お稲荷様とハロウィーン①
大変お待たせ致しました。
「Trick or Treat!」
王都フィーア。白亜の王城に見守れた聖なる都に、子どもたちの無邪気な声が響き渡った。
街中は煌びやかに飾り付けられ、中身がくり抜かれたカボチャの中で蝋燭の灯がゆらりゆらりと人々を照らしている。
年に一度の収穫祭。
運営が満を持して開催したハロウィンイベントは、TAWの世界をまさしくお祭り一色に染め上げた。
くりくりとした丸い瞳に見上げられ、ボクは思わずくすりと笑う。
膝をつき、懐から小さな包みをいくつか取り出すと、それを目の前の少女の小さな掌に置いた。
中身はジャックオーランタンの形をした手製のクッキーだ。
「おねえちゃん、ありがとー!」
とんがり帽子を頭に乗せた小さな可愛い魔女がお日様のような笑顔を浮かべ、友達だろうお化けたちと走り去っていく。
「わ、また凄い恰好だねぇ」
背後からかけられた声に振り向けば、そこには先程の少女と似たような魔女の仮装をしたモミジが目を丸くして立っていた。手には如何にもな箒を握り、大胆に背中が開いたゴシック調のドレスが揺れる。
「仕方ないじゃないか。ボクもまさか、こんな仮装を渡されるとは思わなかったんだよ」
なんともこそばゆい気持ちになりながら衿を正すと、溜息交じりにそうごちる。
今回のハロウィンイベント、その内容はお菓子をNPCに渡すという単純明快なものであった。
お菓子はお店で売られているものでも、自作したものでも問題ない。
そしてお菓子を渡すとランダムで限定アイテムが入手できるのだが、低確率で当たり――そのNPCに対応した限定衣装が手に入る。
その限定衣装を装備するとイベント専用の特殊なバフがかかるようになっていて、報酬のレアアイテムが入手できる確率を大幅に上昇させることが出来るのだが、これが色々な意味で問題だった。
つまり、イベントが開催されてボクが最初にお菓子を渡しに行ったのがクズノハさんのところだったのだけれど、ここまで言えば聡明な皆々様にはおおむね理解して頂けると思う。
つまりは、そういうことだ。
今のボクが装備しているのは、クズノハさんがいつも着ているあの見事な一張羅。
大胆に胸元をはだけさせ、艶やかに着崩したあの着物である。
「イベントを有利に進めるためとはいえ、これは参ったよ」
そもそもこういった服装はクズノハさんのようなスタイルの良い女性だから着こなせるのであって、そういった風にデザインしていないボクのアバターではどうしても服に着られている感が否めないと思うのだけれど。
しかしこの着物を渡された時のクズノハさんの嬉しそうな顔を見れば、その厚意を蔑ろにするのも気がひける。
そんなこんなで柄でもない衣装に身を包み、今は王都フィーアでお菓子配りに精を出しているという訳なのだが、これがどうして、周りの目が気になって仕方がない。
ハロウィンという、右も左も仮装だらけの特殊な空間にあって悪目立ちはしていないが、やはり洋風な王都に純和風なこの格好は人目を引く。
「お稲荷さん、よかったらおいら達とパーティ組まないかい?」
「あ、お稲荷様じゃん! たまには女子同士遊ぼうよー!」
「いや、申し訳ないが先約が入っているんだ。どうぞお構いなく」
どこかで見かけたような、全く印象に残っていないプレイヤーからの勧誘を断りながら王都を進む。
こういったナンパ染みた勧誘も一度や二度ではない。どうにも【暁の騎士団】のメンバーとパーティを組むことが増えてからこっち、ボクを偶像崇拝する輩が増えているような気がする。
元々コミュニティ能力がそう高くないボクからすれば、こうして街中を歩くだけで見ず知らずの人間から突然声をかけられるという状況は、少なからずストレスの元だ。非常に好ましくない。
ええい、メディック! メディックはどこか!
