第169話 文化祭#10
ユリエッタの口から紡がれた「エキザ」という名前。
当然ながら、俺はデブンデル侯爵であり、そんな名前など知らない。
知らないが、ご丁寧に設定を劇にて話してくれた始末。
となれば、普通は設定通りに話を進めるはずだ。
「エキザ? 知らんな。誰だ、そいつは?」
しかし、こちらとて真っ向から付き合ってやる義理はない。
そもそも本来の物語からすればこちらの方が正しい。
故に、俺はデブンデル侯爵として正史に戻す役目がある。
「貴様が僕ちんに対してどこの誰を思い浮かべたかは知らないが、そんな男は存在しない。
僕ちんの名はデブンデル=ユースフェルト。代々続く名門貴族の生まれだ」
ここで俺が否定したのは、まずエキザという人物の存在。
加えて、エキザという人物は武勲を立てて貴族になったらしいが、それは一代限りだ。
なので、「代々続く」という言葉を添えてその設定も否定。
ここに生まれた矛盾をさぁどう捉える?
「そんな......忘れちゃったの? ユリエッタだよ! ユリーって愛称で呼んでくれたじゃん!
それに貴族になったのだって約束を守るためだったんでしょ!?」
「約束? そんなものは知らん。だが、貴様は良い体つきをした女だ。
そのなんとかって男の代わりに可愛がってやるのも悪くない。
どうだ? どこぞで約束したまま現れない男よりも僕ちんのものになるというのは」
どうやらユリエッタこと東大寺さんは感情的演技で仕掛けてくるようだ。
それで俺が提示した設定の矛盾をうやむやにするつもりなのだろう。
なら、俺とてその設定をうやむやにしてやる。
そうなれば、東大寺さんは動くだろう――設定を戻しにな。
「違う! 違う違う違う! あなたはエキザだよ!
魔女によって身も心も醜くされてしまってるだけなの!
自分を思い出せなくなってるだけなの! お願い、目を覚まして!」
ふっ、計算通り。
感情的行動が多い東大寺さんにとって論理的な返しは不可能。
となれば、当然返す言葉も自身の性格に沿った感情論になる。
そもそも東大寺さんは計画通りに進めることは出来ても、アドリブは苦手なはず。
故に、こんな展開になることはある程度想定できた。
こうなれば後はヒステリックを起こした娘だ。強引にでも進められる。
「おい、貴様達、あの娘を捕らえよ」
俺が指示を出したのは両脇にいるメイドAとメイドBだ。
その想定外であろう行動に一瞬二人のメイドの狼狽が見える。
そりゃそうだ、本来の物語じゃユリエッタは騙されていたことに絶望して抗いもしないからな。
しかし、そこは展開を捻じ曲げてくれた報いだと思ってもらおう。
俺に試練を与える隼人の味方をするということはこういうことだ。
俺とてこうなってしまえば使えるものは何でも使う。
アドリブとはこういうことだからな。
さて、隼人のことだ。
これがアイツの思い描く展開なら絶対に遵守させることがある。
それは物語を止めないことだ。
アイツは物語の内容及び設定を変えてまでこの展開を作り出した。
つまり、それはそうしてまで実現させたい展開があるということだ。
なら、当然どんな展開になろうとも受け入れなければいけない。
一度始めた物語を途中で投げ出すことはアイツにとって逃げたも同じ。
そんなことはアイツのプライドが許さないだろう。
「い、行きますわよ」
「え、えぇ」
戸惑いながらも二人のメイドは互いの顔を見て意志疎通を交わし、ユリエッタに向かって行く。
よしよし、ここまではこっちのペースだ。しかし、まだ油断ならない。
なぜなら、この場には敵がもう一人いる。
「お待ちください、デブンデル様。ここはどうかわたしの顔に免じてこの憐れで救いようのない妹の話を聞いてやってくださいませんか?」
やはり来たかゼラニス、否、ゲンキング!
