第121話 被害者の会
―――土曜日
莉子はベッドの上に乗り壁を背にしながら、趣味の読書に耽っている。
休日は彼女にとってご褒美タイムのようなものだ。
日頃平日で暇さえあれば勉強、勉強、勉強。
別に親から強制させられているわけではないが、夢のためには日々の継続が力になる。
そう信じて続けている苦行。
となれば、ご褒美となる時間があってもいい。
それが彼女にとって一週間のうちの貴重な二日間。
その日は勉強から一切を離れ、好きなことをする。
たまに暴走機関車がレイソで犯行予告を送って来ることもあるが、至って穏やかな一日といえよう。
とにもかくにも、今日も莉子にとって穏やかな一日になるはず――だった。
目の前の机で突っ伏している友人の琴波がいなければ。
「うぅ......うちゃなんてバカなんや......」
泣きべそをかきながら、そんなことを呟く琴波。
泣くなら家でしろ、と莉子は思った。
「泣くなら自分の家でしなさい」
莉子は思わず言葉に出てしまったことに驚いた。
しかし、彼女は後悔しない。
なぜなら、至極真っ当な本音だから。
そんな無慈悲な言葉に琴波はガバッと顔を上げて反論する。
「なんでそげん酷かことば言うと! うちゃ莉子ちゃんの友達やなかと!」
「えぇ、琴波は私にとって大事な友達よ――この家に来るまでは」
「酷か!」
相変わらずの莉子の毒舌に琴波はリアクションするが、彼女自身に対したダメージはない。
それは彼女が莉子は本気でそういうことを言わないと知ってるから。
そして、読書して無視してるようでしっかり聞いてることも理解してる。
だから、彼女は勝手にしゃべり始める。
「うちゃね、ただ早川君と仲良うしたかっただけと」
琴波の言い分を莉子はこう要約した。
自分はもともと早川君と接点が少なかったから、まずはその接点を増やそうと話しかけた。
話しかけるとちゃんと対応してくれるから、その反応が嬉しくなってさらに犯行をエスカレートさせた。
その結果、気づいた頃には早川君の迷惑も考えず一人で暴走していた。
莉子は琴波の言い訳を聞いた後、一つの結論を導き出した。
それ即ち――ご主人様大好きな犬である、と。
「ハァ、なんだそのまま押し倒したとかって話じゃないのね」
「何ば言いよーと!? そげんことせんばい!!」
「そう? たぶん後三回ぐらい今回と同じような行動すれば多分するわよ」
「莉子ちゃんなうちば何やて思うとーと?」
「発情期迎えたメス犬」
「酷か!」
「そうね、それは言い過ぎたわ。ごめんなさい」
「さすがにそうばいね」
「あなたは発情期を迎えたただのメスだったわね」
「謝ったんまさかん犬ん方!」
莉子のトドメの言葉が刺さったのか琴波は泣きながら、再び机に突っ伏した。
「フッ、憐れ」
自分の気持ちを制御できない琴波に対し、莉子はさらに追い打ちをかける。
しかし、彼女はそれと同時にここまで自由に気持ちを真っ直ぐ表現できる友人を“羨ましい”とも感じていた。
なぜなら、莉子は必ず言葉に出る前に考えて、相手の空気を読むから。
基本的に正しい行動だろう。しかし、それも時と場合に寄る。それが莉子の思うこと。
「ま、なんにせよ、あなたが残した爪痕は大きそうね」
「爪痕?」
「えぇ。今頃あっちは大慌てでしょうね」
そう言いながら、莉子はとある被害者達を思い浮かべた。
****
―――唯華の部屋。
土日......それは唯華にとって貴重な動画制作時間だ。
彼女は趣味でゲームのゆっくり実況を動画サイトにアップしている。
撮影から動画編集、エンコードなど時間かかることも多い。
加えて、彼女は攻略や魅せプレイを中心とした動画なので、同じゲームを何度もやったり取り直すこともしばしば。
普段の彼女はただの学生だ。
登下校の時間も含めると、朝は7時半から始まり帰ってくるのは早くても17時頃。
その後は宿題や夕食、お風呂の時間を含めるとさらに時間は減っていく。
故に、土日は午前午後をフルに使える貴重な撮り溜め時間なのだ。
私用で土日の時間を消費することもあるが、それは当然自身の納得の上の行動。
だからこそ、唯華にとってこの状況は非常に困っていた。
