第164話 文化祭#5
最終日午後の部の公演まで残り30分ぐらいとなった。
10月末とはいえ、今日はからっからに晴れた良い日天気。
そのせいか外は程よく暑い。ホントに秋かって思うぐらいには。
なので、俺はいつも永久先輩が独占している空き教室で涼んでいた。
先輩らしきノートパソコンの横で買った食べ物を食べ始める。うん、美味い。
なかなかの買い食いをしてしまったが、祭りの陽気に当てられたのなら仕方ない。
今日をチートデイということにしよう。それなら気兼ねなく食べられる。
ムシャムシャと焼きそばにがっつきながら、ふとノーパソに目をやる。
先ほどまで使っていた形跡があるのか、まだ画面はつけっぱなしだ。
書いてある内容は挑戦中のラブコメ小説だろう。焼きそば、うま。
チラッと目を通してみると、意外にも小刻みにギャグ要素を入れている。
テンポが良くてスラスラ読めてしまうし、ちゃんと面白い。
へぇ~、あの先輩がちゃんとラブをコメコメするなんて。
なんというかもっと純文学っぽく男女の恋愛の機微を繊細に書くものだと思ってた。
「人が留守にしている間に乙女の秘密を覗こうなんて無粋な男ね」
しばし読むのに集中していれば、いつの間にかドアを開けた先輩がいた。
相変わらずキレッキレの言葉だ。鋭すぎて容赦が無いね。まぁ、俺が悪いんだけど。
「すみません、画面がつけっぱなしだったからつい気になっちゃって」
「なるほど。ということは、拓海君はドア越しに艶のある声が聞こえたら、こっそりのぞいてしまうムッツリということね。よく理解したわ、この変態」
「全く否定出来る気はしないですが......男なので。
それはそれとして、なんで先輩はそんなイライラしてるんですか?」
「推しがキモイと言われたらムカつくでしょ? くっ、なのにあの低能どもは!」
何があったのか定かじゃないが原因は俺じゃないらしい。
つまり、さっきはその怒りの八つ当たりが飛んできたということだ。解せぬ。
しかし、いつの間に先輩に推しができたのだろうか。
いや、最近先輩はゲンキングに影響されてソシャゲ始めたらしいしそれかな?
先輩はズカズカと移動すると、自身のノーパソの前に座った。
そして、頬杖を突きながら右手でマウスを動かし、指先でスクロールする。
そんな横顔を見ながら、俺はふとこれまでの自分の演技について聞いてみた。
「そういえば、俺の演技はどうでした? なかなかに気持ち悪く出来たと思いますけど」
「えぇ、正直生理的嫌悪感を感じるほどには最高の演技だったわ。
まさに同人誌で言えばデブキモおじってやつね。
それも人妻の弱みを握って強姦する子供部屋おじタイプ」
「あれ、おかしいな。褒められてるはずなのにダメージの方が大きいぞ」
キモい演技は玲子さんから強くプッシュされた要素だから頑張ったのに。
まぁ、原作者お墨付きということで納得しよう。
うん、じゃないと午後の演技に支障出る。
「にしても、先輩は相当気に入ってくれたんですね。なんせこれで3回目なんですから」
「原作者が自身の舞台を見に行くのは当然でしょ」
「3回は来すぎですけどね。あ、暇なのか。ボッチだし」
「その蓄えたお腹のぜい肉搾り取るわよ」
「出来ることなら、ぜひお願いします!」
俺は胸を張るようにしてのけぞる。まぁ、胸より腹の主張の方が凄いんですけどね。
そんな俺の調子乗った行動に対し、先輩は横目でチラッと見る。
すると、マウスを左手に持ち替え、右手でホントに人の脂肪を摘まみ始めた。
「そういえば、先ほど金城君を見かけたわ」
「この流れで話始めますか......って、隼人を?」
ぶっちゃけだから何? という話なのだが。
別に隼人が一人で廊下を歩くなんて......確かに珍しい。
アイツの基本スタイルは一匹オオカミだ。
なので、こんな騒がしい環境にいるぐらいなら無人の教室で時間を潰すタイプである。
「えぇ、たまたま廊下でね。なんだか随分と企んだ気持ち悪い笑みを浮かべてたわね。
加えて、ワタシと目が合った時に鼻で笑って......あぁ、この状況になることを望んでいたのね」
先輩はノーパソを見つめる顔をこっちに向ける。
いつになく真剣な表情だ。相変わらず瞳は宝石のように奇麗。
しかし、依然変わらず人のぜい肉を揉みしだいでいる。いい加減放して。
「望みどおりになるのは釈然としないけど......拓海君、一つ忠告しておくわ。
これから起きることに気をつけなさい。どうにも嫌な胸騒ぎがするわ」
「それは隼人が何かするってことですか?」
「そう捉えて貰って構わないわ」
「何かって何ですか?」
「少なからず、拓海君にとってもワタシ達にとっても厄介な事態に変わりないわ」
全っ然具体的なこと言ってくれない。フワッフワよ。
しかし、そう言われると嫌な予感してきた。え、これから何かしでかすってこと?
