第126話 ちょっと! 情緒が!
平日が過ぎて今日は土曜日。
ここ最近休日になれば誰かと出かけてるような気がするが、今日の相手は正直初だ。
「お、お待たせ......」
恥ずかしそうに声をかけてきたのは東大寺さん。
そう、今日は前に約束した買い物に付き合う日である。
なぜ、東大寺さんが俺を買い物に誘ったのか理由は分からない。
だが、わからないなりに解釈できる部分もある。
それ即ち――東大寺さんって俺のこと好きじゃね? てことだ。
もちろん、俺の自意識過剰という可能性もある。
というか、そっちの方が高い気さえする。
我ながら中学生同然の甘い思考だと思ってる。
しかし、それにしては状況証拠が揃ってる気がする。
夏休み明けに声をかけてきたことに然り、廊下で声をかけてきたことも然り。
逆に言えばそれだけしかないのだが、それでも少なからず嫌ってる相手を買い物に誘うことはしないだろう。
だから、俺がここに来た目的は約束を果たすためでもあるが、同時に東大寺さんの好意を確かめるためでもある。
俺なんかがまるでモテ男みたいな思考をするのはおこがましいが、それでもこの経験をキッカケにグレーゾーンにいる玲子さん達三人の気持ちもハッキリするかもしれない。
「それで今日はどこに行くの?」
俺がそんな風に話しかけると、東大寺さんは一瞬悲しそうな顔をした。
しかし、彼女はすぐに顔を横に振って質問に答えてくれる。
「すぐ近くのショッピングモールだよ。それじゃ、行こっか」
東大寺さんが取り繕ったような笑みを浮かべて先に歩き始める。
ん? 何か不味い事でも言ったか.......あっ! そうか! 服を褒めてねぇ!
確か、永久先輩と度々こういう買い物に付き合った時もそういう指摘を受けてたっけ。
「疑似恋人ムーブだけじゃなく、相手のことを想ってオシャレしてるんだから褒めなさい」とかなんとか。
んでもって、やたら細かく言う必要もない。たった一言、シンプルに......だっけ。
「東大寺さん、その服似合ってて可愛いと思うよ」
「っ!」
あ、相変わらず口に出して言って見たもののめちゃくちゃ恥ずかしい。
くっ、せめて中肉中背の陰キャラノベ主人公みたいな背丈だったら!
最近の身体測定で身長伸びてたのは嬉しかったけど、体重に関しては夏休みで若干リバウンドしてるんだよな。
ぐっ、なんか無性に運動したくなってきた!
そんな俺が一人自己嫌悪に陥ってると、東大寺さんは振り返ってこっちを見た。
すると、先ほどの笑みが嘘のように自然だった。
「そっかな。でぇへへへ、そっか。良かった」
若干口元が溶けてるような感じがしたが、たぶんそう見えただけだ。
玲子さんと出会って以降、想像力がたくましくなってしまっていかんな。
「それじゃ、行こう! 早川君!」
そして、俺達は他愛のない会話をしながら目的地に向かって行く。
せっかくの機会だから普段聞けないことを聞いてみることにした。
「そういえば、東大寺さんって夏休み前と随分と印象変わったけど、何か心境の変化でもあったの?」
「っ!? そ、それは......その.......」
ジャブ程度の素朴な質問をしてみたんだが、思ったよりも東大寺さんが動揺している。
なんかこっちをチラチラ見てはこっちの様子を伺っている。
おっと、俺はまた安易に地雷に踏み込んじまったか?
「あ、言いづらいことだったら別に.....」
「言いづらかことやなか! だばってん、そん、恥ずかしかと!」
いや、それが言いづらいってことじゃないの? 方言漏れてるし。
とはいえ、確かに考えてみればこの質問は良くないか。
なぜなら、俺の今の目的が東大寺さんの俺に対する好感度調査だからだ。
俺が思うに、女の子が夏休みデビューするなんて相当の意思と勇気がいると思う。
例えば、自分の好きなアーティストを真似してみたり、内気な自分を変えたいだったり、好きな人を振り向かせたいだったり、そんなとこ。
もちろん、これは俺が勝ってに思ってるだけで本当なとこはどうかわからん。
夏休みに起きた諸々で俺の思考が思春期特有の恋愛思考になってるということも否めない。
もしかしたら、夏休み前まで太っていて、夏休みでダイエットして痩せれたから自信を持ってイメチェンしたとか。
男でも筋肉がつけば自信がつくとか言うんだ。そんなこともあり得る。
ただし、ここで考えなきゃいけないのは、女の子にとって“太っていた”という事実はデリケートな話題ということだ。
確か、いつか前に玲子さんが「女性には変身願望がある」って言ってた。
男が“成長”出来ることに喜びを感じるのに対し、女の人は“違う世界の自分を夢見る”と。
だから、夏休み前で東大寺さんが太っていたかどうかは定かじゃないが、仮にそうだったとすれば、“太っていた”という事実は変身前の姿で、彼女にとってはその事実は恥ずかしくても仕方ないだろう。
であるなら、今の俺は東大寺さんの変身後の“今”を見てあげるべきじゃないのか?