ゲンキングが東大寺さんの前に庇う形で立ったためメイド突撃も不発に終わる。
しかし、ペースは依然としてこちらにある。
「なぜ止める? その娘は貴様達商家が僕ちんから支援を受ける供物のはずだろう?」
「確かにその通りでございます、侯爵様。
しかし、この話はハッキリさせなければいけないと思っております」
「なぜだ?」
「ユリエッタにとって侯爵様は“エキザ”という昔からの縁のある人物。
侯爵様がそうであるかどうかはともかく、ユリエッタがそう思ってしまっている以上、わたし達にとって侯爵様にユリエッタを嫁がせることは愚妹の夢を叶える援助をしているも同じなのです」
「......ほう、興味深い話だ。続けたまえ」
とりあえず、ゲンキングに会話の主導権を渡すことにした。
というのも、現状この話の着地点が見えないからだ。
ゲンキングが何か仕掛けてくることは想定していた。
にしても、このタイミングで割り込んでくるとは。
もしや俺がメイドを仕向けたことを止めたかったのか?
わからない。この展開が不透明過ぎて。
まるで濁った水の中で前後不覚の中、必死に水面を探してる気分だ。
いくらアドリブでも話が読めなければ限界がある。
そうなれば詰みだ。全て相手のペースに持ってかれる。
それだけは絶対に避けなければいけない。
「ハッキリ言ってわたし、この愚妹のことがあまり好きじゃないんですよね。
オツムは良くないけど努力家で、直情的だけど裏表が無くてオマケに美少女と来た。
まるで自分に持ち合わせてないものを自慢されてるみたいで内心ムカついてたんですよ」
俺が思ってるユリエッタ像と違う......ちょ、それ言って大丈夫なやつなんか?
大地のことがあったから心配だぞ。アイツもとんでもカミングアウトしたからな。
つーか、俺がこう思ってしまってる時点でアウトな気がするけど。
「だから、イジメてやったってのに......これで最後に報われちゃこれまでやってきたのが全部パァになる気がしてやるせない気持ちになるんですよ」
「......つまり何が言いたい?」
ゲンキングは蔑むような目で見ていた東大寺さんから俺へ視線を変える。
そして、自らの手に胸を当て提案する。
「この愚妹に代わりわたしが侯爵様のもとへ参ります」
.......は?
「......どういう意味だ?」
「そのままの意味です、侯爵様。
こう見えてもわたしデブ専なので侯爵様ぐらいの体形は十分ストライクゾーンなんですよ。
それに先ほど申し上げた通り、わたしはこの愚妹一人だけが幸せになるルートは許容できない。
ならば、いっそのことわたしがここで立候補しようかと。
侯爵様だって自らを好いてくれる相手の方が嬉しいのではないですか?」
「.......ふむ、確かに。僕ちんとしては別に一向に構わない」
構うわ、バカ! デブンデル侯爵の思考をトレースしてのこのセリフだが、本体の俺の方は心が乱れまくってるわ!
助けて、レイえもん! あ、首を横に振られた。ですよね!!(泣)
くっ、あの玲子さんですら手が出しずらい展開にするとは。
一体どこまでが展開の想定済みだったんだ!?
しかし、ここで屈するわけにはいかない。
「それに知ってるユリエッタ? この薬のこと」
そう言ってゲンキングは胸元に手を突っ込みとある物を取り出す。
あの陰キャのゲンキングがそんな大胆な演技をするなんて!?
つーか、何その小さな瓶。俺、知らない。
「それは時戻しの薬!? ゼラニス姉様、どこでそれを!」
「それは秘密。だけど、侯爵様の噂を聞いた時からもしやと思って準備してたの。
この薬は相手を望む姿まで時を戻してくれるの。
つまり、この薬がある限り侯爵様は昔のあなたの知る人物に戻るかもね。
でも、その時はわたしの夫。好きな人が取られちゃうね、ザマぁ!」
「ゼラニス姉様!」
その瞬間、ユリエッタは今までに見せたことない激情を見せる。
その勢いのままゼラニスの胸倉を掴んだ。
あ、これ、しばらく誰も入れない展開に突入したな。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')
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