第131話 最近、犬のイメージがよく思い浮かぶ
「ハァ、鮫山先生め......いつから俺が文化祭の実行委員をやると?
そもそもそんな話なんて一言も上がってないっての」
帰りのHRで鮫山先生に呼び出された俺は、先生から「文化祭の実行委員やってくれない?」とストレートに頼まれた。
だから、ニッコリ笑顔で「嫌です」って断った。
なのに、勝手に“了承”と解釈しやがって。
結局、俺が実行委員として働くことになってしまった。
......いや、決まってはいないか?
「代わりがいるならそいつでもいい」みたいなことは言ってたし。
文化祭は10月末ぐらいだ。準備期間も考えるなら早いうちにってことだろうけど......だからって、何も俺に押し付けなくてもいいんじゃない?
「お前の頼みなら皆聞いてくれるだろ」とか。
クラスメイトと良好な関係が取れ始めた割と最近なんだけど。
ため息を吐きながらトボトボと廊下を歩いてると、背後から誰かが走って来る音がした。
振り返ろうとする前に呼びかけてきた声で誰か分かった。
「早川君!」
東大寺さんが大きく手を振りながら近づいてくる。
明るい笑みを浮かべながら全力で近づいてくる姿勢はなんだやっぱり大型犬に見えてしまう。
「東大寺さんか。ごめん、急に担任に呼ばれちゃったみたいで」
「いいよいいよ、さすがに先生の方を優先すべきだと思うし。
先生からはどんなことを話してたの?」
「文化祭の実行委員のことだよ。誰かがやってくれなきゃ俺に仕事が回ってきそうでね。
とはいえ、わざわざ誰かに割り振られた仕事をやってくれる人はいないと思うけど」
だから、誰かに頼むことはぶっちゃけ諦めてる。
自分のプライベートの時間を削って学校やクラスのために動こうなんて少数派だろう。
少なくとも、俺のクラスの中にはいないだろうな。
いや、玲子さんやゲンキング辺りならやってくれそうか?
でも、女子に仕事を放り投げて自分は遊んでますなんてのはなぁ。
そんなことをついつい東大寺さんに愚痴ってしまった。
彼女が聞いてきたからだけど、なにもこんな個人的心情までは言う必要なかったな。
「それって早川君が一人でやらなきゃいけないことなの?」
東大寺さんが首を傾げながら聞いてくる。
一人で......とは先生も特に言ってなかったよな。
そっか、考えてみれば別に一人で仕事する必要も無くね?
普通に「協力してくれ」って頼めば、なんだかんだ隼人達も手伝ってくれそう。
ん? 待てよ? 二人でもOKなら、ここで東大寺さんと大地の二人を実行委員として仕事して貰えば、二人の距離は近づくんじゃね?
心理学でも「単純接触効果」ってのがある。
これは人が特定の人やものに接する回数を重ねるうちに好印象を持つという心理学用語。
つまり、東大寺さんが大地と関わる回数を増やせば、それだけ好印象を持ちやすいということだ。
実行委員ともなれば二人で行動する機会も増えるだろう。
うん、これは思わぬ棚ぼたアドバイスだ。センキュー東大寺さん!