「最近、真剣に変身薬の購入を考えるよ」
だいたいアップデートが入ってからもう随分と経った今、九尾に到達したプレイヤーはそう珍しくない。にもかかわらず、何故ボクばかりが見世物にされるのか、これがわからない。
隣を歩くモミジが苦笑いを浮かべた。
「まあ、タマモのアバターってかなり作り込んであるし、それにほら、何かイベントがあるとわりとすぐにクリアしちゃってるから、それでじゃないかなぁー、なんて……」
むぅ、と言葉が詰まる。
というのも先日クリアした、あの海底神殿絡みのクエスト。どうやらあれをクリアしたプレイヤーの内、陰陽師で突破したのが当時はボクを含め数人しかいなかったようなのだ。
あの時はクリアにムキになってそんなことは考慮していなかったが、どうやらその話がどこからか漏れ、その数名が陰陽師という職業において先駆者のような扱いを受けているとかいないとか。
そもそもあの戦闘自体が、終盤の簡単なDPSチェックさえクリアすればあとは単純なギミック処理だけのものなので、その手順さえ理解すれば誰にでもクリアできる代物ではあるのだけれど、リアルタイムアタックというジャンルがあるとおり、古来よりゲーマーにはそのクリアタイムに価値を見出す人種というのが一定数存在する。
全く、困ったことに。
そんなこんなで、クリアから数日はジパングにあるマイホームに顔を合わせたこともない陰陽師の――何故か妖狐族が大多数だった――プレイヤーがひっきりなしに訪れ、クエストの内容を事細かに尋ねてくるという珍事が発生したのだが、それに関しては某胡散臭い情報通の猫が運営する攻略ホームページに情報を提供するという形で――勿論、あの猫からはそれなりの報酬を頂いた――一応の終結をみた。
無論、あまりに性質の悪い連中は片っ端からブラックリストに突っ込み、ゲームマスターに通報しておいた。今頃はゲーム内の懲罰房に入れられてお説教の最中であろう。
ちなみに懲罰房に呼び出されたプレイヤーに投げられる最初の質問は、「何故ここに呼ばれたのかわかりますね?」であるらしい。
「とりあえず、ハヤトたちと合流しようか。今は王城にいるんだっけ?」
「うん、偉い人から先に渡していくんだって。ゲームなのに真面目だよねぇ」
そう言って、モミジはその小さな眉間に皺を寄せた。
まあわからない話でもないが、たしかにゲームの中でもそういった処世術を持ち込むあたり少し堅苦しく感じるところはある。
ただ、まあ、もしかしたら世間体やら処世術やら、そういったものは全く関係なく、お姫様を優先している可能性もあるのだけれど。
脳裏を過ぎるは蜂蜜のような髪を流し、超ド級の胸部装甲を持つ朗らかな少女の姿。
ハヤトやコタロウも一応は思春期の男子であるし、あのお姫様はゲーム内でも屈指の人気NPCでもある。ちょっとぐらい鼻の下を伸ばしていたとしても、それは仕方のない事だろう。
特に今のハヤトは聖騎士だ。職業クエストなどで、王族と接する機会は多い。
そこまで考えて、ボクはあえて口を噤んだ。ぶちぶちと愚痴りながら隣を歩く、エルフの魔女っ娘を横目で見やる。
言わぬが花、藪を突いて蛇を出す必要もない。
どうせログアウトした後にあーだこーだと小言を頂戴するのは目に見えている。
そんなこんなでモミジと他愛もない世間話に花を咲かせつつ王城の門を潜れば、そう間も置かずに見知ったメイド服の女性が出迎えてくれた。
艶のある黒髪をシニヨンで纏め、丸眼鏡をかけたその女性は静々とこちらに頭を下げると、ほんの少しだけ口角を上げて微笑んでみせる。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ。姫様も大変楽しみに、それはもう小さな子どものように皆様が訪ねてくるのをお待ちしておりまして、放っておくとお部屋を飛び出してしまいそうなので私どももそろそろ椅子に括りつけた方がいいのではないかと愚考していたところでございました」
ふわりと笑いながらそんなことを言うメイド――マリアさんに苦笑いを浮かべつつ、メニューを開いてハヤト達にパーティを組む為の勧誘メッセージを飛ばす。
平時とは違い、イベント時は混雑によるサーバーへの負荷を回避する為に重要NPCが配置されたエリアはインスタンスエリアに設定されているので、フレンドと同じエリアに入るにはこうしてパーティを組む必要があるのだ。
イベント特有の順番待ちに並ぶのもまた一興ではあるのだが、負荷がかかり過ぎてサーバーごとダウンすることを考えれば妥当な対応だとは思う。