とはいえ、そういう企みって警戒されたらダメじゃね?
腕を組みながらそんなことを考える。
ついでに隼人がやりそうなことを考えてみたが、どんな突拍子もないこともしそうなのでぶっちゃけわからない。
「忠告はしたわ。せいぜい用心しなさい」
「わかりました?」
全然わかってないですけどね。後、いい加減人の脂肪から手を離しましょう。
*****
最後の公演まで残り15分。
もうすでに着替えは済ませており、後は最後の仕事をやる心構えを作るだけだ。
その間、俺は先輩が教えてくれた隼人の企みについて考えていた。
アイツの俺に対する理念は“未来の自分への投資”である。
つまり、俺という存在がアイツの下でせこせこと頑張り、それが結果的にアイツ自身への幸福に繋がるということだ。
故に、今回の企てというのは所謂“試練”ってやつではなかろうか。
......いや、待てよ? 今回はぶっちゃけ先輩から教えられなければ気が付かなかった。
ということは、それより以前にもアイツは俺に何かを課していたのか?
そういや、文化祭で演劇になるように仕向けたのもアイツだったような。
確証はないが、そのような態度を取っていた。
だが、それはあくまで俺の考えを見越しての行動じゃなかったのか?
もしくは、何かの考えを持って立て続けに試練を与えているか。
......さすがにこれ以上はサッパリだな。水面下で動かれちゃわからない。
「いっそ本人に直接問い質してみるか? いや、すっとぼけられて終わりだな......ん?」
現在いる場所は体育館の舞台脇。仕切られた幕によって薄暗い。
そんな中にもかかわらず、まるでサ〇ヤ人がオーラを出すが如く眩い闘気を剥き出しにする二人がいた。
その二人とはゲンキングと東大寺さんである。
いつにも増して気合が入っている二人。
これまで3度とやってきた中で、一度としてそんなやる気を見せたことは無かったのに。
「なんだか随分なやる気よね」
隣から玲子さんがひょこっと現れる。彼女が言うぐらいだ相当なのだろう。
「何か原因知ってる?」
「さぁ。ただ、二人とも親に見せるからモチベーションが上がるタイプでもないでしょう。
となると、恐らく何らかの抱えていた気持ちが吹っ切れたか、あるいは......」
「それは邪推ってもんじゃねぇのか?」
玲子さんの紡ぐ言葉の最中に割って入ってきたのは隼人だ。
その瞬間、彼女の顔がわかりやすくムッとする。こら、落ち着きなさい。
「何の用かしら?」
「別に。ただ、せっかくの友達なのに随分なことを言うんだなーっと。
アイツらは俺と違い家庭環境に恵まれてる。だったら、そういうこともあるんじゃないのか?」
「いいえ、無いわね。私はあなたよりよほど唯華のことを知ってるわ。
変な因縁つけてきてそんなに構って欲しいのかしら? 一匹オオカミ気取ってて寂しいのね」
煽るな煽るな、玲子さんステイ。
それに対し、隼人の表情は崩れない。コイツもコイツでメンタル鬼つよかよ。
「.......何をする気なの?」
お、俺が聞きたいこと率直に聞いてくれた! さすが玲子さん!
その質問に対する隼人の回答はこうだった。
「やるのは俺じゃねぇ。ま、せいぜい見てな。どうせうすぐにわかる。持たない者による逆襲がな」
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