第165話 文化祭#6
―――ブゥーーーーッ
ブザー音とともに幕が開く。しかし、ステージはまだ薄暗い。
そして、最初に聞こえてくるのはナレーション役である隼人の声だ。
『とある昔の都市部から離れた小さな街。そこには街で3番目に大きな商家がありました。
一家の大黒柱ヒタソラ、長女ロベリア、次女ゼラニス、そして三女ユリエッタ。
彼ら4人は父親の稼ぎによって裕福な暮らしをしていました。
そんな彼らはさぞ幸せな暮らしをしているのかと思えば、ただ一人はそうでないようでした』
相変わらず隼人の丁寧語が聞き慣れない。解釈違いというやつだ。
ちなみに、登場人物の名前は各々役者が好きにつけたものらしい。
そんなことを思いながら、見慣れた序盤の動きをステージ脇から見つめる。
すると、薄暗いステージは明るくなり、同時に停止していた人物達が動き出す。
「あら、どういうつもりかしらこれは。もしかしてこれで掃除したとでも主張するつもり?
もしかして、あなたの足りない脳みそではこれが完了してるとでも言うのかしら?」
窓枠のついたステージセットをサーッと指でなぞるロベリア。
そんな彼女から溢れ出す言葉の数々は言動も含めると小姑そのもの。
加えて、演技に磨きがかかっているせいで、妙にヘイトが溜まってしまう。
演技でここまで感情を揺さぶるのだからさすが玲子さんだ。
「あっ、え......その......」
「何かしら? もしかして、口答えするつもり?
わたくしはあくまで親切心で伝えて上げてるというのに。ホント礼儀を知らない子ね。
どうすればそこまで図々しくなれるのか逆に教えて欲しいぐらいだわ」
「.......ごめんなさい。以後、気をつけます」
ロベリアの有無を言わさない言葉の数々。
そんな態度にユリエッタはすっかり委縮気味だ。
......という演技のはずなのだが、どうにも本気でビビってるように見える。
まぁ、それがかえって本気感が伝わるし、この時だけは我慢してくれ。
ロベリアはそれからもユリエッタの声の小さい謝罪に文句を垂らす。
そして、満足するまで言うとその場から去り、ユリエッタは窓掃除を始める。
そこにやってきたのは次女ゼラニスだ。
「わぁー、まーたロベリアお姉様に怒らてる間抜けがいるぅ~。
相変わらず学習能力ゼロなんだね。サルでもそこまで言われたらわかるよ。
一体どこに脳みそがくっついてるのかな~? 容姿が良ければ許されると思ってるのかな?」
クソガキのような言葉を吐きながら現れたゼラニス。
あのゲンキングがなんともな演技と言える。ただ、意外としっくりくる。
おかげでこっちの長女、次女に対するヘイトがうなぎ上りだぜ。
「あ、あの、その......ごめんなさい」
ユリエッタは窓ふきの体勢のままペコっと頭だけ下げて謝る。
そして、彼女は作業を再開した。
瞬間、先ほどまで邪悪な笑みを浮かべていたゼラニスが真顔になる。
ユリエッタに近づくと横から前蹴りを入れた。
「痛っ!?」
ドサッと倒れるユリエッタ。
ゼラニスは立ったままユリエッタの上に跨ると、その状態から胸倉を掴んだ。
「おい、クソ妹。姉に対してどういう態度してんだ? そう教えたか?
あんたが取るべき行動は床に額擦りつけて許しを請う態度だろうが。
本当に学習能力ゼロか、あぁ? おい、どうなんだ。答えろよ」
序盤からノンストップな地獄な空気が続く。これまだ数分なんだぜ?
