第158話 しっかり練習もしてますよ
文化祭準備というのは慌ただしいのかあっという間に時間が消える。
ただでさえ、放課後の居残りもそう多くないので、休み時間に少しでも作業することは少なくない。
その結果、いつの間にか放課後ということはザラにある。
もっといえば、もう一週間が経って休日になっていたとか。
その休日も文化祭のために作業してくれる人がいる。なんと良い人か。
そういう俺も玲子さんに連れ出され、校内から聞こえてくる吹奏楽の音色を聞きながら練習に励んでいる。
「で、デフュフュフュ、これが我が妻になるという小娘か。気に入ったぞ!」
「それは良かった。なにせ旦那のために育てたといっても過言ではございませんからな。
ほら、お前も挨拶しろ。これから夫になる人物だぞ」
「夫........ハッ! い、嫌、私はまだ認めてないし、好きな人がいるの!」
そう言ってヒロイン役の東大寺さんは舞台脇に逃げていく。
その様子を見ながら苦笑いのヒロインの父親役である空太は悪徳領主役である俺にフォローを入れ始めた。
「は、ハハハ......すみません、きかんぼうで。言って聞かせますんで」
「よいよい、まだおでの魅力に気づかぬ青二才の年齢よ。時間の問題だ」
「そう言って貰えて光栄です。ですが、これも我が一家の繁栄のため。必ず再教育させますので」
「カァーーーット!」
瞬間、玲子さんのメガホンに拡散された大声が聞こえてきた。
その声にビクッとした俺と空太は油を刺し忘れた機械のようにギギギと首を横に向ける。
すると、そこには強面監督となった玲子さんの姿があった。
腕を組み、足を組み、目線はまるでそれだけで人を殺しそうなほど眼力がある。
元が美人なだけに表情がキリッとしただけで偉く怖い。ほんとマジで怖い。
なんせ早々にはけたゲンキングが玲子さんの後ろで背筋をピンとさせるほどだ。
いや、もっと言えばその覇気が玲子さんの後ろで作業していた作業班を退避するほどだ。
前まで一切しゃべらず沈黙を貫きながら作業していた彼らが、わざわざ別の教室に移って作業してる事実。
隣の教室から和気あいあいとした雰囲気が羨ましい。今の殺伐具合と言ったら。
「ん~~~~~」
玲子さんは顎に手を当て考え始めた。
恐らく自身の脳内のイメージに近づけるための修正を行ってるのだろう。
そんな一挙手一投足に俺らはまたもやビクッとする。
俺だってこの練習が始まってから割とボロクソに言われてるんだよ?
正論パンチでサンドバッグになってる気分。
俺が玲子さんの前の職業を知ってるが故に余計にダメージが入る。
ちょっとぐらい甘く見てもらえるんじゃないかって思ってた俺がバカだった。
あぁ、大地。なぜ今日に限っていないんだ。練習試合らしいから仕方ないけど。
「まず、唯華。前に来なさい」
「はいっ!」
せっかく玲子さんの後ろという安置にいたのに監督の一声で引きずり出されるゲンキング。
ガッチガチの体を動かし、ぎこちなく玲子さんの前に出れば、サンマのようにビシッとした。
「そうね、全体的に良かったと思うわ。感情が乗ってた。
前までは何か悩みでもあるのかと思うぐらいには動きがぎこちなかったけど、どうやら悩みを忘れようと演技に没入した行動が功を奏したみたいね」
「アハハ......素直に喜べない。めっちゃバレてる。でも、あざます!」
「後はもう少し声を張りなさい。演技中、目の前にいるのは妬ましい妹なんだから。その役の感情に慈悲は無いわ」
「う、うす!」
ゲンキングは武道をやってる学生のように返事し、玲子さんの前からスタスタと逃げる。
でも、前に聞いてた頃と比べると怒られてはいない。事実上の最高評価だ。
「次に、東大寺さん。前に」
「は、はい!」
東大寺さんが前に出る。瞬間、玲子さんの目が厳しくなった。あっ、これヤベェやつ。
「東大寺さん、演技舐めてる?」
「え、いや......」
「この台本のどこに父親の言葉に一瞬でも頬を染める瞬間があるのよ?
あなたはヒロインとして相手に生理的嫌悪感を感じないとダメなの。
たとえ相手が知り合いだとしても嫌いになる役であれば嫌いになる。
あなたは感情で動きすぎることがあるわ。自分を騙しなさい」
「......はい」
「その後の演技も――」
それから東大寺さんへの指導が数分と続く。うん、公開処刑である。
もちろん、玲子さんにそんな気はなく、単純に本気でいい作品にするための行動だ。
それに玲子さんとてやる気のない人にはここまで指導しないだろう。
「あなたは影の努力家。そこは私も見習うべき心構えだわ」
「え、そうなの!? え、えへへへへ......」
「だからこそ、その努力が発揮されないのが悔しくてたまらないわ。
あなたが夏休みという貴重な時間を費やして夏休みデビューを果たしたのは?
