第170話 文化祭#11
―――体育館2階の放送室
沢山の段ボール箱が乱雑に置かれている小さな部屋。
壁のように大きく張られた窓ガラスからは今も演劇を見ている観客の姿が見える。
マイクが置かれた機材の前でパイプ椅子に座りながら足を組むのは金城隼人だ。
そして、その隣には小脇に獣の頭を抱えた薊大地の姿があった。
「さて、大地。貴様が望んだこの演劇もそろそろフィナーレだ。
とはいえ、今は台本も無い未知の展開。普通にしてても着地点は見えない。
だから、それを止めるのはお前だ。いいな?」
「それは答えを知ったらってことだよな?」
「そうだな。にしてもまぁ、お前の方から一枚噛ませろと言われた時はさすがの俺も驚いた。
あの時はあえて聞かなかったが、今ならもう十分に聞く権利はあるだろう。
一体どういう風の吹き回しで俺の協力をする気になった?」
「単純な話だ。確かめたかったんだ。アイツの意志ってのを」
「親友のために健気に頑張っていた奴をねぇ。ひでぇ奴」
「お前だけには言われたくねぇ」
「ククク、そうかもな」
大地の言葉に隼人は怒ることもなく面白おかしく笑う。
そんな友人の様子に大地は大きくため息を吐いた。
隼人はひとしきり笑うと大地に問いた。
「で、答えを知ってお前はどうするんだ? ぶっちゃけこの勝負の答えなんざわかりきってる。
見る必要もない。にもかかわらず、お前はわざわざしなくていい選択をしようとしている」
「そんなの俺自身のケジメに決まってんだろ。言わせんな」
「諦めるのか?」
「さあな。この熱が冷めるのか冷めないのかは今じゃ判断つかない。だけど、俺は一途な男だからな!」
「ふっ、だろうな。だが、相手も恐らく同じタイプだ。長期戦になるぞ」
「わかってる。それでもだ」
「.....楽しみな結果の一つとして覚えといてやる」
*****
―――ステージ会場
「ゼラニスお姉さまは昔っからいっつもそれ! 周りばっか見てニコニコ笑ってるばっかり!
外面だけ良くして自分のというものが無いんじゃないかな!? 」
「外面を良くして何が悪いってのさ! 人間誰しも裏表あるでしょうが!
そういうユリエッタは感情一直線のバカじゃない! 後ろを振り返ることもしない!
むしろ、わたしを見習ってもっと周りを見て社交性を身に付けた方が良いんじゃない!?」
「うっ! でも、ゼラニスお姉さまだって仲いい人以外には基本相槌ばっかじゃん。
定期的に誰かに話しかけていって自分社交性あるアピールは止めた方が良いと思う!」
「くっ! そんなことしてないわよ! 今までずっと自分の世界に閉じこもっていた人に言われたくないわよ!」
あわ、あわわわ......ど、どうしよう。
姉妹ケンカというか東大寺さんとゲンキングのケンカが止まらない。
もうこれで2分は経過している。
最初セリフだと思って見ていた観客もボルテージの上がりように違和感を感じ始めている。
このままでは演劇を無事に終わらせるどころかこの場で演劇が終わりかねない。
それだけは回避しないといけない。
もうここは役柄上で一番発言力のある俺が出るしかない。
「ええい! やかましいぞ、貴様ら! 誰の御前だと思っている!? いい加減、その口を止めないか!」
その言葉と同時に俺はすぐさま玲子さんに視線を送る。頼む、この視線が届いてくれ!
すると、玲子さんとバチッと目が合い、コクリと頷いた。
さすがエスパー系! 玲子さんならこの発言の意図を理解してくれると思ってた!
