第162話 文化祭#3
俺達が行うクラスの劇。そのあらすじを改めて紹介しよう。
とある商家に生まれた娘がいた。その娘は三女であり、二人の姉が入る。
比較的裕福なその一家で先に生まれたその二人はこの世に買えないものはないと言わんばかりに日々贅沢の限りを尽くした。
美しく着飾った服に、街で一番の化粧品。高級な小物に、誰もが羨む靴。
それらを身に付け堂々と歩く姿は姉二人はさながら叶〇妹のような見た目だ。
だが、なぜか通り過ぎる人々は二人ではなく三女の娘を振り返る。
姉二人とは違い着飾った様子も無ければ、むしろみすぼらしい服を着ている。
例えるならば、序盤のシンデレラのような姿といえる。
もっとも、それは二人の姉に無理やり着せられたものだが。
しかし、そんなことをしても姉二人より目立ってしまう三女の娘。
その理由は明白で、姉二人よりも三女の方が美しかったからだ。
そのことに拭いきれない嫉妬心を抱えた姉二人はネチネチとしたイジメを繰り返す。
そんなある日、裕福な商家の人生が一変する出来事があった。
それは父親が事業に失敗し、多額の借金を抱えることになってしまったのだ。
なんとか元の生活に戻そうと苦心するが、返すはずの借金は増えていく一方。
加えて、一度生活レベルを上げるとそう簡単に質素な生活には戻れない。
元の生活を維持しようとお金を散財する姉二人。
それは父親と三女が働いても生活の苦しさは増すばかりだった。
父親とて姉二人が他所の貴族に嫁いでくれれば話は別だったのかもしれない。
しかし、強欲であり傲慢であり選り好みの激しい姉二人は、根を生やした木のようにどこにもいかない。
結果、一家が下した決断は夜逃げであった。
しかし、夜逃げしようとも姉二人は当たり前のようについてくる。
されど、借金地獄という暮らしからは一時的に抜けられるだろう。
そんな夜逃げをする前日、三女は花屋で美しい花を目に留めた。
その花は決して高いものではなく、三女は父親に人生初めてのおねだりをする。
だが、それすらも変えないほど苦しくなっていたため父親は断った。
そんな記憶を思い出した父親は逃げている最中、森の中にある屋敷を見つける。
その屋敷の庭には三女がおねだりした花と同じものが沢山咲いていた。
そのため、父親はこっそりとその花を摘み取ろうとする。
その時、現れたのが屋敷の主である野獣伯爵だった。
野獣伯爵は丹精込めて育てた花をどこぞの男に摘み取られることに怒り、一方で父親は突然現れた化け物に心得のある剣で斬りかかる。
その結果は父親の惨敗だった。
勝てないことを悟った父親は必死に命乞いをした。
それに対し、野獣伯爵は「私の美しい花を摘み取りうとしたのなら、摘み取られる覚悟を示せ」と告げる。
つまり、それはどんな形であれ父親が思う“美しいもの”を差し出せという意味であった。
それに対し、父親は野獣が気に入る美しいものだと勘違いし、必死に探すが夜逃げした一家に美しいものなど何もない。
その時、姉二人が三女を“美しいもの”と称して差し出した。事実上の生贄だ。
その行動には父親も狼狽したが、わが身可愛さで三女を差し出すことに同意する。
そして、三女は野獣伯爵とともに屋敷で暮らすことが決まった。
三女は比較的物怖じが少ない人物であったが、されど野獣伯爵には恐れをなした。
食べられるのではないかと野獣伯爵の一挙手一投足に警戒を続ける日々。
そんな日々は体を酷使させ、三女は熱を出してしまった。
全く動けないほどの高熱に苦しむ中、三女を優しく解放したのは野獣伯爵だった。
その出来事をきっかけに野獣伯爵の優しさに触れた三女は警戒心を解く。
そして、気が付けば今までの生活よりもよっぽど楽しい日々を過ごし始めた。
しかし、そんな日々も長くは続かない。約束な日が近づいてきたからだ。
三女がもともと野獣伯爵から伝えられていたこの屋敷で暮らす期間は三か月。
その三か月があと一週間というほどで終わろうとしていた。
戻りたくないと切望する三女であるが、事情を知らない野獣伯爵は「醜い自分と一緒にいるべきではない」と三女のこと思って突き放す選択をした。
それから時は過ぎ、ついに別れの日がやってきてしまう。
三女は別れを告げ、トボトボと隣町へと移動していく。
すると、その街では再び裕福になった家族の姿があった。
そのことに微妙な気持ちになりつつも帰った三女に待ち受けていたのは拉致。
それは姉二人が三女が戻ってきたことをきっかけに企てた計画だった。
そして、その計画の最終目標は移り住んだ街の悪徳領主に三女を差し出す事。
美しいと評判の三女を差し出すことで、悪徳領主からの援助を貰える約束をしていたのだ。
結果、三女はまんまと悪徳領主に嫁がれていった。
