お稲荷様とニンジャ=サン
大変お待たせ致しました(土下座)
「ちょ、ちょっと用事があって近くまで来たから、ついでに顔を見に来てあげたわよ。あ、あくまでもついでなんだから、勘違いしないでよねっ!」
久しぶりに顔を会わせた矢先である。第一声にそんな風な台詞を口にしながら、見目麗しいお姫様は、その艶やかな黒髪を揺らした。
僅かに頬を朱に染め、左手は腰に、右手の人差し指で鋭くこちらを指差すその姿は実に堂に入っており、それはまるで、古きよき伝統を体現するかの如く。
ともあれ、設定上、という言葉が頭につくものの、この世界においては間違いなくやんごとない身分の御方である。いつまでも、こんな小ぢんまりとした平屋の玄関先で立ち話をさせていいものではあるまい。
とりあえずは中に案内すると、彼女は我が家をぐるりと見回して、さも興味深そうに声を漏らした。
「ふぅん。随分と質素な家に住んでいるのね」
「そりゃあ、お姫様から見れば質素だろうけれど、ボク一人がのんびり暮らす分には、これで十分なのさ」
勿論、これよりも立派な、それこそ武家屋敷のようなマイホームを持つことも可能だ。お値段も相当のものになるが。
しかし、基本的に自分一人、せいぜい友人を二、三人ほど呼ぶかどうかというボクにとって、だだっ広いだけのお屋敷なんてどう転んでももて余すだけである。ならば、このぐらいの、質素に見える程度が丁度いいというものだ。
「あら、別に悪く言ったつもりはなかったのだけど。少なくとも、無駄にお金をかけて見栄を張ったようなところより、よっぽど立派だわ」
それはもしや、お姫様ジョークというやつだろうか?
あんな、立派な天守閣までそびえるお城に住んでいるやんごとない御方とは思えぬ台詞に、ボクは餡蜜と三色団子を乗せた盆を危うくひっくり返しそうになった。
そして、その様子をさも不思議そうに、こてんと小首を傾げて見ている辺り、どうやら冗談ではないらしい。
「あのね、私だって好き好んであそこに暮らしている訳じゃないのよ。考えてみなさいよ。金屏風やら高価な茶器やら、女の子がそんなの欲しがるわけがないでしょう?」
綺麗な着物は好きだけど。
そう締め括り、餡蜜を口に放り込むお姫様を眺めながら、雅な世界もなかなか生き辛そうなものなのだなあ、なんて、三色団子を咥えながら、ボクはそんな風なことを考えていた。
幸い、用意した甘味は彼女の口に合ったようで、しかめっ面だったその表情が次第に元の端正な顔立ちを取り戻し、餡蜜を完食した頃には、気難しいお姫様はすっかり上機嫌になっていた。
ふと、穏やかになったその瞳と視線がぶつかる。
咳払い。
「ま、まあまあってところね!」
頬を染め、視線を顔ごと反らしながらそう言うものの、目の前には綺麗に空となった器が一つ。
なんとも天の邪鬼なお姫様に苦笑しつつ、内心ではちょっとした悪戯心がむくむくと膨れ上がってくる。
三色団子の最後の一本を平らげた後、ボクはこれ見よがしに息を吐いてみせた。
「そうか、やはり高貴な御方の舌には合わなかったか……。いや残念だ。もし口に合ったのなら、他にも是非召し上がってもらいたい品が沢山あったのだけれど」
しかし、一国のお姫様に対して口に合わない物をお出しするなど、それこそ恐れ多い事であると、ボクはつい緩みそうになる口元を袖で隠しながら言った。
すると、カグヤ姫は大きな瞳をさらに大きく見開いて、あーだの、うーだのと、池に顔を出した鯉のように口をぱくぱくさせた後、またそっぽを向いてこう続けた。
「べ、別に不味いだとか、口に合わないとは言ってないわよ? それに、せっかく作った物を無下に扱う訳にもいかないし……。ど、どうしてもと言うのなら、食べてあげない事もないというか……」
そう言いながらも、横目でちらりちらりとこちらの様子を伺うその姿が余りにも可愛らしく、これがかの竜姫その人なのかと、ボクは可笑しくなってたまらず顔を背ける。
しかしそれがいけなかったのだろう。いくら顔を袖で覆ったとて、震える肩は隠しようがない。あえなくボクは他愛のない悪戯を見咎められ、顔を真っ赤にしたカグヤ姫に、他愛のないお小言を頂く事と相成るのだった。
