ュアの女の子達に憧れるようなものかな。
わたしだって中学生の時にはそんな憧れは子供ながらの淡い幻想だと思ってたよ。
けどさ、実際にそれに準ずる存在が目の前に現れればさ、誰だって手を伸ばしたくなるじゃん」
「ゲンキング......」
「だからさ! 引く手数多のレイちゃんにコバエのように群がる男子達を一切合切裁いていくレイちゃんを見た時はやばいって思ったよね!!」
「.......ゲンキング?」
「だってさ、ぶっちゃけあんな美少女を狙わない男子なんていないし、可愛いと思っている人には大抵彼氏なんているもんでしょ?
だから、あんなアニメみたいな男子百人斬りする人いるんだって。凄くない!?」
「落ち着け。急に流れが変わりすぎてめまいがしてきた」
いやまぁ、そりゃ実際にそんな人が目の前にいただったら目を疑うけどさ。
つーか、え? 今サラッととんでもないこと言わなかった?
玲子さんって中学の時に男子の告白百人斬りしたの!? モテすぎだろ。
そう思うとなんだかゲンキングの気持ちが少しわかった気がする。
「ごめん、ちょっと興奮しちゃった......いやだってあんな凄いのあるんだって思って。さすがに百人は言い過ぎたけど.......。
あ、でも、そんな時もレイちゃんは決まって拓ちゃんのことは嬉しそうに話してたな」
「俺のこと?」
「うん。わたしがレイちゃんと話すようになってからの話なんだけど、小学生の時に自分を助けてくれた男の子がいたって話をレイちゃんは飽きずに言ってた。
だけど、その時には名前は知らなかったから、この美少女をそこまで言わせるなんてどんなイケメンだと思ったっけね」
「なんかごめん、期待に沿えず」
「いやいや、そんなことないよ。それに拓ちゃんが思っている以上に期待には応えてたと思うよ」
静かに目を閉じ瞼の裏の誰かに微笑みかけるような表情をするゲンキング。
そんな彼女はハッと我に返ると、「話が脱線しすぎちゃったね」と言って話に戻った。
「で、わたしがレイちゃんに憧れた二つ目が周りにチヤホヤされれたから。
ははっ、なんだか子供っぽい理由って思うでしょ? けどさ、そう思ったんだ」
「人気者の玲子さんが羨ましかったのか?」
「うん。中学生の頃のわたしは友達もいなかったしね。
単純に周りに話せる相手がいることが羨ましかった。
行動しろよって話なんだけどね。
陰キャにはその一歩があまりにも勇気いるからさ」
わかる。すごくわかる。俺はその気持ちを煮詰めたような感じだったから。
今はこうでも元は母さんの死に目にすら顔を出さなかったクソッたれだ。
自分を害する外を身を守る体で断絶し、出口のない自由な箱庭で好き勝手生きてきた。
外には悪意ばかりでないことを自殺するまで気がつけなかった大馬鹿野郎。
後少し、カーテンを開けて外を見る程度の勇気さえあれば、変わっていたのだろうか。
まぁ、そんなことを今考えても意味無いし、それはそれでこの現実を経験できなかったと思うと今は寂しい。
「なるほどな。ゲンキングには俺にない勇気を持ってるみたいだな」
「そうかな?」
「あぁ、だって憧れの玲子さんの隣に並びたくて努力して自分を変えたわけでしょ?
それは生半可な努力じゃなかったはずだし、今だってきっとまだ足りない何かを探してるだろうし。
だから、凄いと思う。うん、本当にすごい」
そう考えると東大寺さんってゲンキングと同じで勇気がある人だったんだな。
自分を変えるってことは、今までの自分の生き方を否定するも同じだと思う。
その行動を変えるってことは容易じゃないはずだ。
部屋の掃除一つにしても、あらかじめやることは決めていても、いざやろうとすると全くやる気が起こらず、その前にスマホで動画でも見ていればついそっちに気を取られてズルズルと後回しにしてしまう。
そういった怠けの一切を排除して意識を持って行動しなければ変われない。
俺が二度目の高校生活を迎えるにあたって意識していたはずのマザーテレサの言葉も、今となってはそれがきちんと意識できているか怪しいところだ。
半年経過した俺ですらこの体たらく。当たり前の話だが、一朝一夕で変われるものではない。
それを体現しているのが東大寺さんとゲンキングだ。
玲子さんという超人が良く目立っているため気づきにくいが、二人もまた同じだったのだ。
まがい物とは全然違う人間。あぁ、こういう思考がまさにダメなんだよなぁ。
「そうかな? わたしは拓ちゃんの方が十分凄いと思うけど」
「アレは半分アピールみたいなものだよ。特に最初の方はね」
「そんなことないよ。拓ちゃんの最初の頃は知ってるし、あれこそ勇気があったと思う」
違う、俺はそんな勇気なんて持っていない。
そもそも俺と彼女達では変わるための根本的な理由が違う。
俺はずっと未来を変えるために頑張ってきた。
母さんの死を避けるために頑張ってきた。
いわば、変わらなきゃいけない理由があったからだ。
使命感に駆られてと言うべきか、恐怖感に駆られてというべきか、ともかく一度目で最悪な体験をしたから今の俺がある。
つまり、俺がもし順風満帆とは言わずとも大した過去もなく二度目の人生に来たとなれば、俺のやることなんて結果の変わらない会話選択肢で一度目とは違う選択をするだけの意味のない周回になっていただろう。
「拓ちゃん、暗い顔してるけど大丈夫?」
「へ? あ、あぁ、うん、平気平気。気にしなくていいから」
「......ねぇ、拓ちゃん」
「ん?」
「自分を肯定されることが苦手なの?」
―――人に愛されることが嫌いなの?
「!?」
ゲンキングに言われた言葉で昨日永久先輩に言われた言葉がフラッシュバックした。
別に俺自身にはそんなつもりは一切ない。
しかし、二人から同じようなことを言われるのなら、いよいよ本当かもしれない。
「謙遜はいいと思うよ。わたしだってしてるし、それが日本人の美徳とも聞くし。
けどさ、たまには褒められたことを素直に受け取ってもいいんじゃない?」
「俺は.....そんなつもりは......」
「わたしさ――」
ゲンキングはベンチからぴょんと跳ねて立ち上がり、目の前でくるっと一回転した。
そして、本来ならダウナー気味のゲンキングが学校にいる時と同じような明るさで言った。
「拓ちゃんの横に並びたいと思ってる。拓ちゃんもレイちゃんと同じクジラだからさ。
だからさ、大きくあってよ。わたしがもっともっと頑張れるような大きな存在に。
そして、わたしもクジラになったら言うんだ。この胸を焦がすような気持ちを」
「.......」
ゲンキングは再び回転し、背を向けながら数歩歩く。
「あ、でももし、大きくなりたいのにそれを妨げるような壁が来たら、協力プレイで手伝ってあげる。
ってことで、ゲーマーを本気にさせたことを後悔させてやる! 逃げんなよ?」
上半身を振り向かせ、指鉄砲で打ち抜くかのようなポージングを決めるゲンキング。
上り始めた太陽の光がまるで後光のように彼女を照らし、さながら本当に太陽神かのようだった。
そんな彼女を見つめ日陰のベンチに座る俺はどんな顔をしているのか。
知りたくもあったが、それがなんだか怖かった。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
良かったらブックマーク、評価お願いします