当たり前のように自分の部屋に玲子と永久がいるこの状況を。
連絡もなしの突撃訪問だから余計に。
「あの......何の用?」
机を囲って座る彼女達三人。
唯華は勇気を振り絞って口火を切った。
その質問に答えたのは玲子だった。
「何って当然、今起きている緊急事態について話し合うためのものよ」
「......話し合いはわかったけど、ここでやる必要は?」
「ここは私達の話し合いの場よ。諦めなさい」
「えぇ......」
永久の上から目線の言葉に唯華は眉を八の字に曲げた。
しかし、この二人がテコで動くようならこんなに困ることもない。
故に、唯華は静かに自分の運命を受け入れた。
とはいえ、彼女にとって貴重な土日が奪われている状況はまた別の問題だ。
この土日で撮り溜めするためにどこまでやるかプランも立ててたし、どういう魅せプレイをするかも考えてた。
だから、生半可な議題ではここから追い出――
「本日の議題は拓海君が謎の女子生徒にアプローチをされてることよ」
「それ、わたしも気になってた!」
唯華、参戦! 被害者の会の始まりである。
そして、議題の口火を切った永久はさらに言葉を続けた。
「ワタシはね、例え奪われるにしてもプライドがあるの。
ワタシはワタシが認めた恋敵にしか奪われたことを納得できない。
故に、突然現れたダークホースには出来ればご退場願いたいの」
「うわぁ、怖い事言ってる......」
「同感ね。これ以上、敵を増やされてもこっちが困る。
けれど、拓海君が好きという気持ちをこちらが蔑ろにしていい理由にはならない」
「レイちゃん......ま、そりゃ当然だね」
「ってことで、まずは情報を整理しましょ。
クラスでも顔が広いあなたならそれなりに情報を持ってるんじゃない?」
永久は唯華に尋ねた。
もちろん、永久も唯華が陽キャの皮を被った陰キャだと知ってる。
むしろ、永久からすれば同じ“役を演じる”ということで親近感すらあったという。
とはいえ、それを直接唯華に問い質したことは永久はないようだが。
そんな永久の問いかけに唯華は腕を組んで呻った。
そして、ポツリポツリと答えていく。
「う~ん、そうだね。もともとガッツリ話すような子じゃなかったから、言えることも限られるし確証もないんだけど......」
「何でもいいわ。ワタシに限っては情報がゼロなんだから。考えようにも何もないわ」
「あの子の名前は東大寺琴波。
出身は福岡で、小学校の頃にこっちに引っ越してきたみたい。
普段は標準語だけど、感情が昂ってる時に博多弁が漏れてる気がする」
「方言女子。それも博多弁......厄介ね」
永久は軽快するように顔の前で手を組んだ。
そして、さらに唯華から情報を引き出していく。
「他には何かない? 例えば、容姿が変わったとか。
少なからず、急に声をかけるようになるなんて変だわ」
「それなら夏休み前と後で容姿や姿勢とかが変化したと思うわ。
もともと眼鏡かけて前髪長めの地味な子って印象だったけど、全体的に可愛くなった。
それこそ男女ともに非常に受けがいいほどには」
「夏休み前で話したことがあって、素材がいいのに勿体ないな~って思ってたからこの結果にはある程度納得してるんだよね。
まぁ、こっちの予想よりも反応が大きかったけど」
「つまりそれだけ本気ってことじゃない......おっぱいは! おっぱいはどうなの!?」
「え? えーっと、見立てだとCぐらいじゃないかと」
「くっ、ワタシよりある」
「あなたはもとより断崖絶壁なんだから、大抵の人は勝つわよ」
「そのぜい肉要らないならもいでやってもいいわよ」
要らぬ火種でバチバチとやり合う玲子と永久。
唯華は「まぁまぁ」と仲裁に入ると一先ず火種を消した。
「ともかく、それを聞いて先輩とレイちゃんは何がしたいのさ」
「「それは当然、出る杭を打つ」」
「......この二人、めっちゃ敵意剥き出しじゃん」
唯華は密かに琴波に対して、「周りに気を付けて」と伝えることを誓った。
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