第114話 待ってくれ。冗談と言ってくれ
時は夏休み、最後の週。
いつもの俺なら、もうすぐ夏休みの終わりを迎えることに悲しみを抱いてることだろう。
しかし、あの夏祭りの一件以来俺はずっとボーっとしていた。
クーラーを効かせた涼しい部屋のベッドの上で。
寝ることもせずに天井を見上げながら。
「俺、やっぱあの時告白された......のか?」
これだ。こればっかりが自分の頭の中にグルグルと。
前にあったゲンキングと玲子さんのそれと思わしき言葉はすぐに否定できたのに。
今や先輩のあれが告白ではないという否定の感情を否定している。
となれば、芋づる式にゲンキングと玲子さんの件も同じだったのではないかと思う。
あの時、ゲンキングから伝えられた言葉は、友達であることを伝える言葉だった。
いや、そう捉えてるだけで、別にゲンキングの言葉には「友達」なんてワード無かったよな?
あの雰囲気からのあの言葉。あの時、確かに俺は今と同じ結論に辿り着いた。
しかし、あの時はそんなことはあり得ないということで否定した。
だが、今はどうだ? ニュアンス的には永久先輩もハッキリしたことは言ってない。
しかし、今の俺はそれを告白だったのではと疑っている。
となれば、あの時の二人のやつも実はそうだったのではないか?
「いやいやいやいや.......」
好意を示してくれてるのは単純に嬉しい。
それだけ良好な関係が築けているということが実感できるから。
しかし、そんな“異性として好き”という感情に辿り着くものなのか?
こういっちゃなんだが、太ってる人がモテることは大変珍しいことだと思える。
それこそ一人が好きになってくれるのが一生にあるかないかぐらいだ。
だけど、俺の今の感覚が先ほどの三人の行動を“そう”と捉えるのなら、俺は今三人から好意を向けられてるということになる。
そんなこと現実的にありえるのか?
ラブコメ漫画や小説で、平凡な中肉中背な男子がモテるのはよくある。
しかし、それで太っている人がそんなことになってるラブコメは一度でもあったか?
いや、これは......疑いたくなる俺の気持ちも分かって欲しい。
って、なんで俺は俺自身に理解を示しているのか。
クソ、こんなに太ってなければ悩まなかったのかな。
――喫茶店
「ハァ.......」
「ため息? 何か悩み事? 私で良ければ聞くわ」
気まずい元凶が目の前にいるんですよ、とは言えないよな。
俺の目の前には、たまたま散歩してたら出くわした玲子さんがいる。
帽子を被ってストリート系みたいな服装だ。
部屋の中でうだうだ考えていても仕方ないと思ったから、外に出て気分転換しようと思ったのに。
どう考えても今の方が心労に来てる気がする。
玲子さんは悪くないんだけどね。それは絶対にそう。
さて、打ち明けるのもどうかと思うしな~。
「いや、なんというか、最近色々と考える機会があってさ。
それを考えてるうちに、どんどん悩ましい状況になってるなとか思って。
ごめん、すごいフワフワしたこと言ってる」
玲子さんは口に咥えていたストローを離すと、率直に聞いてきた。
「それって夏祭りで何かあったからってこと?」
「っ!」
か、勘が鋭すぎるぜ玲子さん。
無言のまま答えなかったけど、ビクッとした反応でバレてるよな。
ハァ、仕方ない。言える範囲で言うか。
「そうですね。先輩に恋人関係を解消すると言われたんです」
「あの人が......?」
玲子さんも驚いているようで目を大きく開いた。
そして、少し考える素振りを見せると再度口を開く。
「珍しいものね。あのタイプの人が自らおもちゃを手放すなんて」
おもちゃて。まぁ、あんまし間違ってないって言うのが癪だけど。
「それに関しては妥当だったよ。もともと契約期間は夏休みまでだったしね。
多少早かったけど、先輩が解消したがっていたのなら俺に文句ないですよ」
「なら、何をそんなに悩んで......ハッ、もしかしてまだその関係を続けたかったの!?」
玲子さんが口をぽかーんと開けた顔で見てる。
何がそこまで玲子さんに衝撃を与えたのか。
そして、途端に苦しみだしながら言葉を捻り出してくる。
「そ、そう......それが拓海君の決めたことなら......くっ、わ、私は応援するわ。私は拓海君のファンだから......」
「な、なんか勘違いしてるけど、別にあの関係を続けたいと恐れ多いことを思ってるわけじゃないよ!?
まぁ、今まで付き合ったことがなかったから、こんな感じなんだとは思ったけど」
俺が否定すると、玲子さんは心底安堵したように息を吐いた。
心なしか表情にも安らぎが見える。
そんな嫌だった? それって......あ、不味い、この思考循環は。
「拓海君、さっきの言葉だけど、それは少し違うと思うわ」
俺が別の気持ちに耽っていると、いつも通り落ち着いた玲子さんがそんなことを言ってきた。
「付き合ったらきっとその人のことをより考えると思うの。
今の拓海君は友達のことを考えてると思うけど、その中でもとりわけたった一人の特別を。
それにより実感すると思うの――相手のことが好きという感情を」
「っ!」
「ここであえて助言するなら、拓海君の中には特別がない。
それは拓海君がこのやり直しの人生の中で、全てを分け隔てなく“大切にしたい”と思ってるから。
だから、あなたの感情は誰にでも隔てなく誠実でいなければいけないと思ってる」
「......」
「だけど、恋人のような特別な存在は違う。
極端に言えば、自分の存在を賭けてでも、その人を幸せにしたいという感情を持つものなの。
だから、恋人に対しては誰よりも優先すべき相手。場合によっては、親よりもね。
そういうので言えば、結婚なんかはその覚悟を示した感じじゃないかしら」
これは玲子さんの大人の精神が言わせる言葉なのだろうか。
そんな覚悟決まってるの玲子さんだけじゃないのか? と思わなくもない。
しかし、社会を知ってる玲子さんと社会を拒絶した俺。
どっちの言葉により説得力があるか。
どっちの言葉により信頼があるか。
そんなこともはや比べるべくもない。
やり直したこの世界で出会った誰もを大切にしたい、か。
この人生をやり直す原初の理由は、最後まで俺を気にかけてくれた母さんを救うため。
それがいつの間にか皆を大切にしたいと思っていたのか。
少なくとも、玲子さんは俺の行動がそうであると捉えていた。
なるほど、俺が今のポジションに留まりたいと思った気持ちが分かった気がする。
俺は今の関係性に満足してるのだ。だから、悩む。
「その意見......玲子さんは一度目の人生の時、誰かをそれほどまで好きになったの?」
俺がそんな質問をすると、玲子さんはキョトンとした様子でこっちを見てくる。
そして、肩を竦めると言った。
「そうね。だから、こうして後悔しない生き方を目指して戻ってきた。
ま、戻ったのは私の力によるものじゃないけどね」
「なら、それは今――」
「拓海君」
玲子さんは俺の言葉を遮った。
じーっと視線を送って来る。
「悩むのは良いと思うわ。それが最終的な結果を生むと思うから。
でも、その前に拓海君は今目指すべきところに真っ直ぐに走って欲しいの。
悩むのはそれが解決してからでいいと思うわ」
「俺が今目指すべきこと......」
「拓海君は今痩せるために頑張ってるのよね?」
「うん」
「少しリバウンドしてると思うわ」
.................え?
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