「ほんっとうに、貴女たち妖狐族ってどうしてこう捻くれてるのかしら!」
頭にブーメラン刺さってますよ。
なんて事が言えるわけもなく、ボクは怒れる竜を鎮めるために、台所から手製の羊羮と、最近レベルが上がって作成出来るようになった金平糖を取り出し、彼女の前へと差し出した。
「まあ、そう目くじらを立てずに。こっちの金平糖は自信作なのだけれど、どうだろうか?」
「あのね、私がこんな甘味程度で――あ、これ美味し……んんっ! この程度で誤魔化せると思っていたら、大間違いなんだから!」
どうやら、どちらともお口に合ったようである。一瞬の間、ふっと解れた眉間の皺を見て、ボクは静かにそう確信した。
実はお土産用にと別に包んだものを用意していたのだが、この様子なら無駄にならずに済みそうだ。
「……貴女、陰陽師なんてやっているより、甘味処の女将でもやった方が似合うんじゃない?」
狐、ひいては稲荷が経営する飲食店。実にご利益がありそうな感じではあるが、残念ながら今のところは店を構えるという考えはない。
彼方に見える火の山であったり、王国の北に連なる山脈を越えた先にあるヨトゥン雪原だったり、未だ見ぬ光景、未だ踏破していない場所もこの世界にはまだまだある。
それらを堪能し尽くすまでは、ゆっくりとお店を開いている時間なんてこれっぽっちもない。
そうカグヤ姫に力説すると、彼女は羊羹の最後の一切れを飲み下し、お茶を啜った後で呆れたような視線をこちらに向けた。
「本当に、貴女たちは偏屈な人間が多いわね。危険な場所に、意気揚々と乗り込んでいくのなんて、貴女たちぐらいなものよ」
ため息混じりにそう言って、カグヤ姫はおもむろに二度、柏手を打った。
いったい何のつもりかとボクは首を傾げ、しかし次の瞬間、目の前で起こったことに目を丸くする。
突然、頭上でがたりと音がしたかと思えば、天井裏から黒装束に身を包んだ何者かが、音もなくカグヤ姫の背後に降り立ったのだ。
すわ何者かと身構えるボクにカグヤ姫はしたり顔で微笑むと、背後の黒装束に顔を向けぬまま、何かを催促するように、胸ほどの高さにまで右手を持ち上げた。
「ハンゾウ、例のものを」
カグヤ姫がそう言うと、背後に控えた黒装束がすすっと足音も立てずに傍へと寄り、懐から何やら取り出し、その白くしなやかな手のひらへ置いた。
そして、彼女の傍へと寄った事で、とうとう黒装束の全身が露になる。
顔全体を隠す覆面。額には鉢金を巻き、背には刀。手甲、脚甲を付けたその姿は、正しく――
「忍者か……見るのは初めてだ」
そう、それこそは古くから伝わる正統な、時代劇に登場しそうな忍の姿であった。
人様の家の天井裏から現れた件に関してはさておき、彼ーー露出した部分が目元のみである為、もしかすれば彼女なのかもしれないがーーは満足げに頷くカグヤ姫へと静かに目礼を返すと、また物音一つ立てず、我が家の天井裏へと消えていく。
まさか一国の姫が、真っ昼間とはいえ護衛もつけずにここまでやって来たのかとずっと疑問に思っていたのだが、なるほど、誰にも気取られぬよう忍たちがカグヤ姫を守っていたと、そういう事らしい。
「さっきのはジパング忍軍頭領のハンゾウよ。ふふん、都で評判の凄腕陰陽師も、流石に気がつかなかったみたいね!」
どこか誇らしげにそう胸を張るカグヤ姫に、ボクは苦笑を返す。
しかし忍者、忍者かあ。
心の中でそう反芻しながら、忍者が消えていった天井を見上げる。
「忍者というからには、やっぱり忍法が使えるのかな? ほら、分身の術だったり、口から火を吹いたり」
変わり身や火遁、水遁をはじめとする忍法は、まさしく忍者の華だ。
軽やかな身のこなしに、鎖鎌や手裏剣を巧みに使いこなすその姿も魅力的ではあるが、やはり一番の魅力といえば、両手で印を組んで操る様々な忍法だろう。
だが、僅かながらも期待に胸を膨らませるボクとは逆に、カグヤ姫はきょとんと目を点にして、小首を傾げていた。やがて桜色の唇が、ゆっくりと言の葉を紡ぐ。
「分身したりはするでしょうけど……口から火を吹くってなに? 大道芸?」