その結果は何よりもあなたの努力の賜物よ。それは誇りなさい。
そして、その誇りを持って次の演技に活かしなさい」
「は、はい! ご指導ありがとうございます!」
結果的には東大寺さんのやる気に火が灯ったようだ。
さすがに人を焚きつけるのが上手い。
世の中で大女優と呼ばれるだけのことはある。
もちろん、東大寺さんの性格を知ってるからの激励であることは分かってるけど。
「それから、日立君。君の場合は東大寺さんと違ってムラッ気はないけれど、代わりにこれといって平凡ね。相手に感情を抱かせる魅力がない。ザ・普通」
「あ、はい......」
あぁ~、俺が最後か。嫌だなぁ。このまま待つの。
まるで小学校の頃に先生に怒られる前のような緊張感。
俺が数少ない忘れたくても忘れられない記憶の一つである。
いや、マジ、これとって何かしたわけじゃないんだけど勘違いでしこたま怒られたんだよね。
小学生ながら理不尽という言葉を始めて身に染みた瞬間だった。
一方で、玲子さんの場合は理不尽じゃない。
それがまた余計に心の逃げ場がないのが辛い。
「もう少しこの父親がどういう思い出悪徳領主にこびへつらっているか考えた方が良いわ。
この父親は自身の損得で実の娘を売るクズ野郎よ? それ以前に娘を置いてった人間。
性根が腐ってるのよ。だから、観客には“コイツ嫌い”という感情を与えなきゃいけないの」
「相手に嫌われる演技をしろと......?」
「えぇ、そうよ。やりなさい」
「........あい」
あぁ、なんということだ。空太が泣いちゃった。
いや、実際には泣いてないんだけど、もはや俺の目からは瞳を潤ませたち〇かわにしか見えない。
独特の痛ましさが伝わってくる。
「最後に拓海君」
「っ! はい!」
「もっと気持ち悪くなりなさい。恥かしさなのか他人からの評価を気にしてるのかわからないけど、その感情や気持ちは悪徳領主という演技をする上では邪魔でしかないわ。
そもそも演技という前提がある以上、それが少なからず盾になるし、仮に変な噂が経っても私がそういう風に指導したと証言する。だから、醜さを滲みだしなさい」
的を得すぎて心が痛い。まるで俺の心を覗き込んでいるような感じだ。
しかし、やはり絶妙に抵抗感があるし、それに気持ち悪くってどういう風に.....。
「どういう風にって考えてそうな顔ね」
「え?」
まるで俺の考えを読んだような回答。そんな顔に出てたか?
そんな俺の気持ちをよそに玲子さんは具体例を出す。
「例えば、満員電車という密着にかこつけて痴漢するキモおじだったり、女を食い物にしかしてない寝取りクソ野郎だったり。
それから、自分の欲を満たすために女性の尊厳を踏みにじる強姦魔や、財力や地位をちらつかせ暴力と権力でもって鬼畜野郎とかね。
そんなありとあらゆる醜さの集合体を拓海君は演じるの。
いい? これはあなたなら出来ると思ってのアドバイスよ。でなければ、言わないわ」
なんだか闇の深そうなワードが玲子さんの口からいくつも飛び出してくる。
そんな彼女の表情の歪み具合からして過去に近しいことでもあったのだろうか。
ハハハ、伊達に見えない闇が潜んでそうな芸能界で生きていた人間じゃないな。
そして、それに対する俺の選択肢はもはや一つしかない。
「わかりました......頑張ります」
「えぇ、良い返事よ。それじゃ、一度休憩にしましょ」
そう玲子さんが言った瞬間、彼女の覇気も鳴りを潜め、俺達はやっと自然な呼吸ができるような気分になった。
そして、何やら舞台スタッフと打合せし終わった所で俺は玲子さんに話しかけた。
「玲子さんは水分取らなくていいの?」
「私は見てただけだからまだいいわ。それよりも厳しく言い過ぎたみたいね。ごめんなさい」
「いいよ、それが玲子さんだと思うから。好きなことには本気で取り組みたいだろうしね」
「拓海君......っ!」
それとなくフォローを入れただけなのだが、思ったより玲子さんに刺さったようだ。
そんな感激している彼女に俺はこの場に唯一集まらない人物について尋ねた。
「そういや、隼人は全く来ないな。アイツ、ナレーションなんだろ?
少なからず動きは知ってた方が良いと思うけど」
そんな話題を切り出した瞬間、一瞬にして玲子さんの表情が切り替わる。
まるでデート中に別の女の話題を出した時のような。いや、経験ないけどそんなイメージね?
「いいんじゃない、来なくても」
「でも」
「あの男はスペックだけはどうしようもなく優秀だからね。
加えて、あの男は一人の時の方がよく頭を使う人間よ。放っておいても何も問題ないわ。
それにあの男で舞台が無茶苦茶になったならあの男を裁く口実になるから十分」
玲子さんが邪悪な笑みを浮かべてる。
おい、隼人、くれぐれも地雷を踏んでくれるなよ。
ただでさえ二人は仲が悪いんだから爆発火力が比じゃないんだよ。
「ハァ、アイツは今頃何してんだか」
色々な意味でな。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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