お稲荷様と大立ち回り
お待たせしました。
騰蛇。
朱雀と同じく火神に属し、その姿の通り巳の方角、南東を示す十二天将の一角である。
炎を纏い、鋭い牙で敵を切り裂き、巨大な尾で薙ぎ払うその姿は実に頼もしい。
流石はかの十二天将、畏怖を呼び込む者。
ボクのような弱輩に御しきれているのが、些か不可解ですらある。
「あの野郎、召喚士か! 野郎共、まずはあの狐野郎から狙え!」
騰蛇が暴れ回るその向こうで、頭領の男が声を張り上げる。
いや、ボクは野郎ではないし、召喚士ではなく陰陽師であるのだが。
少しむっとして男を睨み付けてみれば、思ったより肝っ玉が小さいのか男は怯んだように表情を強張らせ、僅かに後ずさった。
しかし、考えてみれば海を隔てているとはいえ、互いに貿易などを行っているフンダート王国でさえ陰陽師という職業は余り知られてはいなかったのであるし、遥か遠い地であるこの国に暮らす人々がそれを知り得なかったとしても、それは無理もない事だと言えるだろう。
雄叫びをあげ、曲刀を振りかざしながら男たちが殺到する。
騰蛇の猛攻を掻い潜り、なお戦意衰えない猛者たちではあるが、いかんせん視野が狭すぎると言わざるを得ない。
男たちがボクの元へと辿り着くその直前、彼らに横合いから襲い掛かる影があった。
「すーぱーいなづまキィーック!」
めしゃ。
おおよそ人体から発せられるには物騒すぎる音と共に、先頭にいた男が短い悲鳴をあげて来た道を引き返すように後方へと吹っ飛んでいく。
台詞にすれば、おうふ、だろうか。いや実際はうわらば、かもしれないが、まあそれはどうでもいい。
飛んできた、仮にも仲間であろう男を一瞥すらせずさっと身を躱す他の連中もなかなか薄情ではあるが、それよりもボクは今、隣でドヤ顔を決める少女に戦慄していた。
「拳闘士に、あれほどノックバックする攻撃スキルってあったかな?」
「あ、さっきの技? 崩天脚っていうスキルなんだけど、普通はあそこまで吹っ飛ばないよー」
どうやらその秘密は装備しているグリーブにあるらしく、なんでもノックバック増加の効果が付与されているのだという。
そういえば、プレイヤーメイドであればその辺りも割と自由に設定出来たのであったか。
生産職のプレイヤーが装備品を作成する際に、専用のスキルを使用することでその装備品に様々な効果を付与する、所謂エンチャントというものである。
素の防御力やステータス補正の数値では一歩及ばないプレイヤーメイドの装備品を好んで使うプレイヤーがいる大きな要因でもあるのだが、それはともかく、今は目の前の敵に集中するとしよう。
あちょー、と気の抜けた声と共に、つくねが敵陣の只中へと吶喊していく。
敵のレベルからして、流石に千切っては投げとはいかないが、範囲攻撃スキルも使用しての猛攻は敵のヘイトを稼ぐには十分すぎる効果を発揮していた。
ともあれ、あまり放置するわけにもいかない。なにせこちらには、体力を回復する為の手札が圧倒的に足りていないのだから。
と、そこでボクは、傍に浮き上がったままの騰蛇の呪符が赤く点滅している事に気が付いた。
どうやら強力な分、呼び出していられる時間はそう長くないらしい。
最前線で暴れ回っていた騰蛇に指示を飛ばし、ボクのすぐ傍まで引き戻す。
当然、騰蛇の相手をしていた敵がこれ幸いとこちらへ襲い掛かってくるのだが、こちらとて考え無しに騰蛇を呼び戻したわけではない。
「さて、それじゃあとっておきだ」
騰蛇の呪符に指先で触れ、宙を滑らせるように右へと振るう。
するとそこに呪文のような文字列が浮かび上がり、騰蛇の纏う炎がひと際大きく燃え上がった。
残り少ないMPを消費し、ボクは己の式神へ命じる。
「我が敵悉く焼き払え、急急如律令!」
ボクと騰蛇の足元に五芒星が浮かび上がると、騰蛇はその巨大な鎌首をもたげ、その身体を大きくしならせる。その様は矢を番え、今まさに放たんとする弓の姿に似ていた。
