第143話 交錯する裏事情
水族館で楽しく過ごす四人組の男女。
しかし、その遊びは仕組まれたもので、実は拓海と唯華が協力して琴波に大地を売り込もうとしているものであった。
だが同時に、それとは全く別の思惑も働いてることを拓海は知らない。
大地と話す拓海を見つめる琴波は何か目的意識を持ったような目をしながら、先を歩く彼の後ろ姿を見つめる。
そして、彼女は自身の数日前のことを思い出していた。
―――数日前
「莉子ちゃん、フラれた~!」
「.......は?」
拓海に水族館へ誘われたその日、琴波は泣きつくようにして親友の莉子の家に押し掛けた。
普段なら家に入れることすら断る莉子であったが、彼女のみっともなく泣く姿に思う所があった。
なので、仕方なく家に上げてあげれば、開口一番に聞いた言葉がそれだった。
「なに? いつの間に告白したの?」
「しとらん!」
「.......は? 告白せずにフラれた?
あなたがほぼ告白のような言葉を言ったのを自覚してないだけではなく?」
莉子がまず疑ったのは親友の頭の方だった。
琴波は猪突猛進ガールなので、よく一つの考えに囚われ突っ走ることがある。
つまり、また琴波が勝手に自爆したのだと思ったのだ。
その辛辣な言葉に対し、いつもの琴波なら何か言い返してくるものが返ってこない。
その事に莉子は少し琴波の話に勉強に使うはずの頭のリソースを割くと経緯を聞いた。
すると、琴波はこれまで起きたことを洗いざらい話し始めた。
「――なるほど。それは相当ヤバい奴ね。良かったじゃない。
相手から勝手に身を引いてくれたわよ。
これで下手に恋愛で痛い目遭う事なかったじゃん」
「そげんことなかばい! 拓海君はそげん酷かことば言う人やなか!」
「だけど、実際言われた本人が泣くほど傷ついてるじゃない」
「うっ......」
低いテーブルに頬杖を突きながら言った莉子の言葉。
琴波は全くの正論でぐうの音も出なかった。
しかし、琴波は袖で涙を拭うと、泣き腫らした目を親友にぶつけた。
「うちは泣いとらん! やけん、違う! だって、言いよった拓海君が苦しそうな顔しとったんやけん!」
「......」
酷い言葉を言われた相手を庇う琴波の気持ちが分かりかねる莉子。
だが、それでも親友が全く嘘のつけないバカ正直なバカであることはよく知っている。
そんな人物が身を張ってまで酷いことを言った相手を庇おうしているのは生半可な行動じゃない。
「ハァ......もう一度よく経緯を聞かせて。
それとその時のあなたが思う早川君の表情もついでに」
「わかった!」
琴波はその時のことを思い出しながらもう一度状況を説明していく。
そこに付け加えた情報は、拓海のぎこちない笑みだったり、何かを覚悟したような目だったり。
それら全ての情報を今一度聞いた莉子は「なるほど」と呟いた。
「全く厄介な状況に巻き込んでくれたわね」
「......ごめんなさい」
「琴波のことじゃないわよ。こっちのこと。
でもまぁ、確かにアタシとしても友達がメソメソしてるのは我慢ならないわね――ウザったいから」
「そこは嘘でも可哀そうやけんとか言うて欲しかったな。そっちん方が莉子ちゃんらしいけど」
「でも、実際ムカついてるのは確かなのよ? 琴波をイジメていいのはアタシだけの特権だから」
「相談する人間違えたかも」
そう言う琴波だが、莉子以外に込み入った話を相談する相手もいないし、こんな相手だからこそ気兼ねなく話せるということもある。
だから、莉子の口の悪さにツッコみを入れはするが、本人はそこまで気にしていない。
なぜなら、莉子は必ず助けになってくれる親友だから。
「いいわ、アタシの方でも少しは琴波の分の頭のエネルギーは残しておいてあげる。
だけど、その前に聞かせて。フラれたと自覚したあなたが食い下がるのはなぜ?」
莉子から真正面にぶつけられる質問。
琴波はテーブルに置かれてるコップを両手で掴み、水面に浮かぶ自身の顔を見つめた。
「確かに、うちはフラれたんかもしれん。
ばってん、スッキリするような終わり方じゃなかったと。
だって、そりゃまるでそん気持ちがあると困るかんような言い方やったけん」
琴波はコップをギュッと握り、顔を上げた。
正面に見える親友の目をしっかり捉えながら言葉を続ける。
「やけん、うちはどうせフラるーなら全てんことば明らかにしてから、もいっぺん想いば伝えてフラれたい。そんために力ば貸して欲しか!」
「――ダメ」
「え......」
一生懸命に伝えた本音は親友の一言で一蹴される。
あまりもの即答で落ち込む余裕すらなかった琴波。
だが、ニヤッと笑った莉子からすぐに告げられたのは断ると全く別の意味だった。
「足りない。酷いことを言われたんでしょ?
