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スラムの転生孤児は謙虚堅実に成り上がる〜チートなしの努力だけで掴んだ、人生逆転劇〜  作者: 鳥助
第一章 スラムの孤児

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51.新しい出会い(2)

 その存在感に、思わず息をのんだ。顔は長い前髪に隠れてよく見えず、纏っているドレスも質素なものなのに、不思議と目が離せない。


 ただ呆然と立ち尽くし、その姿に見入っていると。


「……そんなに、見ないで」


 掠れるような、か細い声が空気を震わせた。ハッと我に返った私は、慌てて視線を逸らす。直後、シリウスが静かに私の前へと歩み出てきた。


「お嬢様は、人に見つめられるのが苦手なのだ。あまりジロジロと見ないでいただきたい」

「……っ、すみません」


 少し強い声音に、私はすぐ頭を下げる。


「シリウス……そんなに強く言わなくても」

「いえ。お嬢様のお気持ちを害されたとなれば、従者として見過ごすわけには参りません」

「で、でも……」


 お嬢様は小さく首を振りながら、今度は私の方をちらりと窺う。その仕草は怯えているようでもあり、こちらを気遣っているようにも見えた。


 どうしたらいいのか分からず、私は困ったように口元を緩め、そっと笑みを返した。すると、お嬢様の纏っていた空気が和らいだ気がした。


 その空気を察したのか、シリウスは小さく咳払いをして場を繋いだ。


「お嬢様。ご希望どおり、子供をお連れしました。いかがでしょう。この者で不足はありませんか?」

「そ、それは……」


 私は思わず瞬きをした。


 自己紹介もしていないのに、ましてや人となりを知ってもいないのに、一目で判断できるものなのだろうか。お嬢様はシリウスの言葉に戸惑ったように、視線を落とした。


 それでも、時折ちらちらと私の顔を窺ってくる。迷っているような、答えを探しているような、そんな眼差し。


 私は余計な口を挟まぬよう、そっと視線を逸らし、静かに待った。


 やがて、お嬢様は意を決したように顔を上げる。髪の隙間から、真剣なまなざしがこちらを射抜いた。……本当にそれだけで、私のことが分かるの?


 胸の内で疑問を抱えつつも、黙ってその視線を受け止めた。


 そして次の瞬間、ふっとお嬢様は視線を逸らし、小さな声で言った。


「……この子は、大丈夫。危険じゃない」

「それは何よりです。しかし、お嬢様の身の回りを任せるだけの手腕があるかどうか、それが気になります」

「そ、それは……この子の、頑張り次第……」

「ふむ。となると、お嬢様にご迷惑をかけることもあるかもしれませんな」

「い、いや……そうじゃなくて……その……」


 お嬢様の声は、次第に小さく掠れていった。まるで言葉を選びあぐねているように。


「ただの市井の者ですから、お……屋敷の世話人と比べられるはずもありません。本当に、私でよろしいのですか?」

「……はい。多少のことなら我慢できますし、問題ありません」

「お嬢様にはご不便をおかけするかもしれません」

「いいえ。構いません。これは自分の身を守るためですから」


 二人の声には、どこか翳りがあった。どうやら置かれた環境は厳しいらしく、その中で苦労していることが容易に想像できた。


 私が黙って成り行きを見守っていると、シリウスがこちらに鋭い視線を向ける。


「よく聞け。お嬢様のお世話は細心の注意を払え。その身に傷をつけるのはもってのほか、不快な思いをさせてもならん」

「……はい。全力で務めます」

「それから、出来るだけお嬢様を一人にするな。常に傍らにいて相手をすること。ただし、じろじろ見すぎてもいけない。それに……」


 シリウスは延々と注意事項を並べていく。誰もが思いつく当たり前のことから、予想もしない細かな配慮まで。そこに込められた強い想いに、彼がお嬢様をどれほど大切にしているのかが伝わってきた。


 胸の奥がきゅっと引き締まる。最初から簡単な役目だとは思っていなかったが、想像以上に気を配るべき点は多い。果たして自分にどこまで出来るのか不安はある。けれど、それでも努めるしかない。


「最後に一つだけ忘れるな。お嬢様の意思は絶対だ。その言葉を最優先にし、必ず従え」


 短くも重い言葉が胸に突き刺さる。私は強く頷き、その決意を心に刻み込んだ。


 ◇


 その後、シリウスはひと通りの説明を終えると、あっさりと家を後にした。しばらく共に滞在するものだと思っていたから、意外だった。


 けれども、やはりお嬢様を一人にするのが気がかりなのだろう。扉を出る直前、彼はもう一度こちらへ向き直り、重ねて注意事項を言い聞かせてきた。


 それほど大切なお嬢様を、急ごしらえで雇われた私に託すのだから、不安になるのも当然だ。少しでもその思いを軽くできればと、私は真剣に耳を傾けた。


 その甲斐あってか、最後にはわずかに安堵の色を浮かべ、彼は静かに家を出て行った。


 なぜそんな大切なお嬢様を一人に残していくのか――その理由は分からない。けれど、お嬢様を取り巻く環境が厳しいことだけは確かだと悟った。


 ならば、せめて自分にできることを。微力ながらも支えになれれば。そう心に誓い、私は早速行動に移すことにした。


 窓辺の椅子に腰掛けたお嬢様は、ぼんやりと外を眺めていた。その姿を直視しすぎないよう気をつけながら、そっと声をかける。


「……あのお嬢様。何か私にできることはありますか?」

「……えっと……はい、あります」


 小さく頷いたお嬢様は、遠慮がちに口を開いた。何を頼まれるのだろうと緊張して待っていると――。


「実は……二日前から何も食べていなくて。食事をとりたいなって思っているんです」

「えっ……。お食事を召し上がっていないんですか?」

「……はい。色々あって、食べる機会がなくて」

「気づかず申し訳ありません! すぐにご用意します!」


 まさか二日も口にしていなかったとは――胸がざわめいた。確か、この家には最低限の家具と衣類しかないと聞いている。となれば、食料は外に買いに行かねばならない。


「買い出しに行ってきます。……お嬢様はどうされますか?」

「私は……外に出るのが怖いので、家で待ちます」

「承知しました。すぐに買って戻りますから!」


 お嬢様の意思を確認すると、私はお金を手に家を飛び出した。鍵をしっかりかけ、足早に店へと駆けていった。

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