ステージ脇からこっそり観客の顔を見てみた。
真剣な顔の人もいれば、見てるのが辛いって顔してる人もいる。
どうやら序盤で感情を鷲掴みにしたようだ。
ステージの方へ目線を戻す。しばらくゼラニスの詰問が続いた。
それでもユリエッタは泣かない。代わりに浮かぶのは諦念の顔である。
そんな時、大きな声を出しながら父親が帰ってきた。
「おーい、帰ったぞ......ん?」
ちょびひげをつけ、ターバンのようなものを頭に巻いたヒタソラ。
なんでコイツだけ名前が安直なのか。ま、別にいいけどね。
酒瓶片手に少しフラフラした様子の父親はゼラニスとユリエッタの光景を直視する。
「どうした?」
「あ、お父様~! ううん、何でもないよ。転んじゃったみたいだから手を貸してただけ。
全く、いつまで経ってもドジなんだから。ま、そういう部分が魅力かもしれないけど」
声色を明るいトーンに変え、ユリエッタの手を引いて引っ張り起こすゼラニス。
その光景を満足そうに眺めたヒタソラは微塵も嬉しそうなユリエッタに気付かず素通りしていく。
そんな父親にユリエッタの顔が絶望色に変わる。
「あ、そうだ」
振り返ったヒタソラに一縷の望みを抱くように振り返るユリエッタ。
「美味しいケーキを買ってきたんだ。3人で仲良く食べてくれ」
「え! ホント!? やったー! ケーキ、ケーキ!!」
ユリエッタの顔が再び絶望に変わった。
希望を見出してしまったために余計にダメージがデカい。
そんなユリエッタを尻目にニヤッと笑みを浮かべながらゼラニスは去った。
ステージは暗転し、スポットライトが崩れ落ちたユリエッタを照らし出す。
そこから漏れだすのは彼女の苦しい苦しい日常の数々。まさに生き地獄。
そんな中、一家に転機が訪れた――とここからも何回も見た光景が続く。
それからしばらく、台本をもう一度読み返していると、玲子さん、ゲンキング、空太が戻ってきた。
代わりに、大地が獣の頭を被ってステージに歩き出す。
どうやら物語は中盤に入ったようだ。
「お疲れ様、三人とも。三人とも凄く良かったと思う。なんか生き生きしてた」
「最終公演だからね。演技は好きだけど、流石に疲れたわ」
「まぁ、まだ後半に出番あるんだけどね。ゲンキングもあの二面性のキャラが分かりやすく出てて良かったと思う。さすが適役」
「そりゃどうも。だけど、あのキャラで適役って言われてもなぁ。わたしあんなキツくないし」
褒めたつもりだったのが、本人的には不服のようだ。
別にそういう意味で言ったわけじゃないんだけど......さすがに言葉足らずだったか。
「拓海、そろそろ一回目の出番あるぞ」
「もうそんな時間か」
ステージ脇から演技を眺めていた空太が教えてくれた。
俺は手にしていた台本を「持つわ」と言ってくれた玲子さんに渡し、身だしなみを整え歩き出す。
そして歩き出した瞬間、後ろからゲンキングが声をかけてくる。
「拓ちゃん、さっき読んでたこと忘れた方が良いよ」
「え?」
俺は瞬時にチラッと玲子さんを見る。
彼女は首を横に振って「わからない」と伝えてきた。
ということは、ゲンキングが意図的に意味深な発言をしたってこと。
なんだろう。凄く嫌な予感がする。
俺は一抹の不安を抱えながら、ステージが一瞬暗転したタイミングで移動。
ポジショニングにつくと悪徳領主の演技を始める。
「ぐぬふふふ、今日も街の愚か者どもは日長汗水たらしてようやく生活しているようだな。
ぼくちんはこんなにも優雅に暮らしているというのに。
いやはや、生まれが違うとはこんなにも苦労するものなのか。
死んでも庶民にはなりたくないな。いや、僕ちんのような高貴さが無ければ無理か」
飾り付けられた立派な椅子に座り、メイドAに風を仰いでもらい、メイドBにグラスにお酌してもらう。
飲んでるのはもちろんぶどうジュース。それを如何にも酒を飲んでる風に演技する。
「ぐびぐびぐび......ぷはーっ! 昼から酒が飲めるとはさすが高貴な僕ちん。
さて、気分もいいから今度は食事でも再開する――」
『そんな毎日を自堕落に過ごすデブンデル侯爵。
そして、日課である視姦をするためにベランダに出ようとしたその時、デブンデル侯爵の屋敷に一人商家の娘が尋ねてきた』
......は? なんだこの展開?
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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