75.少しずつ近くなる
「――こうして、家族は幸せに暮しました。おしまい」
ルークが本の文字を指でなぞって、読み終わった。パタン、と本を閉じると私に視線を向けた。
「今ので少しは文字の事が分かった?」
「はい。単語が少しずつ分かってきたみたいです。ルークが分かりやすく読んでくれたお陰ですね。ありがとうございます」
「……別に、これくらい普通」
素直にお礼を言うと、ルークは恥ずかしそうにそっぽを向いた。その姿が可愛らしくて、つい微笑んでしまう。
ルークと交流を開始した日から数日が経った。あれから、ルークとは自由時間を一緒に過ごし、色んな事を教えてくれた。
文字の事、貴族の事、歴史の事。ルークは学んだことを詳しく私に教えてくれた。始めは距離があったが、少しずつ言葉を交わしていくと距離が縮まったような気がした。
一緒に時間を過ごす。沢山の言葉を重ねる。これだけで、ルークと仲良くなっている。だけど、まだ足りない。
ルークは遠慮をしているし、一歩引いている。今までそうやって生きてきたから、それが当たり前になってしまったんだと思う。
本当ならば、この時期は甘えたい盛りだ。でも、それが出来ない。そうやって、誰にも寄りかかれないのはルークにとって辛いはずだ。
だから、まずは私に寄りかかってくれるように、ルークの心を溶かさないといけない。
「ルークはとても勉強を頑張っているんですね。学んでいると、良く分かります。毎日、頑張っていますね」
そうやって、言葉で褒めて、頭を撫でる。すると、ルークは照れたように俯いた。
「……普通だよ」
「それが凄いんです。普通に出来ることは難しい事なんです。普通を維持するのも大変な事です。それが出来るルークはとても凄いですよ」
照れながらも戸惑うルークの目を見て、しっかりと伝えた。すると、純粋な目がこちらを見てきた。信じていいの? と、言っているようだ。だから、私はそれを肯定するように見つめた。
「……そっか、僕は凄いんだ」
「はい、とても凄い事ですよ。だから、自信を持ってください」
「……うん」
ルークが穏やかな顔をして笑った。それは心から嬉しいと思っているような笑顔で、見ているこっちまで笑顔になってしまいそうだ。
この自信を持って、次に移りたい。私は席から立ち上がると、本棚から一冊の本を手に取る。それを持って、また席に戻った。
「じゃあ、ルーク。次はルークの事をしましょう。魔法のお勉強です」
そう言って、本を開いた。すると、ルークの体が少しだけ硬直した。やはり、魔法はルークに取って倒せない相手のようなもの。その相手を前にすると、緊張してしまうようだ。
「そんなに緊張しなくてもいいですよ。まだ復習の段階ですから」
「う、うん……」
「私と一緒に学んでいきましょう。一緒に勉強すれば、一人で勉強するよりも学びが多くなりますから」
「……そうだね。ルアと一緒に学んでいると、色んな事が見えてくるんだ」
「それは良かったです。じゃあ、今日はこのページからですね」
緊張していたルークだけど、私の言葉を聞いて、少しだけ力を抜いてくれた。これなら、学んだことをしっかりと吸収出来そうだ。
ルークはページを見て、文字を読み上げてくれる。その一つ一つをゆっくりと解釈して、魔法への理解を深めていく。
二人でそうして勉強していると、疑問に思った事や分からなかったことをすぐに共有できる。それはお互いのためとなり、より詳しく魔法の事を知ることが出来た。
「なるほど、魔力は自分の体の中にあるんですね。それを感じる事から始めないとダメみたいです。ルークは魔力を感じられますか?」
「……ううん」
「じゃあ、二人でやってみましょう。きっと、二人なら魔力を感じ取れるはずです」
私は意識を集中させて、自分の中の魔力を探る。心を無にして、自分の中心から溢れだす力。それを探す。
始めは何も感じなかった。魔法とは無縁の生活をしていたからか、魔力を感じる感覚が養われていない。
だけど、自分には魔力がある。魔力はどんなものにでも宿る力と言われている。だから、私にも必ずあるはずだ。
そう強く願うと、体の中心に違和感を覚えた。何か別の存在がいるような……、そんな気配だ。その気配を探りに意識を潜らせると、パァッと弾けたようにその力が膨らんだ。
増えたのではなく、まるで封印されていた力が解き放たれたようだ。これが、魔力。温かくて力強い力だ。
「私は魔力を感じ取れました」
「えっ、そうなの!?」
「はい、不思議な力が溢れてきました。ルークはどうですか?」
「……僕はまだ」
魔力を感じたことを伝えると、ルークは酷く落ち込んだ様子だった。どうやら、まだ魔力を感じられていないみたいだ。
どうしたら、魔力を感じられるのか。考えていると、ルークの目からポロポロと涙が溢れだしてくる。
「僕には魔力がないんだ……。僕はお父様とお母様の本当の子供じゃないから。もう、この家の子ではいられない……」
ギュッと手を握って、涙を流す。そんな姿を見て、黙ってなどいられない。震えるルークの体を抱きしめて、力強い口調で言う。
「そんなことありません。私が必ずルークの魔力を目覚めさせてあげます」
ルークに悲しい思いはさせたくない。そのためには、魔力を目覚めさせるのに全力を尽くす。
涙を流すルークを見て、そう心に固く誓った。




