第122話 唯華の受難
―――ガールズサイド(久川玲子、白樺永久、元気唯華)
「......ねぇ、本当にやるの?」
土日が過ぎて翌週。
月曜日の午前中から三人の乙女は集合していた。
そのうちの一人である唯華は困惑したように言葉を呟く。
それに対し、論を並べるのは唯我独尊、我が道を行く玲子と永久であった。
「それは当然でしょ? あなた以外に適任は誰がいるというのよ。
ワタシは二年生で例の伏兵とは面識がないのよ。
いきなり話しかけてたらびっくりするじゃない」
「私もおおよそ同じ意見だわ。
私が基本的に唯華といるのは、周りの子達が私と一緒だと委縮してしまうからよ。
いくら夏休みデビューをしようともそう簡単に性根は変わらない。
もともと目立たないように動いてた子に私が話しかけたら怯えてしまうわ」
「うぅ、もっともらしい理由つけて実は行きたくないだけじゃない?」
「「.......」」
「ねぇ、なんで二人とも顔を逸らすの」
そっぽ向く玲子と永久を見ながら、唯華はため息を吐いた。
ここ最近、唯華にとっての憧れの玲子像が崩れ始めている。
人間味が増したという意味ではとっつきやすくなったのかもしれないが。
「そもそもの話、あの子は拓ちゃんはまだ永久先輩と付き合ってるって思ってるでしょ」
唯華は根本的な議題を出した。
それはこれからの行動をするか否かを決める重要な内容である。
現状、永久が拓海と別れたという情報を知ってるのは、当人達と玲子、唯華の四人だけ。
というのも、唯華と玲子は夏休み明けに隼人、大地、空太の三人と話すことがあったが、大地が度々永久の名前を出していたので三人はまだ別れた事実を知らないと判断している。
となれば、乙女達にとってあの拓海が仲の良い三人に話していないのだから、当然他の人は知る由もないことだと考えているのだ。
だからこそ、唯華はそもそものこの行動の正当性を求めている。
決して彼女自身ががやりたくないわけではない。断じて否だ。
「だったら、普通に考えて仮に好意を持ってたとしても、行動に移さないんじゃない?」
「あなた、ブーメランよ。それ」
「......」
唯華は自分が言ってる言葉に自分でダメージを負っていることをなんとなく自覚している。
彼女の説得力は著しく低下した。
「それに、だとすれば、どうにも行動理由が読めないわ。
だって、東大寺さんが行動し始めたのは夏休み明けからなのでしょう?
けれど、白樺先輩が拓海君と付き合ってると公に広まったのは夏休み前の体育祭」
「それはそうだけど......」
「疑問に思うのなら、さっさと解消する方がいいわ。
何事もちゃんと話してみないとわからないものだから。
ふふっ、それを拓海君から学んだわ」
永久は腕を組みながら、目を閉じ笑った。
まるで瞼の裏に想い人を描いているかのように嬉しそうに。
そんな永久の顔をじーっと目を細めて眺める玲子。
そして、彼女はそっと永久の花を摘まんだ。
「痛たたた.......ちょっとなにするのよ!」
「あなたはちょっと締まらない方が丁度良いわ」
「素直に言ったらどうなの? 羨ましかったって」
「そんなことないわ。過ごした時間ならこっちの方が多いもの」
「どうどうどう、行けばいいんでしょ? 行けば」
気が付けば些細ないざこざを始める玲子と永久に唯華は気苦労が絶えない様子だ。
いつから自分はこの二人の仲介役になったんだろう、と彼女が思っても仕方ないことだ。
「とりあえず、昼休みにでも聞いてみるよ。
ハァ、わたしこんなタイプじゃないんだけどなぁ......」
―――昼休み
唯華は拓海達が最近学食で食べ始めたことを利用して琴波を校舎外にある東屋に誘った。
琴波が莉子も連れてきてしまったが、おおよそ順調にことは運んでいる。
唯華が先に東屋のベンチに座ると、琴波は警戒するように立ち尽くした。
莉子が少しスペースを開けて座ったことでようやく琴波は彼女の隣に座る。
「いや~、ごめんね。急に誘っちゃって」
「い、いえ、とんでもないです! 正直、誘われる理由とか何にも思いつかなくて......ずっとソワソワしちゃって」
「同じクラスなんだからシャキッとしなさいよ。
せっかく見た目も変えたのに......中身も変わるんでしょ?」
「そ、それはそうだけど!」
莉子に指摘されて反論する琴波。
たまたま話題が転がってきたので、それを拾って唯華はキャッチボールを始めた。
「そういえば、夏休み前に話した時と随分雰囲気変わったよね。可愛くなった。
