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スラムの転生孤児は謙虚堅実に成り上がる〜チートなしの努力だけで掴んだ、人生逆転劇〜  作者: 鳥助
第二章 伯爵家の養女

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73.エルヴァーン家の情報

「ふぅ……今回もあんまり話が盛り上がらなかったな」


 夕食と湯あみを終え、私はベッドに身を沈めた。脳裏に浮かぶのは、つい先ほどの夕食の光景だ。


 みんな黙々と食事を取り、皿の音だけが響く静かな時間。私が話題を出せば一応反応は返ってくる。けれど、それだけ。誰もそこから話を広げようとはしないし、他の人が会話に入ってくることもない。


 結果、私と誰かの一対一のやり取りで終わってしまう。せっかく話しても、まるで水面に落ちた石のようにすぐ沈んでしまう。


「やっぱり、話題を出すだけじゃダメか……。まずは心の距離を縮めないと」


 みんなが話したいと思うくらいの関係を作らなきゃいけない。そのためには、まず一人ひとりと信頼を築くところから始める必要がある。


 とはいえ、自由な時間は一日二時間、休みは週に一度。その限られた時間の中で、どう動けばいいかを考えなければ。


「……やっぱり、まずは情報収集かな。ファリスは動いてくれてるかな?」


 昼間頼んでおいた家族のことに詳しい使用人の話を思い出しながら、ぼんやりと天井を見つめる。そのとき、コンコンと扉が叩かれた。


「ルア様、少しお時間よろしいでしょうか?」


 落ち着いた声。ファリスだ。すぐに上体を起こし、答える。


「はい、大丈夫です」


 返事をすると扉が開き、ファリスと、数名の使用人が入ってきた。みんな緊張した面持ちで、部屋の中央に立ち並ぶ。


「ファリス、この方たちは?」

「はい。ルア様が仰っていた、ご家族に詳しい使用人たちです。事情を説明しましたところ、ぜひ直接お話をと希望されまして」

「そうなんですね。皆さん、わざわざありがとうございます」


 昼間伝えたことを、もう実行してくれていたらしい。しかも伝聞ではなく、本人たちから直接聞ける形にしてくれた。これなら、ずっと知りたかった家族の本音にも近づけそうだ。


「それでは早速ですが家族のことについて、詳しく教えていただけますか?」


 ベッドから降りて一歩前に出てそう言うと、数名の中から一人の女性が静かに頭を下げた。


「では、私からよろしいでしょうか。私はルーク様の専属メイドをしております。毎日お側でお世話をしておりますので、ルーク様のことでしたら、何でもお話できるかと存じます」


 その声には、誇りとわずかな迷いが混ざっていた。ルークの専属メイド。つまり、義弟の一番近くにいる人。なら、聞けるはずだ。私の知らない、ルークの本当の姿を。


「ルーク様は伯爵様に似て、とても聡明なお子様です。きちんと物事を理解し、適切な行動を取られる方です。ですから、ルア様が養女になられた件も、事情をよくお聞きになって、ご自身でしっかりと受け入れておられます」


 突然、自分に義姉ができたら、普通は戸惑うものだ。けれどルークは、それをきちんと受け入れてくれた。それは、ルークが本当に聡明だからこそできたこと。だからこそ、嫌味もなければ、拒絶の気配も感じなかった。


 その話を聞いて、胸の奥が少しだけ温かくなった。本当に、ルークはいい子なんだ。そう思うと、自然と慈しみの気持ちがあふれてくる。


「ルーク様は、実はお喋りなんですよ。使用人たちと一緒のときは、色んなお話をしてくださいます」

「そうなんですね。食事の時はとても静かだったので、物静かな子なのかと」

「きっと、周囲に合わせておられるのでしょう。その場の空気をよく読まれる方ですから、無理に前へ出ることはなさらないのです」


 どうやら、私たち家族の前と使用人の前とでは、少し様子が違うらしい。


 ……きっと、養父様や養母様があの調子だから、ルークも自然とそうなってしまったのだろう。本当は、お喋りが好きで、きっと家族ともたくさん話したいはずなのに。


 ふと、メイドの表情が曇った。


「ですが……ルーク様にはお悩みがありまして。魔法の発現が、まだなのです。貴族社会では、魔法が使えるかどうかが価値に直結してしまいます。それを、ルーク様はとても気にしておられるのです」

「……そういえば、食事のときにそんなことを言っていました。貴族として、魔法の素養を持つことが大事だって」

「ええ。それでご自分を卑下するようになってしまいまして……。自分は本当の子ではないのではとまで思い詰めておられるのです。以前よりずっと、元気がなくなられて……」


 ルークには、魔法が使えないという悩みがあるのか。そのせいで、明るい笑顔を失ってしまったんだ。


 もし彼が本来の明るさを取り戻せたなら……きっと、エルヴァーン家は今よりずっと温かな場所になるに違いない。


 すると、他のメイドが前に出てきた。


「私もお話させてください。私はエレノア様の専属メイドをしております。ルア様が養女となると聞かれた時、エレノア様は喜んでおられました。新しい家族が増えることを歓迎していたのです」