ぴこん、と電子音が鳴って、インターフェース上に浮かんだパーティメンバーのリストが更新された。
そうして案内された先の扉を潜れば、そこにはお姫様とお茶会中の男子二人の姿が。
ハヤトは真っ白な鎧を身に纏い、腰には波打つような少し変わった形状の、深紅の片手剣を差している。一見どこが仮装なんだと疑問に思うだろうが、後で聞いたところ全盛期のとあるMMORPGにおいて一世を風靡した騎士をモチーフにしているのだとか。
対するコタロウはシンプルなシャツとズボンのみ。
どうやら狼男の仮装をしているつもりらしいが、種族がワーウルフなだけにどうにも手抜き感が拭えない。というか彼の場合は確実に、真面目に仮装するのが面倒なだけだろう。
まあ彼の場合はレベルアップに伴って脚部が獣独特のつま先立ちのような形になり、より狼男らしくなったので無難と言えば無難ではあるのだけれど。
「あらあら、タマモ様にモミジ様、ごきげんよう。とりっくおあとりぃとー」
こちらに気が付いたカメリア姫が胸元で手を振りながら、花のような笑みを咲かせる。
見れば三人が囲むテーブルにはクッキーやワッフル、マカロンなど、色とりどりの洋菓子が所狭しと並んでいた。
「これはまた、随分と張り切ったんだね」
「い、いや、これはその、違うんだよ!」
なんとも露骨な光景に苦笑いを浮かべれば、慌てたようにハヤトが立ち上がった。
隣のモミジは既にじとりとした目をして、まるでちょっと汚い物を見るような、そんな表情を浮かべている。
コタロウがため息を吐く。
「これはカメリア姫が用意したもんだ。俺らが持ってきたのなんて、ほんの一部だぞ?」
「うふふ、せっかくのお祭りですもの、マリアたちにも手伝ってもらって作ったのよー」
頬に手を添え、微笑むカメリア姫を一度見やり、視線をテーブルに戻す。そこにはまるで中華料理のフルコースもかくやというお菓子の山が。
ボクとモミジが途中参加することを考慮しても、いかんせんこれは作り過ぎではないだろうか。
いや、食べ盛りの男子二人と甘味好きのモミジがいるので、もしかすればどうにかなるのか?
「いや、結局は設定されたキャパ以上は食べられないから」
「自分を頭数に入れない辺り、ほんと鬼だよなお前」
マカロンを一つ口に放り込みながらそんなことを考えていると、男子二人がすっと真顔になった。どうやら声に出していたらしい。
ともあれ、イベントはイベントである。
ふわりと尾を振り、ボクとモミジは素知らぬ顔でカメリア姫に包みを渡す。
「これ、口に合えばいいのだけれど」
「まあまあ、とても美味しそうねえ。それじゃあ、これは私からのお返し」
渡されたのは丁寧に包装された茶色い紙袋。
どこか見覚えのあるそれにうっすらと嫌な予感を覚えながら受け取り、恐る恐る中身を確認する。
……うん。
ボクは受け取った包みをそっとインベントリにしまい込んだ。
どんより曇り空な心中のボクに対し、同じ物を受け取ったモミジは晴れ晴れとした笑みを浮かべていた。
「わあ、これってマリアさんたちとお揃いのやつだ!」
満面の笑みでモミジが包みから取り出したのは、ロングスカートに白いエプロンが特徴的な、先程見たばかりの衣装。言わずもがな、メイド服である。
ちなみに男子組には執事然とした燕尾服をプレゼントしたらしい。
「本当は私のドレスをプレゼントしようと思っていたのだけれど、マリアに止められてしまったの。本当に残念」
ボクは心の中で、最悪の事態を水際で阻止した立役者に最大の賛辞を贈った。
いや、しかしその代償がこのメイド服となると……。しかしカメリア姫もそのご立派な双子山を強調するように胸元が開いたドレスばかり着ているし、下手をすれば今着ているこの着物よりも悪目立ちしていた可能性もある。
ではメイド服なら悪目立ちしないのかと問われると、決してそうではないのだけれど。
ともあれ、無事カメリア姫とのプレゼント交換を終えたボクたちは、手土産代わりに渡されたお菓子の詰め合わせを手に王城を後にする。
ああ、勿論行き帰りでお世話になったマリアさんにも、手製のお菓子をプレゼントさせてもらった。
お返しにと渡されたのは、白い長手袋とヘッドドレス。流石は本職とあって、メイドには必要不可欠なアイテムを用意していたようだ。
「タマモ様なら、きっとお似合いになると思いますよ」
なるほど、このメイドさんもなかなか良い性格をしているようだ。
そんなことを思いながら、ボクはとてもイイ笑顔を浮かべるマリアさんに引きつった笑みを返すのだった――
グラットンすごいですね。