何事か、と巨大な蛇を見上げる男たち。
そして足元の五芒星が一際大きく輝くと、その直後、騰蛇がその咢を裂けんばかりに開き、悍ましい雄叫びをあげる。
使役しているはずのボクでさえ身震いする雄叫びの後、その口内から放たれたのは青白い、全てを焼き払わんとする地獄の業火であった。
薙ぎ払うようにして、騰蛇から扇状に放たれたそれは呆気にとられていた男たちを容赦なく飲み込み、爆発を引き起こす。
怪獣映画もかくやという光景であるが、しっかりと効果範囲を把握した後使用しているので、近くで戦っていたつくねに被害はない。
尤も、このゲームにはフレンドリーファイアが存在しないので、巻き込んでいても彼女だけはノーダメージで済むのだが。
ちなみにこの騰蛇固有のスキルだが、使用するにあたって毎回あのような、中学二年生が歓喜しそうな台詞を吐かなければならないかといえば実はそうでもなく、コマンドの入力や呪符の操作だけで十分だったりする。
ではなぜ言ったのかと問われれば、なんとなく空気で、としか言いようがない。
いや、つくねもスーパー稲妻云々と技名を叫んでいたし、ある程度は許されると思ったのだ。
一度は言ってみたい台詞であったし、急急如律令。 実に陰陽師っぽい。
そして残念なことに、この固有スキルは召喚中に一度きり、使用後は強制的に呪符に戻ってしまうという欠点も抱えている。強力ではあるが、なかなか使いどころが難しいスキルと言えるだろう。
さてさて、演出的には随分と大袈裟な技であったが、威力としては術者の知力に依存する。
つまり、強力な攻撃には変わりないが、見た目ほど一撃必殺という訳にはいかない訳で、立ち昇る火柱の中から随分ぼろぼろになった男たちが、それでも五体満足の姿で現れるのは必然とも言えた。
それでもかなり体力を削ったようで、この様子であればあと一、二撃攻撃を加えれば、それはもうばったばったと倒れてくれる事だろう。
MP回復ポーションをぐいと呷り、騰蛇を運用して消費した分のMPを回復する。
吹けば倒れそうな敵ばかりとはいえ、こちらとて耐久力には自信のない後衛職。決して油断して良い状況ではない。
勝って兜の緒を締めよ、である。
手にした扇でゆっくりと、嫋やかに前方へと風を送り込み、同時にスキルを発動。 送り出された風はどんよりと淀み濁ったものへと変わり、男たちに纏わりつくように広がっていく。
上級妖術【土蜘蛛】。 範囲内の敵に【病気】の状態異常を付与するスキルである。
【病気】はバッドステータスの一つで、効果は移動速度低下とスリップダメージの付与。
生憎とボスモンスター等には移動速度低下の効果は発揮されない事が多いのだが、それでもスリップダメージを与える事が出来るこのスキルはとてもありがたい。
激しくせき込み、倒れ伏す者まで出始める中で、それでも尚こちらを睨み付ける者があった。
後方で指示を飛ばしていた、頭領の男である。
彼自身も【土蜘蛛】の効果範囲に入っていた筈なのだが、やはり頭領だけあって手下の連中よりレベルが高いのか、さほどダメージは与えられていないようだ。騰蛇が暴れていた際に、彼一人が安全圏で傍観を決め込んでいた事も大きい。
男はぐったりした手下たちを見て舌打ちを一つ、砕けんばかりに歯を食いしばりながら、ぎらぎらとした視線をこちらへと向けた。
「くそっ、くそっ、くそっ! 俺は天下の大盗賊カンダタ様だぞ、こんな小娘共にやられてたまるかよ!」
カンダタと名乗る男はそう吐き捨てると、目の前に蹲っていた手下の一人を蹴り飛ばし、先程までの剣幕が嘘だったかのように一目散に逃げ出した。
まさしく脱兎の如くといった具合で、まるで振り返る様子すらない。
蹴り飛ばされ、たたらを踏みながらこちらへと向かってきた男の頭頂部へ扇を振り下ろしながら、ボクとつくねはその潔さすら感じさせる見事な逃げっぷりに目を丸くした。
