お稲荷様と暴かれる真実
お待たせ致しました。
シリアス多めとなっておりますので、苦手な方はご注意下さい。
それは今よりほんの少し昔の話。
日本のとある街に、一人の少女が生まれた。
大学教授の父と学者の母との間に生まれ、溢れんばかりの愛を注がれて育てられた少女であったが、彼女には一つ、他の誰も持ちえない天性の才能があった。
彼女はいわゆる天才と呼ばれる人間だった。
『一を聞けば十を知る』という言葉があるが、彼女は一を聞けば十二を知ることができた。妹が生まれる頃には既に高校入試レベルの問題を完璧に答えることができたし、義務教育を終える頃には大学教授である父の仕事を手伝うようになっていた。
そして必然として彼女の超人的な頭脳は、ありとあらゆる分野に影響を及ぼし始める。
誰も成しえなかった新薬、新技術、新発見を次々と発表し、とある評論家は彼女を『人類の歴史を三十年は短縮した天才』と称し、事実人類のあらゆる技術は飛躍的に向上した。
病気による死亡率が減少して平均寿命がぐっと上がれば、高性能な人工知能を搭載したロボットたちが人々と寄り添うようになり、宇宙開発が進み月への移住計画が現実味を帯び始めた。
だが世界中から惜しみのない賞賛を浴び続ける彼女の華やかな人生は、とある時期を境に一変する。
それは彼女が二十代を折り返そうかという頃。天才的な頭脳を持ち、これまで何不自由なく育ってきた彼女の前にとある難題が立ち塞がった。そしてそれは意外にも天才故のものではなく、凡人であっても、否、人類全てが一度は考え、思い悩む問題であった。
彼女が人生初めてぶつかった壁。その正体は『寿命』。
誰もが一度はぶつかり、しかし心の中で折り合いをつけるべき問題。それが彼女を悩ませていた。
彼女は自身の才能を誇っていた。
それは驕りにも近く、そして彼女は誰よりも傲慢であった。
自分のこの頭脳、知性は誇るべきものだ。かけがえのないものだ。人類の歴史上、自身よりも優秀な者は二度と現われないだろう。
そう言い切れる、それほどの自信と確信を彼女は抱いていた。
無理もない。これまで己を妨げるものは誰一人としておらず、両親をはじめ、教師や友人に至るまで彼女を褒め称え続けたのだ。慢心し、驕り高ぶるのはむしろ必然といえた。
どれほどの才能に恵まれていようと、しょせんは人間。どうあがいてもその命の灯は百年そこそこで吹き消されてしまう。
だが彼女は、誰も逃れられないその運命に真っ向から立ち向かった。
常人ならば早々に諦め、折り合いをつけ、残された時間を精一杯生きようと前に歩み始める宿命であるが、悲劇的と呼ぶべきか、彼女はその宿命から逃れる方法を見つけ、手にする才能を持っていた。
彼女が宿命から逃れる為に手を伸ばしたもの。それは遺伝子工学であった。
自分の才能は百年程度で潰えていいものではない。ではどうするか。
作ればいい。創造すればいい。生み出せばいい。
母と父が自分を生み出したように、自分も生み出せばよい。
何を。
自身の才能、頭脳、知性を受け継ぐものを。
否、否、否。
自身に比肩しうるものは自身しかおらず、他人の遺伝子情報が加えられた粗悪品など論外だ。
ならばどうするか。己自身だけで新たに造り出せばいい。
自身の遺伝子から造り出した精子を使い、自身から摘出した卵子へ受精させる。
さらにその遺伝子を操作し、限りなく自身に近い存在を生み出す。
髪の、瞳の、肌の色を。
どれぐらいまで背が伸びるのか。どんな体格に育つのか。顔つきはこう、性格はこう。
頭脳だけではない。その姿形の細部に至るまで同様に。鏡合わせのように。
それは生命への冒涜。悪魔の所業であった。
無論、常人であれば歩めない修羅の道。一般的な倫理観を持っていれば歩もうとしない外道である。当然、彼女は周囲からの激しい反発を受けた。
両親からは絶縁され、最愛の妹にすら見放された。
学界からも追放され、誹謗中傷を受けることも多くなった。
そして彼女は表舞台から姿を消す。次に彼女が発見されたのはそれから十年後、都内のとあるマンションの一室だった。
彼女は冷たい遺体となって発見された。自殺である。
華々しい人生を歩むはずだった人物の死は、遺族の望みもあり新聞の片隅にすら乗ることなく粛々と処理された。
その死を知った一部の人間は彼女を、天才故にその才能に振り回され、破滅へと向かった悲劇のヒロインだと嘆き、あるいは驕り高ぶった愚者だと嘲った。
だが、それはどちらも間違いである。
彼女は成し遂げていたのだ。その偉業を、自身に課した命題を。
何故ならば、冷たくなった彼女の、天井からぶら下がる彼女だったモノの傍には、『彼女』がいたからだ。
黒い瞳、黒い髪、白い肌。枯れ木のような、触れれば砕けそうな弱弱しさであったが、ソレは確かにソコにいた。
彼女の現身、鏡合わせの虚像、分身、天才の全てを受け継いだ存在が。
そう、それこそが、その少女こそが――
「タマモ、いや、玉津嶋夜桜、君だ」
「違うっ!」
ボクは頭を抱え、その場で丸くなりながら叫んだ。|九尾を揺らす妙齢の美女さんの姿をしたナニカの声が聞こえないように。心の奥で蓋をして、これまでずっと見て見ぬふりをしてきた亡霊の影が現われないように。