その情報を買い物のためにお忍びで街にやってきていた野獣伯爵は耳にする。
怒りはすぐさま沸点まで高まり、家にいる姉二人に問い質した。
そして、三女は悪徳領主の屋敷にいることを突き止める。
悪徳領主の屋敷に単身で乗り込む野獣伯爵。
すると、そこには首輪で繋がれた三女と、彼女をペットのようにして鎖を持つ悪徳領主、そして娘を売り込む父親の姿があった。
どうやら父親は再び手に入れたお金と大きな後ろ盾を得て利益に目がくらんでしまったようだ。
悪徳領主は突然屋敷に押し入ってきた化け物を退治するよう兵士に呼びかける。
野獣伯爵は必死に抵抗するが多勢に無勢。ついに、傷つき倒れてしまう。
そんな野獣伯爵に近寄った三女は別れの言葉を告げ始めた。
泣きながらこれまでの屋敷で過ごした日々に感謝すると、最後に三女は野獣伯爵にキスをした。
三女の最後の悪あがきとばかりの行動に憤慨する悪徳領主。
その一方で、野獣伯爵の方には変化が起きた。
野獣伯爵の体が元の人間に戻って行ったのだ。
そして、獣の姿から解き放たれて露わになった人物は現国王の息子である王子だった。
その姿を見た瞬間、今まで襲っていた兵士達は跪き、非礼を詫びる。
一気に形勢逆転した王子は兵士達を利用し、悪徳の限りを尽くしていた領主を捕らえた。
領主に加担していた父親も捌こうとしたが、三女の言葉で多少の罰だけで牢獄に入れられることはなかった。
長かった物語はついに終わりを迎える。
その結末は童話にありきたりで言わずもがな。
王子とヒロインがどうこうなる結果は一つしかない。
「ご覧いただきありがとうざいます! それでは、また明日にお会いしましょう! 本当にありがとうございました!」
「「「「「ありがとうございました!!!」」」」」
――という物語を午前の部と午後の部の二回分やった。今やすっかり良い時間。
体育館の舞台の上からキャスト、スタッフ全員で挨拶しているのが現在だ。
一回目の時は緊張で多少声がどもったが、それでも無事にやり遂げた。
その達成感は半端ない。玲子さんにも褒められたし。うん、練習してよかった。
それにこの劇で東大寺さんと大地の距離も相当縮まったんじゃなかろうか。
実際に、俳優や女優の間でもドラマや映画で演じた役をキッカケに付き合うみたいなことがあるみたいだし。
人の心に訴えるのはやはり感情だ。
感情が乗れば乗るほど、相手との気持ちのシンクロ率は上がる。
二人とも純粋な心の持ち主だしな。効果があるかもしれない。
これはひょっとすると上手く行くぞ!
******
時刻は一日目の文化祭が終わった放課後。
日が傾くのも早くなり、茜色の日差しが屋上の床をオレンジ一色に染める。
そんな場所で一冊の薄い本を片手に、ポケットに手を突っ込む男が一人。
―――ガチャ
屋上にある唯一のドアが音を立てて開かれた。
そこから出てきたのは慣れないことをして疲労の顔が見える唯華だ。
彼女はフェンスから街並みを眺める男の後ろから声をかけた。
「呼び出した用件は何?――金城君」
「ようやく来たか。ま、言うほど待ってねぇけど」
隼人は振り返る。鼻につくような余裕そうな笑みをしながら。
そして、彼は手元の薄い本を唯華に渡す。
「これは......?」
「今日の残りの時間で内容を頭に叩き込め。それがお前のすべきことだ」
唯華はその言葉に小首を傾げる。
言いたいことは色々あったが、一先ずその本を読んだ。
内容は今日やった劇――かと思いきや少し違った。
その内容に唯華は慌てて声を出す。
「な、なにこれ!?」
「これからお前に提示するのは2つの未来だ。
苦しむが時間経過で楽になる未来。
もしくは、認めて楽になるがその後場合よっちゃ苦悩が待っている未来。
現にお前はすでに一杯一杯のはずだ。そして、その気持ちを吐き出せずにいる」
「.....何の話?」
「まぁ、聞け。で、俺としては苦しむ友人の姿は見てられないわけだ。
だから、せめてもその吐き出せない気持ちを役に乗せて発散してしまえばいいと思っただけだ。
ほら、お前は演じるのは得意だろ? その皮さえ被っていれば何にでもなれるのがお前だ」
「......」
「なぁ、ムカつかねぇか? 才能を持ってる女って。
美を持ちながら己を持つ女。美を持ちながら毅然としてる女。美を持ちながら不屈な女。
どいつもこいつも自分には持ちえないものを持っている。天は二物も与えやがった。
だから、そいつらが欲しくて病まないものを掻っ攫えばいいんだよ。
そのための土俵は用意した。その後、決めるのはお前だ」
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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