水を打ったような沈黙。
「って、待てこのー!」
当然、いち早く事態を把握したつくねがそのあとを追い、ボクも苦笑いを浮かべながらそれに続く。
まさかの殲滅戦から、追撃戦へと状況が変移したようである。
幸いな事にこの道は出口までずっと一本道であるので、途中で見失うような事はないだろう。
声が届く範囲にまで迫る事が出来れば、陰陽師の持つスキルで何とかなりそうなのだが、どうだろうか。
しかしそこは流石の拳闘士、つくねは肩幅ほどしかない狭い坑道の中を、まるで一本の矢の如く駆け抜けていく。
俊敏値がそう高くはない妖狐族、そして陰陽師であるボクでは、彼女の背中を見失わないように追いかけるだけで精いっぱいである。
そうして一、二分程追いかけていくと、やがて前方から野太い叫び声があがった。
どうやらつくねがカンダタに追いついたようだ。
「さあ、観念しろー!」
二人の姿が見えるところまで追いついた時には、カンダタは肩で息をしながら地に片膝をつき、その前でつくねが何やら鶴やフラミンゴに似た、片足をあげた奇妙なポーズをとっていた。
そういえば先ほどはあちょー、なんて叫んでいたし、恐らくは中国拳法か、あるいは功夫のつもりなのだろう。
「くそがっ、捕まってたまるかよォ!」
だが、その余裕がいけなかった。
つくねの隙を突き、カンダタは懐から卵程の大きさをした球状のアイテムを取り出すと、それをつくねの足元へと投げつけた。
すわ爆弾かとボクは肝を冷やすが、それは小さな爆発音と共に砕け散り、辺りに何やら白い粘着質な液体を飛び散らせるのみに留まる。
ぎゃあと、つくねが悲鳴をあげた。
どうやら飛び散った液体の正体は、とりもちのようであった。
引きはがそうにも纏わりつき、もがくたびにさらに絡みついてくるとりもちに、つくねが顔を青くする。
しかし、うん、なんだろうか。
倫理規定に引っかからないか、とても心配になる絵面である。
「やだやだ、ねばねばキライー!」
「へへっ、ざまあみろマヌケめ!」
とりもちに四苦八苦するつくねを一瞥し、カンダタがまたも逃走を図ろうと立ち上がる。
だが残念、そこはぎりぎりこちらのスキルの範囲内だ。
遁走せんと足に力を入れるカンダタの背に向かい、ボクは目的のスキルを発動した。
「カンダタ、動くな!」
ボクがそう命じた途端、ぴたりとカンダタの動きが止まる。
突然の出来事にカンダタが目を見開き、慌てて身体を動かそうとするも、彼の身体はまるで蝋で固められてしまったかのように微動だにしない。
これが陰陽師のスキル、言霊【縛】だ。
一定時間、だいたい二、三秒ほど相手を硬直させるスキルであるが、レジストされずに発動したようで何よりである。
「くそっ、なんだこりゃあ!」
いまだにもがき続けるカンダタの背を乗り越え進路を塞げば、反対側には般若の如き形相を浮かべたつくねが。
気のせいか周囲の空気が陽炎のように揺らめき、ボクはその背に巨大なロック鳥を幻視した。
ぎぎぎ、とカンダタが油の切れた機械のようなぎこちなさで、彼女の方へと振り返る。
あちゃあ、とはボクとカンダタ、どちらの口から出た声であったか。
「いや、違うんだお嬢さん。」
「エッチなのは、いけないと思いますー!」
「ヤッダーバァアー!」
顔を真っ赤にしたつくねの豪脚が、振り向いたカンダタの顔面を正確に打ちぬいた。
何やら思わぬハプニングもあったが、無事クエストをクリア出来そうで何よりである。
奇声を上げ、きりもみ回転しながら飛んでくるカンダタを見やりながら、ボクはそんな事を思うのであった。
なお、飛んできたカンダタは扇できっちり打ち返した。
【崩天脚】
敵を蹴り上げ、僅かに後退させる攻撃スキル。
ノックバック距離は筋力依存。
※式神の特殊技は十二天将のみ使用可能




