15.清掃
それから私たちは協力して、ゴミ捨ての仕事に従事していった。ドランがゴミを台車の箱に詰め、私がその台車を引いて捨て場まで運ぶ。
役割を分担することで、それぞれが自分の仕事に集中でき、自然と作業の効率が上がった。すると、不思議なことに時間にも余裕が生まれてきた。
本来ならその時間を休憩にあてるべきなのかもしれないけれど、私はどうしても気になることがあった。
……匂いだ。
腐った果物や野菜の汁、魚の骨にまとわりついた生臭い液体。そうしたものがゴミ箱や路地の石畳に染み付き、どのゴミ捨て場も耐えがたい悪臭を放っていた。通りかかる人たちは顔をしかめ、小走りでゴミを捨てるとすぐに立ち去っていく。
これをどうにかできないだろうか。もし改善できれば、町の人たちももっと安心してゴミを捨てに来られるようになるはずだ。
やるべきことは一つ。ゴミ箱の周辺を、きちんと掃除すること。
空いた時間を使って、私とドランは清掃に取りかかった。
「じゃあ、水を流すぞ」
「はい。私はこっちを擦ります」
ドランがバケツに汲んできた井戸水を、ゴミ箱の裏や路地の隅にじゃぶじゃぶとかけ流す。乾いていた石畳が一気に濡れ、あちこちから黒ずんだ水が流れ出していった。
私は、誰かが捨てた掃除用のブラシを拾い、両手でしっかりと握った。そして、ぬめった地面を力いっぱい擦る。何度も、何度も、ブラシを押しつけるようにして、こすりつける。
汚れた水が弾け、泥と腐敗した汁が弧を描いて飛び散る。臭いが鼻に刺さるたびに顔をしかめたけれど、それでも手は止めなかった。
「うっ……でも、負けない……!」
ドランも黙々と水を運び続け、私はひたすら磨き続けた。
やがて、こびりついていた黒い汚れが薄くなり、石畳本来の灰色が見えてくる。隅に積もっていた汚泥も流れ、ぬるついていた路地が乾き始める。
少しずつ、空気が変わってきた。ツンとした刺激臭が和らぎ、代わりに湿った土と井戸水の匂いが広がっていく。
「ねえ、ドラン。なんか……匂い、少しマシになってないですか?」
「ん、ああ。たぶん、かなり落ちたな。前はここに近づくのも嫌だったけど、今は大丈夫だ」
仕上げにもう一度だけ水を流し、汚れたブラシを脇に置く。路地の石畳はまだ濡れていたが、そこに溜まっていた泥や汚水はほとんどなくなっていた。
私は息を吐いて、濡れた袖で額の汗をぬぐった。
「これで……少しは気持ちよくゴミを捨てに来られるようになるといいな」
ドランがうなずき、空を見上げる。澄んだ朝の光が、清掃されたばかりの路地に差し込んでいた。ほんの少しだけ、町の空気が軽くなったように思えた。
◇
「お前たち、よくやってくれたな!」
ある日、いつもよりずっと機嫌の良さそうな顔でガルドが現れた。どうしたんだろうと首をかしげていると、ガルドがニカッと笑って言った。
「最近、ゴミ箱周辺が綺麗になって匂いがなくなったって、町のあちこちから話が上がってきてな。それが役所にも届いたんだよ。お前たちが勝手に清掃してた、あれのお陰だよな!」
「はい。使う人が、少しでも気持ちよく捨てられたらいいなって思って、掃除してました」
「おう、素晴らしい心がけだ! そしたらな、町の人たちから『あの感じで他の場所も頼みたい』って声がいくつも届いてきてよ。役所が正式に依頼してくることになったんだ。臨時予算を組んで、報酬も出すってよ!」
えっ、と目を見開いてドランと顔を見合わせた。私たちが勝手に始めた清掃が、まさか正式な仕事になるなんて。
「褒められて気分がいいだけじゃなくて、金までくれるんだ。なぁ、しっかり仕事してたら、ちゃんと誰かが見ててくれるもんだよな! お前たち、本当によくやった!」
そう言いながら、ガルドは私たちの頭を片手でがしがしと撫でた。ちょっと乱暴だけど、全然嫌じゃなかった。むしろ、心の奥からじわっと嬉しさがこみ上げてくる。
こんなふうに誰かに認めてもらえるなんて、スラムにいたころはなかった。頑張ったことで「良かった」と言ってもらえて、「続けてくれ」と頼まれることが、こんなに嬉しいなんて思わなかった。
「臨時収入も入ったし、今回は追加で一人に五百セルト出す! いいか、これからもゴミ捨てと清掃、頼んだぞ!」
「はいっ!」
思わず、ドランと一緒に声が重なった。胸の奥がポッとあたたかくなった気がした。
頑張ったことがちゃんと伝わった。その事実が、たまらなく嬉しかった。
──また、頑張ろう。
誰かのためになるなら、自分の手で出来ることを増やしていきたい。ゴミ捨てなんて、誰も注目しない仕事だと思ってた。でも、そんな仕事にも意味があって、必要とされることがある。
そう思うと、台車を引く手にも、ちょっとだけ力がこもった気がした。
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