第112話 一度切れた繋がり
夏祭り当日が来てしまった。
先輩から突如送られたメールに二つ返事で答えてしまった辺り、やっぱ絶縁ってのが嫌だったんだろうなと思う。
しかし、一体今更どんな顔をして会いに行けばいいのか。
......いや、それは永久先輩の方も一緒か。
散々暴言吐いた相手にどんな気持ちでメールを送ったのか。
「ハァ......」
ため息がつきない。
これまでの夏祭りでこれ以上に憂鬱になったことはあっただろうか。
イジメられてた時でさえ、引きこもってたから悠々自適に過ごせてたぞ。
まぁ、単に陽キャだった不良連中からの呼び出しが無かっただけだけど。
スマホで時間を見る。
時刻は17時30分。待ち合わせ時刻だ。
場所は自宅から少し離れた山側にある神社の階段。
階段に座りながら、ぼんやりと縁日を眺めていた。
ソロ、友達連れやカップル、夫婦、家族など色んな人達が目線の先で往来する。
服装も夏祭りに合わせて浴衣や甚平を着たりと様々だ。
そういう俺も母さんに無理やり甚平を着せられた。
これから会う人が先輩に対して、めっちゃ浮かれてる奴みたいに思われるじゃん。
しかし、思うに先輩は本当に来るのだろうか。
直前になって、やっぱ無理となってもおかしくなさそうだし。
正直、逆の立場だったら、俺はそうなってもおかしくない気がする。
「随分辛気臭い顔をしてるわね」
頬杖をついて目線を下に向けていたら、聞き覚えのある声と裸足に草履が見えた。
目線をゆっくり上に上げる。
最初にピンク色の裾幅が見え、その色をベースとした朝顔がデザインされた浴衣が次に来た。
そして、小さな身長に細い体、細い首、見覚えしかない顔。
先輩が目の前にいた。加えて、今日は普段のツインテールじゃなく、お団子ヘアーだ。
まるで今日のためにオシャレしてきたみたいな姿に困惑する。
「ジロジロ見すぎ」
「あ、すみません」
「......」
「......」
「......コメントとかないの?」
「え? あ、とても似合ってます」
「そう、良かったわ。拓海君も似合ってると思うわ」
ぎこちないペースで繰り広げられる会話。
いや、ぎこちないのは俺であって、先輩はまるで前の出来事が無かったかのようにいつも通りだ。
視線も揺るぎないほど真っ直ぐにこっちを見てくる。
俺は現在進行形で目線を合わせるのも気まずいってのに。
そんな俺の気持ちを表情から察したのか、先輩はストレートに聞いてくる。
「ワタシと会うのが嫌だった?」
「嫌、とかではないんですが......逆にどうして先輩はそんないつも通りなんですか?」
俺は聞き返した。
先輩は腕を組み「そうね......」と少し考えた素振りを見せた後、答える。
「ワタシにだって壊したくない関係ってのがあるのよ。
いえ、違うわね。切りたくない繋がりというべきかしら」
「俺と先輩が、ですか?」
「えぇ、じゃなきゃわざわざ呼び出すなんてしないわ。
“拓海君”に会わなかったこの数日間でワタシ自身ようやく素直になったというか。
今まで、ずっと兄さんの真似をしてかえって拗らせていたというか」
先輩が赤裸々に胸の内を晒していく。
先輩が一度切れた縁を繋げようとしてくれてるのなら、俺としてはありがたいことだ。
俺だってあのままさよならは本当に後悔してただろう。
俺は立ち上がる。
ようやく先輩と同じ位置にたった気がした。
疑似恋人関係ではあるけど、先輩との縁は一度あの時切れた。
だから、ここからもう一度繋げ直すんだ。
「俺もいい加減腹くくります。実際、俺も前みたいに先輩と話せる関係でいたかったですから」
「っ! そう、それはとても嬉しいわ」
先輩は頬をほんのり赤く染め、口角を柔らかく上げた。
今までの先輩からは見たことのない笑みだ。
だけど、これが今の先輩の本当の自然形態ってのはすぐにわかった。
「ところで、他の友達は? てっきりすでに集まってると思ってたのに」
「誘われましたけど、断りましたよ。
俺も今日をキッカケに先輩と二人で話したかったですし。それに今や8月中旬。
この恋人関係も夏休みには終わりますし、後少しぐらいはせめてらしいことしようかなと」
「そう、よね......もう終わるのよね。わかったわ。とりあえす、歩きましょ」
それから、俺達は二人で露店を巡った。
ちょうど先輩も夕食を抜いてきたということで、色んな店で買い食いしていく。
焼きそばだったり、たこ焼きだったり、チョコバナナだったり、りんご飴だったり。
その他にも、意味もなくお面を買ったり、水風船釣りをしたり、かたぬきなんかもした。
それこそお金を湯水のごとく使っていく。まさに豪遊。
さすがに「そんなに使って大丈夫か」と先輩に聞けば、「今日は大丈夫」と帰ってきた。
時刻は18時を回り、より一層人の数が増えてきた。
大通りはさながら満員電車のような道幅の無さであり、もはや誰の体にぶつかろうと文句は言えない。
俺も先輩もある程度出来てる流れに逆らわずに進んでいたが、いかせん二人とも身長が低いもんで互いを見失うこともしばしば。
すると、先輩がはぐれないようにと手を差し出してきた。
それは繋げという意味だと理解し、さすがに恥ずかしがってる場合じゃないので、しっかり手を握り、なんとか流れから脱出する。
「ハァハァ......苦しかった。めっちゃぶつかったし。先輩は大丈夫でした?」
「えぇ、なんとか。こういう時身長の低さが恨めしいわ。
幸い、早めの処置をしたおかげで途中ではぐれるなんてことも無かったけど」
さすがにあんなに密集されると息苦しいし、暑いしでとんでもなかった。
加えて、太ってる俺はたったこれだけでも十分に汗をかく。
おかげで手汗も酷いことに......。
「......」
俺はふと先輩と繋いでる手を見た。
いつの間にか恋人繋ぎだが、そこから感じるそこはかとないぬめりけ。
先輩の汗かいた姿はあまり見たことないので、十中八九俺だろう。
俺は指を開き、先輩から手を離そうとする。
しかし、ガッチリと握った先輩の手が離れることは無かった。
多少振っても全然離れない。吸盤か?
「何? そんなに手を振って」
「俺、手汗酷いんで離した方が良いですよ」
「問題ないわ。いずれ慣れる」
「いや、慣れて欲しくないんですけど。俺が恥ずかしいってのもありますし。
とりあえず、ほらね? 一回、手をパーにしてくれればいいですから――いや、力入ってる」
先輩がギューッと握ってくる。むしろ、さっきより力強くなってる。
全然離す気ないじゃんこの人。気持ち悪くないの?
ただ無言で握る力を強くするので、仕方なしに諦めた。
せめて、指ぐらいは離していようかと思えば、先輩の空いてる手でしっかり押さえつけられる。
まるでこれが正解だと言わんばかりに。
「花火って何時からだっけ?」
「え? 確か、19時だったような」
「まだ、時間的に30分はあるけど、良い位置で見るならもう場所を取っておいた方がいいかもね。
実はお母さんから良い場所があるって教えられたの。そこへ行くわよ」
「え、あ、ちょ、先輩!?」
先輩は俺の手を強引に引き、歩き出す。
俺は少しつんのめりながら、先輩の後ろをついていく。
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