それが正解かどうかは恋愛経験の少ない俺には判断がつかないが、玲子さんの言葉を踏まえるならそう言うことだ。
「......恥ずかしいなら無理して聞くことはしないよ。
単純に気になっただけで、今の東大寺さんの方が良いと思うし」
「え......」
東大寺さんは小さく言葉を吐き出し、その場に止まった。
俺は数歩歩いて彼女が止まったことに気付き、振り返る。
「東大寺さん?」
「た、拓海君......今ん言葉ってほんなこつね?」
「ほんなこつ? え、えーっと、どういう意味かはわからないけど、本当かって聞いたのなら本当だよ?」
瞬間、ブワッと東大寺さんの目から涙が溢れ出た。
え、え!? な、泣いた!? なんで!? 嬉しかったとか?
いや、それでも俺の言葉で泣くか? え、どうしよう。
全然わからん! 東大寺さんの情緒が全くわからん!
「お、お″ひ″に″お″め″ら″れ″た″~~~~~(※訳 推しに褒められた)」
「号泣!?」
東大寺さんが両手で顔を抑えてしゃがみ込む。
あまりにも豪快な泣きっぷりは瞬く間に周囲の目を引いた。
傍から人々の目線は「このデブ、女の子泣かしやがった」みたいなことを語ってる気がする。
俺は一先ず東大寺さんに目線を合わせるようにしゃがんだ。
このままここで留まるのは非常にまずい!
「東大寺さん、一先ず落ち着こう、な?
あと、ここは迷惑になるから一先ず近くの喫茶店に行くよ」
そして、俺は東大寺さんの手を引いて足早に子の場を移動した。
*****
―――とある通り道
「ハァ、なんとかあの二人から逃げて来れた」
そうボヤキながら重たい息を吐くのは唯華だ。
今の彼女は大き目なフレームの眼鏡をかけ、ラフな格好した完全ダウナーモード。
普段、外に出ない彼女が外にいるのは当然理由がある。
というのも、つい先ほどまで玲子と永久が「デートを尾行するわよ」とメールしてくるや、いつの間にか家までやって来ていたのだ。
それを二階の窓から確認した唯華は颯爽とベランダから一階に降りて脱出。
二人が諦めて帰って来るまで外で時間を潰すことにしたのだ。
「まぁ、あの二人がわたしが居ない程度で諦めるとは思えないけど。
ハァ、とりあえずアニ〇イトでも行こ......ん?」
向かうショッピングモールの道中、唯華は見てしまった。
琴波の手を引いて喫茶店へと連れ込む拓海の姿を。
その衝撃はまるで友達がラブホに入って行った如く。
「......いやいやいや、わたしと拓ちゃんは友達。
きっと、たぶん、恐らく......ううん、友達のはず......だよね?」
唯華は自問自答してみるが答えが見つからない。
それこそ心中がやたらザワザワと胸騒ぎを感じるばかり。
思わず頭をガリガリとかいた。
「あーもう! 最近、自分がブレブレな気がする!
レイちゃんに言われたから意識しちゃってるような気がするし、そうじゃない気もする!
拓ちゃんのことは嫌いじゃないけど......だからといって、恋愛対象かって言われたら......」
そこまで言っても「違う」という否定的な言葉は出て来ない唯華。
妙なイライラを感じながらチラッと見るのは先ほど拓海が入った喫茶店。
「こ、これはあくまで自分の気持ちを確かめるため。
決して、レイちゃんや白樺先輩とは違う!」
そんな予防線を張りながら、彼女の足は喫茶店に向かった。
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