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お稲荷様ののんびりVRMMO日和  作者: 野良野兎
WAVE-IV たまにはこんな時間を
73/103

お稲荷様と雪景色

お待たせしました。

ちょろっとネタ入ってます。


――国境の長いトンネルを抜けると雪国であつた


 有名な小説の一節である。

 ちなみにこの“国境”という文字を“こっきょう”と読むのか、“くにざかい”と読むのかで度々議論がなされたりするのだが、ここは別に国境という訳でもないしーー設定上は旧国境を跨いではいるのだけれどーーほとんど関係のないことであるので、今回は割愛させて頂く。

 さて、話を戻そう。

 ボスであるアンタレス・スコルピオンとの戦闘であるが、結果から言えば騰蛇(とうだ)の火力によるごり押しが功を奏した辛勝という形で終わった。

 戦闘不能者こそでなかったものの、ボスがランダムターゲット化した後半はその挙動に随分と撹乱され、カウンター攻撃と相まって随分と苦戦させられた。

 何せこちらはボスの攻撃一つで体力が六割から持っていかれるのだ。メンバーの回復を一手に担うモミジの負担を考えると、あまり周回はしたくない類いのボスといえるだろう。

 ちなみに勝利時に手に入れた戦利品は【劇毒大サソリの鋏】という素材アイテムであった。なんでも武器にも防具にも使える、なかなか便利な素材であるらしい。

 その事を語るモミジの表情は、何故か優れないものではあったが。


「ま、まあ、タマモなら大丈夫なんじゃないかなあ……あはは」


 訳を尋ねてみると、モミジは何やら気まずそうな顔をして、視線をそらしながらそう答えた。

 まあ理由は件の装備を作って貰った際にでも明らかになるだろうし、さほど気にする事でもないだろう。

 そう内心で片付けると、ボクはほうと真っ白な吐息を吐き出した。

 目の前に広がるは一面の銀世界。吹雪という程ではないにせよ、空からは真っ白な粉雪が絶え間なく舞い落ちている。

 ヨトゥン雪原。

 古くより巨人族が治める極寒の地へと、ボクたちは今足を踏み入れていた。


「予想はしていたけど、本当に真っ白だね」


 いつも通り先頭を歩くハヤトがそう呟けば、そのすぐ後ろに続くコタロウが感慨深げに頷き、辺りをぐるりと見回した。


「ああ。リアルじゃ見たことないが、日本でもまだこれぐらい積もる場所もあるんだろう?」

「まあ、それも一部の標高が高い山岳部だけの話だけれど」


 ぶるりと肩を震わせて、ボクはコタロウにそう返した。

 そも、地球温暖化が加速する昨今、日本における“冬”というものは半ば消滅しかかっている。平野に限った話ではあるが、北海道における積雪が観測されなくなって早数年といえば、その深刻さが伺えるだろう。人工の物ならまだしも、天然の雪でウインタースポーツなんて夢のまた夢だ。

 かくいうボク自身、本物の雪には未だお目にかかった事はない。


「とにかく、まずは街を探そう。【耐寒のお守り】のおかげで寒さはまだ大丈夫だけど、吹雪いてきたら移動どころじゃなくなりそうだ」


 ハヤトの言う【耐寒のお守り】とは、いつぞやか砂漠でお世話になった耐熱のお守りの逆の効果を持つ、寒さを緩和するアイテムである。

 これのおかげで体感温度は随分とましになっているはずなのだが、いかんせん辺り一面雪ばかりの場所である。見ているだけで、不思議と肌寒い感覚に襲われる。

 そんな時、ふと視界の端に写ったものがあった。

 先端だけを白いインクに浸したような、黒い稲穂の形をしたそれを見つめることしばし。ボクはゆっさゆっさと揺れる七本のそれを操り、自分の腰から上をまるっと包み込んでみせた。

 自慢の尻尾を利用した、即席ブランケットの完成だ。


「タマモ、お前何してんだ?」


 まるで不格好な蕾のような姿になったボクを見て、コタロウが訝しげな表情を浮かべる。しかしそんな彼とは正反対に、ちらりちらりと遠慮がちにこちらへ視線を送る人物がいた。

 言わずもがな、モミジである。

 何か言いづらそうに口を半開きにし、エルフ族の特徴である長い耳がふるふると震えていた。


「モミジも入るかい?」

 

 そんな彼女と自身の身体を見比べた後、尻尾の一本を持ち上げながらそう言うと、雪景色に良く映える褐色肌の少女はぱっと花が咲いたような笑みを浮かべた。


「いいの!? じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」


 お邪魔しまーす。

 そんな風に、まるでよその家にお呼ばれした時のような事を呟きながら、モミジが恐る恐る尻尾の束に包まれる。じんわりと、少しばかり身体が温かくなった。

 