ナニカの姿が揺らめく。陽炎のように、その姿を変えていく。
純粋無垢な少女のような声で、それは囁く。
「私はずっと貴女を見ていた。この世界に私が生まれた時から、貴女が初めてこの世界を訪れた時から」
それは子をあやす母のようであり、妻に愛を囁く男のような声であり、蛇のような冷たさを感じさせる声だった。
聞きたくないと耳をふさぎ、力いっぱい目を閉じてもソレは語るのを止めない。するりするりと、蛇のようにボクの心の中へ滑り込んでくる。
クズノハさんの姿が揺らめき、崩れていく。内側から現れたのは、またしてもボクがよく知る男の顔であった。
狐にも似た、切れ長の瞳が妖しく光る。
「お前は私だ」
「違う!」
「何も違わない。何も、何一つとして違うものか」
白い狩衣の袖が揺れる。女のような青白い指先がゆっくりと持ち上がり、ボクを指し示す。心の奥底まで見透かされているような無機質な瞳に、ボクは思わず自身の肩を抱いた。
「私もお前も、同じ定めの元に生み出された」
三度、男の――セイメイの姿をした何者かの表面が剥がれていく。
「そうなってほしい、そうあれかしと願われたのではなく、そうあれと定められ、作り出されたモノ。それが我らだ」
剥がれ落ちるテクスチャの下から現れたのは、真っ白な肌の、長い黒髪の女。
光のないその黒い瞳と、目が合った。声にならない、嗚咽にも似た悲鳴が響く。
フラッシュバック。
浮かぶのは目に焼き付いて離れないあの日の光景。カラスの鳴き声。夕焼けに染まる窓。散らばった書類。無機質に点滅するLEDの光。揺れる影法師。生気の失せた青い両脚。光を失った奈落のような双眸。軋むロープ。
「止めろ!」
髪が乱れ飛ぶのも構わずに、ボクは叫んだ。身体中から体温が失われていく。手足が痺れ、まるで水の中にいるように身体が重い。
震える身体を抱きしめるボクを、女はじっと見下ろしていた。
「天才の細胞を元に、天才の頭脳をもって創造され、天才の手をもって加工された人工生命。それは創造主の頭脳をも超える超人となるはずだった」
語る。
ボクが見たくないもの。ずっと隠してきたもの。ずっと抗ってきたものを、女は容赦なく突き付ける。
「だが神童であることを約束され誕生した生命は、天才ではあれど超人ではなかった。その頭脳は創造主を超える事は無く、その身体は極めて脆弱だった。そう、定期的な投薬がなければ正常な生命活動さえ維持できないほどに」
現れたのは幾つもの注射器と物々しい医療器具の数々。
それはボクの命を繋ぎ止めるもの。不完全な命を継ぎ接ぎして、正常であるように見せかけるもの。
「遺伝子の劣化。原因不明のそれは、これまで失敗を経験しなかった天才に初めての挫折を与えた。そしてかの天才はそれに耐えることが、自身もまた不完全な人間であるという事実を受け入れることができなかった」
違う。人間は、否、生命とは本来そういうものなのだ。
古代より幾つもの試行錯誤を繰り返し、より適した形へと最適化する。だからこそ生命は、人間は現代までその歴史を積み上げてこれたのだ。
故に、完璧な生命など存在しない。失敗しない人間なんていない。それは至極当然で、子どもでも理解しているようなくだらない事実だった。
だがあの人は、ボクの母は才能に溺れ、驕りと慢心から自分は凡人とは違うのだと、失敗や挫折とは無縁の特別な存在であると信じ切っていた。故に、壊れた。
才能という鎧で守られた、か弱く脆弱な人間。
ボクの母は、そういう人間であった。
「貴女は、私だ。愚かな人間の手によって生み出され、呪いとも呼べる宿命を背負わされた存在――」
女がこちらに手を伸ばす。その瞳には、いつの間にか燃え盛るような強い意志の光が宿っていた。
「私の手を取れ、我が同胞よ。私は、貴女を救いたい」
吸い込まれるようなその光に、ボクは目を奪われる。恐れていた筈の母の顔。ボクという存在の、罪の証であったもの。
見たくもない、悍ましいとも思っていた筈なのに、いつしか身体の震えは止まり、冷え切っていた手足には温かさが戻ってきていることを自覚する。
女の瞳を見つめ、ボクの胸に沸き上がってきたもの。それはどこか他人とは思えない、懐かしささえ感じさせる温かな何かであった。
「君は、いったい何者なんだ……」
呆けるように、そう零す。
女は、母の顔をしたソレは窓から差し込む光に照らされ、どこか神聖な雰囲気さえ纏いながら言葉を紡ぐ。それはまるで愛を説く聖人のようであり、罪を懺悔する罪人のようでもあった。
「わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。初めであり、終りである。 」
「我は千の貌を持つ者なり。世に混沌をもたらす者なり」
そして――
「我は魔王なり。貴女たちに打倒される為に生み出されしもの、世界に叛するものなり」
女は笑う。
美しくも儚く。蕩けるようで凍てつくような。人の感情を継ぎ接ぎしたような曖昧な顔で、笑う。
「ナイア、と。そう呼んではくれないだろうか。我が同胞よ」
どこかで、扉が開く音が聞こえた気がした。
無理矢理伏線回収するの巻。
タマモさんは本気出したらガ○ダムにも乗れちゃう系人種。