そう思いながら彼女を見ると、なんだかほんのり頬を赤く染めてチラチラこちらを見てくる。
その行動自体はとても可憐な乙女って感じで可愛らしい......のだが、大地の気持ちを知ってる俺からすれば複雑な気持ちになった。
「ね、ねぇ、それってうちが早川君と二人でってことなら、早川君も負担が減るんじゃない?」
すーっ、これはどういう回答をすべきなのだろうか。
東大寺さんは善意でこのことを言ってくれているはず。
きっとこれまでお世話になった俺への恩返し的な意味だと思う。
問題はこの言葉が俺だから言っているのか否かだ。
ここ最近、俺の思春期的思考回路が恋愛オーラをビンビンに感じ取ってる。
そのせいか、妙にそういう感じで疑ってしまう。
実際、例の三人の好意に対しても審議中な感じあるし。
これが俺だから言ってるのだとすれば、俺が断った時点で大地と組ませることは不可能。
そうじゃないとすればありがたいが......この表情的になんだか違う感じがするな。
だからといって、俺が「やる」と言って東大寺さんを引き入れて、その後でいつの間のか大地と入れ替わってたりしたら、それも彼女の心象的に良くないだろう。
加えて、きっと大地的にも良くない。
だって、それじゃあ大地ががっついてるみたいな印象を東大寺さんに与えかねないじゃんか。
真面目な東大寺さんだからこそ、仕事もきっちりやってくれるだろう。
しかし、仮にその悪印象によって、一緒に仕事をする度に東大寺さんの大地に対する印象がマイナスへと増えてしまったら意味がない。
仕方ない、ここは少しだけズルをさせてもらおう。
東大寺さんの善意を利用させてもらう。
「......わかった。東大寺さんも協力してくれたら助かるよ」
「え、よかと?......よし」
東大寺さんは背後を向いて小さく呟いた。
しかしまぁ、さすがに目の前で呟いた所で聞こえてしまうわけで。
それに背後から見た体の動き的にガッツポーズしたんだろうなぁ。
うん、こんな純粋な東大寺さんを見るたびに俺は心が汚れていくのを感じるよ。
これ以上ボロを出さないようにこの話題は変えよう。
東大寺さんを騙すたびに俺のメンタルがダメージを負っていく。
「そういえば、東大寺さんが放課後に俺を呼んだ理由ってなんなの? 何か用でもあった?」
「え? あー、そういえば、ここで話してるのってそれが本題だったね。すっかり忘れてた」
「おいおい、しっかりしてくれよ。
でもまぁ、忘れるぐらいなら大したことないんじゃない?」
「ううん、私が何か用があるとかじゃなくて。
五限目の時、早川君の様子がどこかおかしかったって言うか、悩んでるような感じだったから。
そ、それになんだか唯華ちゃんの方を見てた気がしたし......」
悩みの元凶は目の前にいるんですけどね、とは言えないよな~。
別に東大寺さんが悪いわけでもないし、かといって大地が悪いわけでもない。
言うなれば、これは悲しいすれ違い事故とと言うべきか。
「大したことじゃないよ。単純に今日は集中力が湧かなかっただけ。
どうにもこうにも古文ってやる気が出なくてさ。
なんとなく周りをキョロキョロしてたら、ゲンキングと目が合ってしまっただけだよ」
「そ、そっか、そうなんだ......」
ん? そういえば、どうして俺がゲンキングと目が合ったこと知ってるんだ?
そういえば、あの時視線があった気がするけど、アレってもしかして――
「ゲンキングの後に視線があった気がしたんだけど、アレってもしかして東大寺さん?」
「っ!?」
そう尋ねてみれば、東大寺さんは答えることはしなかった。
しかし、恥ずかしそうに真っ赤なリンゴのように染めた頬が答えを物語っていた。
なんかここまで真っ直ぐな感情を向けられると、こっちまで恥ずかしくなるよ。
「......まぁなんだ、俺は特に悩んでたわけじゃないから大丈夫。心配してくれてありがとう」
「ううん、早川君が元気そうなら良かったよ。
そ、それであの......実は話しかけた理由はもう一つありまして......」
東大寺さんが妙にモジモジした様子でかしこまった言い方をする。
その言葉に俺は咄嗟に身構えてしまった。
「べ、勉強を教えてくれませんか!?」
「.......勉強?」
思わぬ回答に拍子抜けする。
とはいえ、それは俺に聞くことなのか?
「教えるか教えないかだったら別に教えてもいいけど、安達さんの方が明らかに適任じゃない?」
「え、えーっと、莉子ちゃんは『バカすぎて話にならない』って言ってたから無理だった」
「それはなんとも辛辣だな」
「ってことで、早川君に頼みたいんだけど......さっきの回答的に引き受けて――」
「「その話ちょっと待った!」」
急な大きな声に俺も東大寺さんもビクッと肩を上げた。
その声の方に振り返って見れば、東大寺さんから見た威圧感のある永久先輩と玲子さんの姿があった。
みるみるうちに東大寺さんがチワワほどの小ささに委縮した。
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