ずっと素材が良いのに勿体ないなって思ってたからさ」
「ほ、本当!? ま、まさか元気さんに褒められるなんて......」
「何かキッカケがあったの?」
彼女は陰キャであるが今は陽キャである。
その特性を利用して火の玉ストレートな質問を叩きつける。
その質問に「えぇ!?」と驚く琴波。
彼女が恥ずかしそうにモジモジしていると、背後から友人に刺される。
「この子、好きな人が出来たのよ」
相変わらずどんな時も勉強に勤しむ莉子。
今回は出歩くということで単語カードをペラペラ捲っている。
それはそれとして、話の内容はしっかり聞いていたようだ。
「莉子ちゃん!? なんで言うてしまうん!?」
突然の友人による強襲。
琴波は驚きのあまり方言を漏らしてしまった。
数秒後にハッとして唯華を見るが、当然時すでに遅し。
「大丈夫だよ。琴ちゃんが博多弁しゃべるって知ってるから」
「え!?」
「前に私がたまたま話したのよ。ま、話さなくてもさっきみたいにバレると思うけど」
「うちん情報筒抜けばい......」
琴波は表情だけでなく全身でしょぼんとし態度を露わにした。
そんな彼女に唯華は同情しながら、陽キャとして話題を突く。
「それでそれで好きな人って!?」
そう聞く唯華であるが、彼女の心臓バックバクだ......主に二つの意味で。
唯華の質問に琴波は答えづらそうにモジモジし始めた。
先ほどから弁当のおかずにも口をつけず箸が止まっている。
仕舞にはチラチラと唯華の様子を伺うばかり。
「う、うちん好きな人ば聞くなら、先に元気さんが答えて欲しか!」
「え!? わたし!?」
見事なカウンターを食らう唯華。
瞬時に脳裏にとある人物が思い浮かぶが、口から出るは誤魔化しの言葉。
「わ、わたしはまだそういうの人いないから......」
「気になる人でもよかけん! じゃなきゃ、答えん!」
「えぇ......」
急に強情になり始めた琴波に困惑する唯華。
すると、そんな唯華に莉子が友人の補足説明をする。
「琴波はバカだけど真っ直ぐだから感情で突っ走ると止められないわよ」
「バカって言いなさんな!」
友人にぷんすかする琴波を横目で見ながら、唯華は必死に思考する。
仮に、琴波の好きな人が拓海であった場合、唯華が先に拓海の名前を挙げれば牽制出来る可能性がある。
しかし、それは遠回しに拓海がフリーであることを示すことにもなる。
勘が良ければその事実に気付いてしまうかもしれない。
言うか言わないか。唯華が導き出した答えは――
「だ、大地君かな~?」
逃げだった。
「大地君?」
「薊君よ。薊大地君」
「あ! あん運動でくるカッコよか人! なるほど、納得ばい!」
うんうんと頷く琴波。
その一方で、唯華はすぐに琴波に聞き出す。
「で、琴ちゃんの好きな人は?」
「う、うちは......早川君ばい。うぅ、恥ずかしかよ~!」
その答えを聞いた瞬間、唯華は思った。
やっぱそっちか~~~~! と。
しかし、これだけ正直に答えてくれて、今更嘘とは言い出せまい。
その時、莉子がとある方向を見て口を開いた。
「あ、早川君」
「「っ!」」
素早く顔を向ける唯華と琴波。
その二人の視線の先には一人で歩いてくる拓海の姿がある。
なんというタイミングであろうか。
拓海は近くを通っている。
しかし、目線で様子を伺うだけで話しかける様子ない琴波。
その事に唯華はホッとした――のも束の間、なんと急に琴波が声をかけ始めた。
「は、早川君! 何しよーと!?」
「琴ちゃん!?」
突然の琴波の行動に驚きが隠せない唯華。
琴波の隣にいる莉子でさえ、勉強する手を止めて事の顛末に意識を傾けていた。
「え......何してるかって? 好きな飲み物が売ってる自販機に向かってるだけだよ」
「そ、そうなんや。と、突然変なこと聞くばってん、拓海君は好、痛っ! とぁ......痛い、舌噛んだ」
「琴ちゃん!?」
「大丈夫!?」
「......気になっとー人おる?」
舌を噛みながらも猪突猛進に質問する琴波。
今の彼女は過去一暴走しているといえよう。
そんな質問に拓海は首を傾げた。
「水筒......気になる人?」
小さく呟きながら、拓海は視線を女子達に向ける。
ただし、彼女達がそばに置いている水筒のデザインの方だが。
「え、えーっとゲンキングかな?」
「「........え?」」
拓海の言葉に固まる唯華と琴波。
カオスここに極まれり。
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