後はこのまま主導権を奪い続け――
「なら、侯爵様がお選びください。それならわたし達は文句を言いません」
「エキザ! エキザならわかってくれるよね!?」
突然の二択を迫られた。あくまで俺に選ばせたいらしい。
つーか、この二人をか。ここ最近色々あった二人だぞ。
だが、俺はデブンデル侯爵だ。奴は変態だぞ。一人を選ぶはずがない。
「ふん、なぜ僕ちんが選ぶ必要がある。欲しいものは全て手に入れる。
それが僕ちんだ。二人とも欲しいに決まってるだろう」
「ゼラニス、ユリエッタ、二人ともはしたないわよ。もう少し淑女らしく――」
「「ロベリアお姉さまは黙っててください!」」
玲子さんがようやく割って入るも二人の一喝に口が止まる。
ナイスファイトだったと思うよ。
「侯爵様、先程も申し上げた通りわたしは独占欲が強いんですよ?
ですから、二人というならこの場でユリエッタを殺してしまうかもしれません」
くっ、それはダメだ。ユリエッタが退場すれば物語は強制終了。
絶対にそんなことはしてはいけない。
演劇の時間もある。こうして長考してる時間も惜しい。選ぶしかない。
「わかった――」
「エキザ、嘘だよね? もしゼラニスお姉さまを選んだら、私悲しくて死んでしまうかもしれない」
ええええぇぇぇぇ........それも困る。というか、八方塞がりじゃん。
なんだこれ、どうしたら救いがあるんだ? ダメだ、思いつかん。わからん。ヤバイ。
やれることとしたら選んで話進めることしか。
さすがの隼人もバッドエンドで劇を終わらせるつもりじゃないことを信じてる。
「......なら、貴様――」
俺がそうして指を差した瞬間、俺の近くにあるステージ袖と反対側から甲冑の二人が飛んで来る。
その二人はズサーッと地面に倒れ、動かない。こ、これは野獣伯爵が来た展開!
「そこまでだデブンデル侯爵! 貴様の悪行はこの私もしかと耳にしたぞ!」
救世主キター! 敵役ながらこれほどまでにお前の登場を待ち望んだことは無いぞ!
しかし、思考はクールに行きましょう。一刻も早くこの劇を終わらるためにも!
「誰だ貴様は!? その姿.......人間か?」
「私はしがない野獣だ。だが、かつての想い人との約束も忘れ、欲望に限りを尽くす貴様よりは人間と言えるかもしれないな」
「減らず口を。まさか警備兵を蹴散らせたぐらいで図に乗るなよ。
ふん、いいだろう、先ほどまでやかましい娘達のせいでイライラしてたんだ。
僕ちんの妙技で剣の錆にしてくれる」
俺はメイドに剣を持ってこさせると、それを持って前に出る。
剣を抜き、鞘を投げ捨て、足早に大地の前に立った。
そして、大地とアイコンタクトを取って同時に動き出し、練習した殺陣を披露していく。
中々の速度だと思う。少なからず、相手の様子を見ながら動く立ち回りじゃないから。
その間にも俺と大地のセリフの応酬が続けられていく。
だが、もはやここまで来たことで俺の意識は安堵していた。
そして、つばぜり合いになった所で大地が話しかけてくる。
「なんかとんでもない展開になってたな」
「誰かさんのせいでな。キッチリ言い訳を聞こうじゃないか」
「あぁ、そうだな。それは後夜祭にな。だが、その前にこの劇を終わらせる。
拓海、東大寺さんを人質にとることは出来るか?」
「っ!? なるほど、その悪役ムーブなら観客の溜飲も下がりやすいだろうな。任せろ」
俺は大地こと野獣伯爵から剣を弾かれると、そのまま後ろに下がる。
そして、チラッと後ろを確認し、一気に反転。ユリエッタを人質に取る。
そこからはもはや流れ作業のようなものだ。
俺はユリエッタに物語を終わらせるための助言を送り、ユリエッタは指示通りに野獣伯爵にデブンデル侯爵を討つことを依頼する。
そして、ユリエッタの抵抗で隙が出来た侯爵に伯爵の一撃が届き決着。
俺は倒れながら全ての舞台が終わるのを待つ。
あのゲンキングが取り出した謎設定の薬も、なんだかんだで野獣伯爵が人間に戻るために使われ、ありがちなハッピーエンドともに物語的には大きな問題なく終わった。
そして、これにて全ての演技が終わり、俺の長きにわたる文化祭も終了――とは行かなかった。
なぜなら、俺と大地の決着がまだ完全についていないからだ。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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