まるきり訳がわからないといった風に零れ落ちたその言葉で、場になんとも言えぬ沈黙が流れた。
その表情を見るに、どうやら冗談を言っている訳ではなさそうだ。
とりあえず湯呑に淹れたお茶を一口飲み下し、一息吐いた後でボクは尻尾を一振りした。
「いや、火遁の術とか、水遁の術とか使うんじゃないのかい?」
「いやいや、たしかに忍法にそういった術があるって聞いた事はあるけれど、どれも専用の道具を使うものであって、口から火を吹いたりはしないわよ。それってどちらかといえば妖狐族の領分じゃないの?」
ボクは内心頭を抱えた。
なるほど、なるほど。つまりは、そういう事である。
どうやらこの世界における忍者は、アニメや漫画に登場するファンタジー色が強いものではなく、どちらかといえば現実に近いものであるらしい。
カグヤ姫曰く、手裏剣やまきびしといった道具は使うが、忍法はけっして妖術や魔法じみたものではなく、火薬などを用いて敵を錯乱したり、不意を突いたりする為の技術であるという。
「そもそも忍びっていうのは諜報やら暗殺やらが主な仕事なのに、人目に付きやすい派手な術なんて編み出してどうするのよ。そりゃあ、中には妖術じみた術も使うみたいだけれど、それだってきっと地味ぃなやつよ?」
忍者を志すプレイヤーのうち、六割強の心がへし折れた瞬間であった。
この情報は、あとから拡散しておいた方がいいのだろうか……いいのだろうなあ。面倒臭いが。
いや、もしかしたらもう他のプレイヤーが同じような情報を手に入れてる可能性だってある。後ほどハヤトたちに確認をとってみよう。
一番確実なのは例の情報屋。Kittv-Guvさんに訊いてみるのがいいのだろうが、こちらから会いに行くほど彼を好いてはいないのでこれは却下である。
急に考え込んだボクを怪訝そうに見つめながら、カグヤ姫は先程のハンゾウという名の忍者から受け取った巻物をこちらへと差し出した。
「さて、それじゃあ仕事の話をしましょうか。貴女には、私の使者として王国に向かってもらうわ」
巻物を受け取り、訝し気にそれを見つめていたボクにカグヤ姫が長い黒髪をかき上げながら告げる。
「今回貴女に取ってきてもらう宝は、銀の根と金の茎を持ち、真珠の実が生るという、【蓬莱の玉の枝】よ。それは王国のカメリア姫にあてた、私からの親書。それを見せれば、彼女から詳しい話を聞けるはずだから、まあ、頑張ってね」
何やら含みのある言い方である。
かのカメリア姫は聖女と呼ばれ、国民は勿論の事、プレイヤーからも高い人気を誇る美姫だと聞いているのだけれど、もしや実際には彼女も相当なじゃじゃ馬だったりするのだろうか。
「まあ、ある意味ではお転婆な子なのかもね……って、彼女もってどういう事よ!」
どういう事かと問われても、まあそういう事である。
忍びを護衛につけているとはいえ、甘味の為にわざわざ下町に降りてくるお姫様がじゃじゃ馬でなければ何だというのだろうか。
「だから、ここには偶然、別件で近くまで来ていたから寄っただけで、別に貴女に会いに来た訳じゃ――と、とにかく! この私が直々に足を運んであげたんだから、きっちりと仕事はこなしなさいよ! 失敗なんてしたら、ただじゃおかないんだから! 甘味、ご馳走様でした!」
勢いよく立ち上がり、玄関の時と同じようなポーズでこちらを指差すと、カグヤ姫は赤くなった顔を隠すように慌ただしい様子で我が家を飛び出していった。
最後にしっかりと礼を言って帰っていった辺り、やはり根は良い子なのだろうと思うものの、あの落ち着きのなさはもう少しどうにかした方がいいのではないだろうか。そう、例えばあの忍者のように――いや、それは流石にやりすぎか。
そんな下らない事を考えながら、ボクは天井を見つめ、残された食器の後片付けを始める。
お姫様が去り、それを追って天井の忍者もいなくなった我が家は、いつもより少しだけ広く感じた
タイトルがあれですが、別に爆発四散もあからさまにニンジャしたりもしません。
アサシン的なものだと思って頂ければ。
忍者は口から火を吹いたりしない。いいね?




