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お稲荷様ののんびりVRMMO日和  作者: 野良野兎
WAVE-III そして至る道
55/103

お稲荷様と翼の少女

お待たせしました。


 太陽の街ヘリオスからずっと南下していくと、やがて巨大な大地の裂け目が見えてくる。

 底が見えないほど深いその渓谷こそ、かつてヘリオポリスを治めた王族たちが眠る場所、王家の谷である。

 王族に許しを得た限られた人間のみが足を踏み入れる事が出来る神聖な場所であり、谷底へと続く道は衛兵が守る関所の先にある、崖際に作られた蛇のような細道だけだ。


「ふむ、確かにこれはイリス様の印。よし、通ってよいぞ」


 丸太のような腕をした、屈強なリザードマンの戦士に通行証を見せ、脇を抜ける。

 ずうっと下へと延びる手すり代わりのロープを掴み、ふっと谷底を覗き込んでみると、奈落の底から吹き上げる突風に前髪を乱されてボクはわっと声をあげてしまう。

 慌てて前髪を押さえ、咳払いをして気持ちを切り替えると、点々と続く松明の火を頼りに谷を下っていく。

 そうするとやがて幾つもの洞穴が空いた、薄暗い谷底がその姿を現した。

 至る所に国旗とみられる物が立てられ、神殿らしき建造物も見える。

 恐らくは墓荒らし対策として作られたダミーも幾つかあるだろうが、ボクの今回の目的は王墓の発見ではなく賊の討伐であるので、とりあえずは手近なところから探してみるとしよう。


 しかしまあ、相手は盗賊、それも王族の墓をあばこうなどという罰当たりな連中である。

 そんな連中がどこかに潜み、襲ってくるかもわからない以上、最低限の備えはしておくべきだろう。

 そう考えてボクは懐から一枚のお札を取り出し、ふっと息を吹きかけて目の前に放つ。

 すると、ぼふん、という効果音のあと、大きな水瓶を手にした青い肌の小鬼が現れた。

 ここのところあまりソロで動いていなかったので呼び出すのは久しぶりだが、陰陽師が扱う式神の一体、前鬼と対を成す者、後鬼である。

 前衛よりの能力を持つ前鬼とは真逆で、こちらの後鬼は回復やバフなど、後衛としての援護を得意としている。

 ちなみに見た目は前鬼とそっくりなのでわかり辛いが、性別は女性だ。

 

「周りの警戒を任せる。敵がいたら知らせるように」


 呼び出した後鬼にそう命じ、ボクは目に入った適当な洞窟の中を覗き込む。

 一見すれば薄暗い、なんの変哲もない洞窟に見える。

 幾らなんでも歴代の王族なんていう、それはそれは尊い方々の御遺体を、こんな薄汚れた埃っぽい穴倉に埋葬したりはしないだろう。

 墓荒らしの連中だってそう考えるはずだ。

 だがそれは、何も知らない人間ならばこう考えるだろうと、ならばそれと逆に打ってみようと、一見そうとは見えないところに墓を隠す理由にもなりえる。

 まあ結局のところ、こういった考えはいたちごっこになって結論なんて出せはしない。

 ではどうするか。 答えは単純明快、自身の直感に従えばいい。


 という事でボクは辺りで最も目立っている、所々が風化して崩れた神殿の脇にある小さな洞窟へと足を向けた。

 無造作に掘られた入り口からは微かに風の音が漏れ、松明の光がうっすらと辺りを照らしている。

 さて、それでは中を探索してみようかと洞窟の壁に手をつき、内部を覗き込んだところで背後からぎいぎいと袖を引くものがあった。振り返って見れば、何やら慌てた風の後鬼が、しきりに何かを指差している。  

 何事かとその指が指し示す方、もう随分と小さくなった空がある頭上を見上げると、その先には何やら影のような物が。小さく、何やら叫び声のようなものも聞こえてくる。


「――てー!」


 日の光を背にしているため、ぼんやりとしたシルエットだけしか認識できないが、どうやら人間のようだ。

 ぎいぎいと声をあげ、急かすように後鬼がボクの手を引く。

 ふむ、ぱっと見る限り、ここに立っているとどうにもぶつかってしまいそうだし、とりあえず安全な場所まで退避するとしよう。

 

