第113話 終わらせて始める関係
先輩に手を引かれやってきたのは河川敷。
ちらほらと他の人達の姿が見えるが、場所を取るには十分すぎるほどスペースがある。
「ここが先輩のお母さんが教えてくれた場所なんですか?」
「えぇ、昔に付き合ってたお父さんと来た場所らしいの。
この芝生なら多少寝そべって見るのもアリかもね。
ま、浴衣が汚れるからしないけど」
先輩が座るように手を引くので、俺は合わせて座った。
時刻を見てみれば。18時43分。まだまだ花火の時間までには早い。
突然の沈黙が訪れる。何を話したらいいのか。
たぶん、今までの関係だったらサラサラと会話出来てたんだろうけどな。
「拓海君、あなたには感謝してるわ」
「え?」
先輩から言われた言葉。
あまりに急な発言に変な声が出た。
なんで感謝の言葉なんか言うんだ?
怒られることもはあっても、褒められることは無いと思ってたのに。
「あなたがワタシ達親子の敵になってくれたおかげで、ワタシ達は今まで切り出せなかった会話が出来た。だから、感謝してるの」
「そんな......俺は一時的な感情に任せて言っちゃいけないことも言ったと思いますし」
今思い出しても何を言ったのか全くわからない。
それだけ俺は感情任せに言ってたということだ。
ハァ、精神ぐらいは大人で居て欲しかったな。
「そうね、お母さんも拓海君のことは最低な彼氏と言っていたわ」
「うぐっ」
「だけど、素敵な彼氏とも言ってた」
あまりにも矛盾した言葉。
先輩を見てみれば、微笑みながら夜空を見上げていた。
周りに人が集まってくる。始まる10分前ってところか。
「ワタシ......お母さんに正直に言ったわ。ワタシ達の関係のこと」
「言っちゃったんですか」
ってことは、彼氏でもない赤の他人が好きかって言いやがってとか思われてないかな。
思われても仕方ないよな。でも、娘には外出のゴーサイン出してんだよな。
......いや、待てよ?
「先輩、また海みたいにこっそり俺に会いに来てないですよね」
「来てないわよ。なんでそう思うのかしら」
「前科ありますから」
しかし、これで増々分からなくなったな。
なんで先輩のお母さんは、先輩が俺に会うことを許可したのだろうか。
そりゃ、仲直りできるなら俺としてもそれは願ったり叶ったりだけど。
「むしろ、お母さんには必ず行けって言われたわ」
「なんで!?」
「ま、あなたにはわからないでしょうね。これは親子でしかわかりえないことだから」
「いや、単に先輩がその言葉の意味を答えてくれてないだけでしょう」
「あなたって、見た目の通りえっちね」
「なんでそんな話に!? というか、見た目通りって何!?」
俺、出来る限り性欲は外に漏らさないようにしてるんだけど!?
女の人は視線に敏感だって言うから、顔しか見ないようにしてるのに!
じゃない、俺の言葉のどこにエッチな要素が!?
俺の焦った様子に、先輩はイタズラっぽく笑った。
「ふふっ、冗談よ。そんなに焦っちゃって。存外図星だった感じかしら」
「じょ、冗談ですか......ハァ。急にかましてくるじゃないですか」
「こっちの方が慣れて居心地いいのよ」
そんな居心地の良さは俺は避けて通りたいですけどね。
だって、それって俺がひたすらイジリ倒されるって意味だから。
まぁ、前の距離感に戻ったって意味なら、嬉しくないってのは噓になるけど。
『19時になりました。皆様、花火を楽しみにしてくださり大変ありがとうございます。
それでは今宵夜空を埋め尽くす満点の花をお楽しみください!』
会場のアナウンスが遠くから小さく聞こえた。
夜空に一発の火種が打ち上がり、散りばめた星をバックに盛大に咲く。
花火特有の破裂音とともに、瞬く間に消えてしまった。
たった一発放たれただけなのに、会場からは歓声が聞こえた。
俺と先輩も童心に戻ったように眺める。
その一発を皮切りに、二、三発が時間差で放たれる。
夜空がチカチカと明るく光る。
「奇麗ね」
「そうですね。久しぶりに見ました」
肉体年齢で言えば一昨年ぐらいだろうが、精神年齢で言えば数十年前だ。
そして、記憶は精神年齢寄りなのでこの花火は大変懐かしい。
昔は家から聞こえるこの音が過去を思い出させるようで嫌だったのに。
いるのが俺一人じゃないからなのかもしれない。
まるでゲームのエンドロールを見てる気分だ。
「拓海君......声、聞こえてる?」
「はい、聞こえてますね」