「それは、良かったです。私も受け入れらるか不安でしたので、とても嬉しいです。お義母様の事を教えてもらってもいいですか?」

「はい。エレノア様は……とてもおしとやかで、優しいお方です。言葉遣いも丁寧で、怒ったところを一度も見たことがありません。いつも穏やかに微笑んでおられて、その笑顔を見ると、こちらの心まで安らぐんです」


 メイドの声はどこか誇らしげで、けれど、ほんの少しだけ寂しげでもあった。


「エレノア様はご家族のことを、とても大切に思っておられます。伯爵様のことも、ルーク様のことも、心から愛しておられるんです。ですが……」


 メイドは一瞬、言葉を濁した。


「それを、上手く表に出せないお方なのです。まるで、自分の気持ちを見せてはいけないとでも思っておられるように……。ご自分の想いを胸に閉じ込めて、ただ静かに見守っておられる。そういう方なんです」

「……そう、なんですね」

「ええ。本当は、もっとご家族に寄り添いたいはずなんです。でも、伯爵様が公務でお忙しく、ルーク様も成長なさってからは以前のように甘えてくださらなくなって……。それでも、エレノア様はお二人のことをいつも案じておられます。朝の祈りでも、必ずお二人の無事と幸せを願っておられるんですよ」


 メイドは微笑みながらも、どこか切なげに目を伏せた。


 優しいのに、それを誰にも伝えられないなんて。それは、きっととても苦しいことだ。


 私はそっと手を胸に当てた。この家の人たちはみんな、少しずつ心の距離を取って生きている。誰も悪くないのに、それぞれが寂しさを抱えている。


 その時、一人の執事が前に出てきた。


「では、次は伯爵様のことについてお話させてください」

「ぜひ、お伺いしたいです」

「伯爵様は、ルア様がこの家に迎えられると聞いた際、とても穏やかなご様子でした。そこに、貴族としての打算がまったく無かったとは言えません。ですが、それ以上に、純粋に家族が増えるということを喜ばれていたように見受けられました」


 貴族としての打算。それはきっと、王女の頼みを受け入れたことで得られる恩恵。政治的な利や、立場の安定のことだろう。けれど、それだけではないと、今の話から感じ取れた。


 伯爵様は理性的で、慎重な人。けれどその内側には、家族を大切に思う情がちゃんとある。そうでなければ、私のような身の上の子を養女として迎え入れることなどしないだろう。


「ですが、伯爵様はご家族に対して、どこか一線を引いておられます」

「一線……ですか?」

「はい。決して冷たいわけではありません。むしろ、愛情は確かにあるのです。ただ……その愛し方が分からないように見えるのです」


 執事の声には、長年にわたって主に仕えてきた人間だけが持つ深い哀しみが滲んでいた。


「伯爵様は常に理性を優先されます。感情を抑え、立場を守り、貴族としての責務を何よりも重んじてこられました。そのせいか……ご家族に対しても、どこか距離を取ってしまわれるのです」


 私は黙って耳を傾けた。


 思い当たる節がある。食事の時、伯爵様はいつも穏やかな顔で話していたけれど、そこにはどこか硬さがあった。まるで、壁を一枚隔てて会話しているような。


「ですが、時折ほんの一瞬だけ、見せる表情があるのです。奥様やルーク様を見つめる時、そして……ルア様、あなたを見つめる時にも」

「……どんな表情ですか?」

「迷いを含んだ、優しい表情です」


 執事は目を伏せ、静かに続けた。


「おそらく、伯爵様の中には何か思うところがあるのでしょう。愛したい。けれど、どうすればいいのか分からない。そういった葛藤のようなものが見え隠れするのです」

「……」

「そのわだかまりを解くことができれば、伯爵様はきっと、素直にご家族を愛せるようになるでしょう。もともと情の深い方ですから」


 静かな言葉が、胸の奥に沁みていく。伯爵様は冷たい人なんかじゃない。ただ、愛する方法を見失っているだけ。


 みんな、それぞれ抱えているものがあって、そのせいでお互いに踏み出せない状況だ。その抱えているものを溶かすことが出来れば、エルヴァーン家は家族になれる。


「教えてくださってありがとうございます。まだまだ、詳しい事を知りたいです。まだ、お話して頂いても大丈夫ですか?」

「もちろんでございます」

「そこまで考えてくださって、感謝申し上げます」

「ぜひ、話させてください」


 私がさらに話を要求すると、使用人たちは満足げに頷いてくれた。この人たちが協力してくれる限り、私は家族のために動いていける。


 その日、私は使用人たちに様々な話を聞くことが出来た。

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