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スラムの転生孤児は謙虚堅実に成り上がる〜チートなしの努力だけで掴んだ、人生逆転劇〜  作者: 鳥助
第二章 伯爵家の養女

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79.義母エレノア

 二人を変えると決意して、私はすぐに行動に移した。まずは、義母のエレノアから。


 これまでの彼女は、いつも穏やかで丁寧だけれど、どこか一線を引いていた。屋敷の中で顔を合わせても、必要最低限の言葉だけ。笑顔はあるのに、壁のような距離があった。


 でも、私がこの家族が本当の絆で結ばれるのなら、その壁を越えなくちゃいけない。


 朝食の席。エレノアは背筋を伸ばし、優雅に食事を進めている。その姿を見ているだけで、胸の奥が緊張でぎゅっと締めつけられた。


 けれど、言わなければ。


「お義母様に……お願いがあるのですが……」


 少し震える声でそう切り出すと、エレノアはナイフを置き、ゆっくりと私に視線を向けた。私はその目を正面から見られず、スプーンの柄をぎゅっと握りしめた。


「なんですか?」


 いつも通り穏やかな声。それでも、胸の鼓動が早くなる。


「今日、授業が終わったら……お義母様とお話しする時間が欲しいのですが。可能ですか?」


 言い終えた瞬間、空気が一瞬止まった気がした。テーブル越しに、エレノアが小さく目を見開く。その表情を見て、胸の中に冷たい不安が広がっていく。

 断られたら……。そんな弱気が頭をよぎったけれど、彼女はすぐにその瞳を柔らかく細めた。


「えぇ、構いませんよ。その時間なら空いております」


 その言葉を聞いた瞬間、心の中で小さく息を吐いた。嬉しさと安堵が一度に押し寄せてくる。


「では、授業が終わったら伺いますね」

「はい。楽しみにしております」


 エレノアがわずかに微笑んだ。その笑みはまだ遠いけれど、たしかに少しだけ距離が縮まったような気がした。


 すると、隣でルークが私の腕を引っ張る。何かと思い振り向くと、口元に手を添えて、内緒話をしようとしていた。私がそっと耳を傾けると――。


「お姉様、頑張ってね」


 その小さな応援で緊張も不安も無くなる。ここはルークのためにも、頑張るところだ。


 ◇


 それから、午前午後と授業をして、約束の時間になった。部屋で身だしなみを整えると、ファリスが気合を入れて話しかけてくる。


「ルア様、いよいよですね。ルーク様の心を開いた後は、エレノア様ですね」

「ルークのように上手く交流が出来ればいいのですが……」

「大丈夫です。ルーク様の心を開かせたのですから、エレノア様の心も開くことが出来ます」

「……はい、頑張ってみます」


 ファリスからの応援を受けて、私は部屋を後にした。長い廊下を進み、とうとうエレノアの部屋までやってきた。


「ルア様が参りました」


 そう言ってファリスが扉を開けた。部屋に入ると、ほのかにいい香りが漂ってきて心が穏やかになる。


 緊張も不安も解れる中、私はエレノアの前にやってきた。


「お義母様、お待たせしました」

「良く来てくださいました。さぁ、席に座ってください」


 一礼をすると、勧められた通りに席に着いた。すると、近くにいたメイドがすぐにお茶を入れてくれる。


「授業が疲れたでしょう。まずは一休みをしてください」

「お気遣い感謝します」


 お茶を飲むように勧められると、一口口を付ける。優しい風味が広がって、心が穏やかになっていくのが分かる。


「とても美味しいお茶ですね。心が和みました」

「えぇ、私も同じ感想です。心が穏やかになるのは、とても良い事ですから、堪能してくださいね」


 そう言って、私に微笑みかけた。そうやって、お義母様は常に微笑みを称えている。一見、穏やかな人だと思えるのだが、行動を見ているとそうではない。


 自分から何か行動をするわけでもなく、ただそこにあるだけだ。実子のルークですら、まともな交流を持たないというのが、エレノアの本質のように思える。


 一体、何かそうさせるのか。それが疑問に思う。


 以前、使用人が話していたことを思い出す。エレノアは家族を愛していると。確かに、そう言った。だけど、私から見れば、愛しているようには見えなかった。


 家族なのに壁があり、一歩も二歩も引いているような状況だ。今の状況は愛しているとは到底思えない。


 だからって、正面から「愛していませんよね?」って言える訳がない。もしかしたら、これがエレノアの愛なのかもしれないからだ。


 ここは一つ、話をしてみよう。


「そういえば、ルークは魔力が目覚めてから、魔力操作に夢中なんですよね。毎日が楽しいと言ってました」

「そうなのですね、それは良かったです。ルアには感謝をしないといけませんね。ルークの魔力を目覚めさせてくれたのですから」

「夢中になって魔力操作をしているのですが、褒めればもっと上達するのが上手くなると思うんですよね」

「では、周りのメイドにもっと褒めるように指示をしましょう。その方がルークも嬉しいでしょう」


 ……エレノア自身が褒めるように誘導したつもりなんだけど、自分では褒めるという選択肢は取らなかったみたいだ。


 普通なら、自ら行動して褒めていくんだと思うけど、どうもそこの感覚がずれているように思える。


 ここは、はっきりと伝えた方がいいかもしれない。


「メイドの指示よりもお義母様から直接言われた方が嬉しいと思いますよ」

「そうですか? 誉め言葉はどれも平等に嬉しいものだと思いましたのですけど……」

「お義母様の言葉だから、他の人たちよりも嬉しく感じるんです」

「……そういうものなのですね。では、食事の時に声を掛けましょう」


 ……少しだけ分かった。エレノアの感覚がずれている。普通なら当然だと思うことを、当然だと理解していない。


 それは冷淡さというよりも、人としての距離感そのものを、どこか勘違いしているような。そんな印象だった。


 もしかして、彼女は「家族」という関係のあり方を知らないのだろうか。血のつながりや婚姻の絆ではなく、「心を通わせる」という意味を、理解していないのかもしれない。


 目の前で微笑むエレノアを見ながら、私はそっと息を飲む。その笑顔は確かに穏やかで、作りものには見えない。だけど、温度が感じられない。


 人形のように美しい笑顔。それなのに、こちらの心には何も伝わってこない。


 どうして、そんな風になってしまったのだろう。


 使用人の話では、エレノアはこの屋敷に来た当初からずっとあの調子だったらしい。いつも控えめで、決して感情を荒らげず、周囲を乱すこともない。


 けれど、それは「穏やか」ではなく、「静かすぎる」だったのかもしれない。


 誰かを心から抱きしめたことがあるのだろうか。ルークの成長を喜び、心から笑ったことがあるのだろうか。それとも、それを望んでも、できなかったのだろうか。


 そう考えると、胸の奥が少し痛くなった。もしそうなら、彼女もまた「壁の中」に閉じ込められている。


 けれど、それをただ「仕方ない」と片づけるわけにはいかない。彼女がなぜ心を閉ざしたのか。その原因を突き止めなければ。本当の意味で、家族にはなれない。

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根深い。。
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