だったら、相手の手のひらで奇麗に踊ってあげた上で全てをぶち壊すぐらいしなきゃ。
ただ相手の言いなりになるようじゃ全然怒りの収まりどころが着かない」
「莉子ちゃん......」
「もちろん、それも全てあなたのやる気次第だけどね。
でも、やるっていうなら、あなたを友達のままで縛り付ける鎖を解いて戦いのステージにあげるぐらいの支援はしてやるわ。どうする?」
―――現在
拓海が知らない思惑で水族館にやってきた琴波は優秀な親友を頼りに作戦を行動している。
やがて拓海の考えていることを全て明らかにするためには、現状における自分の立ち位置がどうなっているかを知ることが重要だ。
今回の目的は情報収集がメインだ。
だからこそ、琴波は拓海のしようとしていることに敢えて乗ることで、今後の拓海の取り得る行動を予測しようとしているのだ。
この作戦における一番重要なことはどれだけ相手に悟られないようにするかということだ。
今の拓海は来るはずのない自分が来たことで少なからずの動揺があり、加えて意味深な行動を取ったことで中途半場に頭の回転が速い故の困惑が生じている――というのが親友のの見立て。
つまり、拓海の思惑を探るには絶好の機会なのだ。
だが、言葉と行動が同時進行し直情的に動く琴波にとって実はかなりの高いハードルだったりする。
簡単に言えば、不器用なのだ。嘘をつくことに関しては一流で。
「琴ちゃん、琴ちゃん」
「え?」
「どったの? 今日随分と静かじゃん」
話しかけてきた唯華の言葉にビクッと反応する琴波。
しかし、すぐに莉子から「元気さんは目敏いから」と伝えられたマニュアルを思い出し、無難な返答をする。
「まぁね、なんというか男子がいる状況でこんな場所に来たことないから緊張しちゃって。
そういう意味では唯華ちゃんは慣れてそうだよね」
莉子から伝えられた対唯華会話術その1――会話の主導権を握る。
唯華はアドリブに強い傾向なため、どんな会話からでも巧みに聞きたいことを聞いてくるはず――というのが莉子の見解。
だったら、相手に突かれてボロを出さされるくらいなら、こちらからどんどん話題を提供して話を散らす。
嘘をつくのが下手な琴波からすれば強固な防衛手段だ。
「ハハハ、実はそうでもないんだよね。こうして行くようになったのは高校に入ってからだし」
「そうなんだ、意外だね。唯華ちゃんって基本的に誰に対しても明るく接してるから、他の男子とも遊んでるのかなって。
それこそ男子の中でもよく唯華ちゃんの話題を聞くよ? 告白されたこともあるんじゃない?」
莉子から伝えられた対唯華会話術その2――恋愛の話題を出せ。
たまに教室に聞き耳を立てれば、恋愛の話題になった瞬間唯華はその話題を避けるか逸らす傾向にある――というのが莉子の見解。
であれば、それを逆手に取って恋愛関係の話題で攻めれば、自ずと唯華は防御行動を取らざるを得なくなる。
そうなれば、その1の条件も自ずとクリアし続けることになる。
「アハハハ......まぁ、その話は聞くよ? 実際、されたことは一応あるし......」
「え、凄い! あ、でも、別に付き合ってる人はいないみたいだし、断ってるってことだよね? 誰か好きな人でもいるの?」
「いや......別にそういうわけではないんだけど......」
「そう、例えば――」
莉子から伝えられた対唯華会話術その3――墓穴を掘るな。
いくら会話の主導権を握っていても唯華の場合自分で自爆することがある。
だから、仮に恋愛の話に移れても話題はほどほどに――
「早川君とか?」
「っ!?」
唯華、致命的な大失敗を出す。
これまでの話の流れで拓海の名前を出すのは絶対的なタブーだ。
それこそ、挙げるべき名前はここ最近よく一緒に話してる姿が見られた大地のはず。
しかし、ここで失敗するのが琴波クオリティ。
あまりにも自分の愚かさに琴波は笑みを浮かべたまま固まる。
きっと内心では自分の顔が映っているサンドバッグを全力で殴りつけているだろう。
しかし、琴波があまりにも突拍子もないことを言ったにもかかわらず、隣からはうんともすんとも返事が返ってこない。
思考が回復し始めた琴波が辛うじて動かせる視線で確認すれば衝撃的な光景を見た。
「......」
いつも元気で明るい唯華という人物が見たことないほどの恥じらう乙女の姿をしていた。
その姿に笑みを浮かべていた琴波の表情は次第に険しい顔になる。
「......え?」
もしややっぱり......?
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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