「はあ、ぬくぬくー」


 どうやら彼女もこの即席ブランケットにご満悦の様子で、こてんとこちらの肩に頭を預けてくる程である。

 現実ではやたらとお姉さんぶりたがるのに、こちらではまるで真逆。随分と甘えん坊さんだ。

 もしボクに妹がいたら、こんな感じなのだろうか。


「モミジ、気を抜きすぎて寝落ちしないようにね」


 はぁい。

 気の抜けた返事に苦笑いを浮かべつつ、先導するハヤトの後を追いかける。

 

「ごめんねタマモ。うちのモミジが迷惑かけて」


「迷惑だなんて思っていないさ。ボクから言い出した事だし……もしかして、ハヤトも入りたい?」


 わざと悪戯っぽい笑みを浮かべてそう返せば、流石は色々と多感なお年頃。顔を真っ赤にして言葉を詰まらせた後、困ったように頭を掻いた。


「参ったな……これじゃあ先輩の威厳もなにもあったもんじゃない」


「このアバター相手だから、そう感じるだけさ。リアルのボクがさっきみたいなことを言っても、からかうなと叱られるのがオチだよ」


 何せああもちんちくりんなボクである。

 実際、チビの癖に生意気だー、なんて悪態を吐かれた事だってある。

 自画自賛やナルシストを気取る訳ではないが、なまじ頭が回るというのも、今の世の中生き難いものだ。

 別に望んで手に入れた物でもないのに、何故こうもボクばかりーー


 おっと、思考がアンニュイな方向に逸れた。

 頭を振って、気持ちを切り替える。

 軌道修正。

 視線の隅で、モミジが不思議そうな顔をした。


「どうだいハヤト。街らしいものは見つかったかい?」


 さくさくと雪の上を歩きながら、問いかける。


「いや、今のところは何も。坑道の出口に来訪者の石碑がなかったところを見ると、街までそう遠くはないはずなんだけど……」


「見落としてるだけなんじゃねえか?」


「こんな時に探索に強い盗賊(シーフ)がいたら便利なんだけど、まあ無い物ねだりをしても仕方がないし、地道に探すしかないかな」


 困り顔のハヤトたちのやり取りを眺めていると、ボクの隣でのんびりしていたモミジがあっと声をあげた。ボクを含む三人分の視線が、彼女に集中する。

 そして目を丸くして何を見つめているのかと彼女の視線を追いかけて、その先に佇む“それ”と目が合った。

 金色の、まるで月のような瞳。

 身体は真っ白な体毛で覆われ、三メートルはありそうなその巨体を、ボクの胴ほどはありそうな太さの脚が支えている。

 細長い顔の先、白い息を吐き出す口元には鋭い牙が見え隠れしていた。

 それは、巨大な狼であった。


「えっと、コタロウの親戚だったりする?」


「ンなわけねえだろっ!」


 ほんの数瞬、思考を巡らし、口をついて出たのは実に下らない台詞。それに鋭いツッコミを返しながらも、コタロウの表情は穏やかではない。


「あれ、敵性モブに見える?」


「どうだろう。もしそうなら、少なくともフィールドボスぐらいの強さはありそうだけれど」


「でもでも、すっごいもふもふだよ?」


 最後の一人は無視するとして。

 ボクは少し離れた場所に立つ狼へと視線を戻す。

 敵意、なんて曖昧なものはあてにしない。あんなもの感じ取れるのは漫画の中だけだ。

 だが、少なくとも今すぐに襲ってくる様子はない。こちらの様子を伺うように、左右にうろうろしながら、時折唸り声をあげている。


「どうする。逃げるか?」


「いや、下手に刺激しない方がいい。もしかしたら友好NPCかもしれないし」


 その時、僅かに身構えるコタロウに刺激されてか、相手方に動きがあった。地面に鼻を近づけ、こちらの匂いを確かめるようにゆっくりと歩み寄って来たのだ。

 これには流石に、ボクたち全員が身を固くした。

 いつ襲いかかってくるかわからない。張り詰めた空気が流れ、ごくりと、誰かが喉を鳴らした。

 やがてこちらの目と鼻の先まで近づくと、狼はおもむろにその顔をあげ――


「なんだ、我が同胞(はらから)の匂いがしたので来てみれば、これはまた珍妙な顔ぶれだな。我らの土地で何をしている」


 ぐるると喉を鳴らしながら、そんな事を口走った。

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