「そう。なら、漫画によくある花火の音で言葉が聞こえないってのはあまり信憑性なさそうね。
ま、音も一瞬だからかき消せるレベルなのか怪しいけれど」
「先輩はこんな時でも通常運転っすね」
まさかこんな時にもラブコメに対する研究を行っていたとは。
なんつーか、疑似恋人関係になってから案外そういう話題出なかったから、てっきり忘れてるもんだと思ってたけど。
「......聞こえないぐらいが丁度いいと思っただけよ」
ふと先輩の方を見た。
瞳に花火が反射してキラキラとしている。
頬が赤く見えるのは花火の発光色の影響だろう。
すると突然、先輩は立ち上がる。
無言で何も言わず、その場を離れ始めるので、俺も慌てて後をついてった。
****
―――白樺永久視点
永久は緊張していた。
これから自分がする行動に対して。
「先輩!」
永久は背中から拓海の声を聞きながら、なお歩いていく。
やがてやって来た場所は、花火会場から少し遠ざかり人気の少なくなった神社の上。
その場所は木々に邪魔されて花火がちゃんと見えるところではない。
時折高く打ち上がった花火が顔を覗かせるぐらいだ。
無論、そこにやってきたのは花火を見るためではない。
この未来の見えない関係に終止符をつけるために。
永久は神社を背に振り返る。
拓海が怪訝な様子で見ていた。
小さく息を吸う。
「まずはごめんなさい。急に席を立ってしまって。
せっかく花火を楽しんでいる最中だったのに」
「俺は別に大丈夫ですよ。ここからでも見れますし。
それに、何か話があってここに来たんですよね?」
「話が早くて助かるわ。まずは結論から述べましょう」
永久は胸の前で両手を重ねる。
少し震えた両手を胸に押さえつけ、出来るだけ声が震えない様にハッキリと。
「もう終わりにしましょう。ワタシ達の関係」
「......っ!」
拓海が驚いた顔をする。
しかし、何も口答えすることはない。
まるで全てを受け止めるように静かだ。
「本当は夏休みの間のつもりだったけど、もうその必要が無くなったの。
もう十分にワタシが知りたかった気持ちは知れたから」
「そう、ですか。それは良かったです。
ここまでしたんですから、良い作品書いてくださいよ?」
拓海は全くその言葉に対して縋りつかない。
わかりきっていたことだけど、それが永久には悲しかった。
拓海が向けている感情はあくまであっても親愛だ。
それ以上の感情を意図的に呼び起こさないようにしてるのは、先ほどの質問の答えからハッキリした。
それが許せなくもある、というのが永久の感情だ。
これまで、ここまでの関係性を続けてきてたったそれだけ。
切り出した言葉に対して、「そうですか」というあまりに淡白な答え。
本当のその先を求めているのは自分だけ。
永久は玲子の感情を理解した。
なぜ彼女ほどの美少女が、告白すればどの男でもイチコロだろう彼女が、好意を自覚し行動力を伴いながら告白しないのか。
「良い作品を書いてくださいよ? じゃないわよ。
ムカつくわね。ここまで感情を振り回しておきながら、あまりにサッパリしたその感情」
「え、先輩? どうしたんですか?」
「あなたの自己肯定感の低さに呆れてるところよ」
考えれば考えるほど、今度は逆に怒りが増してきた。
こんな男に自分の感情は一喜一憂してるのか、と。
「確かに、ワタシ達の関係はこれで終わりを見せた。だけど!」
もうこれ以上大人ぶるのは止めだ。
ただありったけの純粋な気持ちを込めて。
「今度は本物にして見せる! 覚悟しておきなさい!
先にワタシの心に侵入してきたのはそっちなんだから!」
永久は拓海に指を差し、思いっきり宣言した。
瞬間、夜空に満遍なく連続発射花火が輝く。
まるで永久の感情が、兄に寄せて抑圧していた気持ちが爆発するように。
ここで伝わろうと、伝わらなかろうとどうでもいい。
いや、やっぱ伝わる分は伝わって欲しい。
だけど、伝わり切らなかった部分は後々埋めていく。
今はそれだけでいい。どうせ自分の力だけじゃ足りない。
だから、近くにいて、チャンスが来た時掻っ攫う。
全ては終わらせた関係を本物にするために。
「ワタシは執着心が強いの。簡単に忘れてやらないわ」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')
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