「たーすーけーてー!」


 効果音にすると、ぼふん、といったところだろうか。

 察するに渓谷の入り口から落っこちてきたようだが、数百メートルはあろうあの高さから落下して、ぼふんで済んでいるのだから流石はゲームである。 あるいは何かスキルでも使っているのか。

 辺りを覆い尽くす程の砂埃が舞い上がり、これはたまらないとボクは口元を袖で覆って、さらに後方へと退散した。


 しばらくして砂埃が収まると、その中心には目を回したプレイヤーの姿が。

 羽の刺繍が入ったチューブトップにホットパンツ姿の少女で、その露出度の高い装備もさることながら、それ以上に目を引くのはやはり彼女の両腕だろう。

 彼女の両肩からは、明らかに人間のそれとは異なる巨大な翼が生えていた。

 ハーピー族。それも珍しい、両腕が完全に翼になったタイプのアバターである。 

 本来のハルピュイア、ハーピーに準じた姿ではあるのだが、これが意外とプレイヤーには毛嫌いされていたりする。

 理由は単純、装備枠が減るのだ。

 インターフェースやアイテムを使用する際にはシステムの補助もあってそう不便はしないそうだが、手に持つタイプの武器は装備できないし、指輪などアクセサリ系の物も同様に、身に着ける事が出来ない。 まあ、実はアクセサリに関しては脚部、足首や指先に装備できるらしいが。

 そんな訳で、プレイヤーでも彼女のようなタイプはかなり色物扱いされており、ハーピー族でキャラメイクを行う際は、先に出会った女王のように、背中から翼を生やしたアバターにする事が多い。

 ある意味で、このゲーム唯一の不遇種族ともいえる。

 

「しかし、この人どこかで……」


 埃っぽくなった身体を、数だけは多い尻尾をモップ代わりにしてはたきながら、ボクは頭上に星を回しながら伸びている少女を見つめた。

 燃えるような赤い髪、赤い翼、白銀のグリーブに覆われた足先からは、女王と同じように鋭いカギ爪が伸びている。

 装備の構成からして前衛のアタッカー、短剣は装備していないようだし、拳闘士(グラップラー)だろうか。


――ひっさーつ、ハイパーイナズマキーック!


 と、そこまで考えて、ボクははっとする。

 思い出した。 あの公式イベントで上空から飛び蹴りを敢行し、巨大なボスモンスターを怯ませていたあのハーピー族の少女である。

 直後にボスの熱線によって蒸発してから顔を合わせる事はなかったが、まさかこんなところで再会する事になるとは思ってもいなかった。


「ううーん、頭がぐわんぐわんするよぉー」


 そうして観察していると、やがて彼女は頭をゆらゆらと揺らしながら、おぼつかない足取りでなんとか立ち上がった。身体つきはボク(タマモ)よりは少し小さく、どちらかといえばリアルのボクの体形に近い。

 しかし千鳥足の妖鳥(ハーピー)とはこれまた、なんとも面白い。

 いや、馬鹿な事を考えている場合ではない。

 ボクは頭を振って邪念を払うと、今にも尻餅をつきそうな女性へ声をかける。


「大丈夫? 随分と派手に落ちてきたようだけれど」


 少女はいまいちピントの合っていない瞳でボクを見つめると、にへらと人懐っこい笑みを浮かべ、ばさばさと両手の翼――両翼と言った方がいいのだろうか――を羽ばたかせた。


「だいじょーぶーだよー? いやあ、しっぱいしっぱい」


 どうやらまだまだダメージが残っているようである。

 素面でこの状態であるならば中々個性的な少女であるが、イベントの時はもっとしゃんとしている印象であったし、まあ寝ぼけているだけだろう。

 頭を揺らしながらあっちにふらふら、こっちにふらふら歩き出した少女を眺めながら、やれやれとボクは溜息を吐き、スキルを発動させた。

 祓いの儀。対象の状態異常を一つ解除する、陰陽師のスキルである。

 扇を開きその場で一つ扇いでみせれば、清らかな風が彼女の身体を覆い、その身に巣食う邪気を払った。


「お、おおー?」


 どうやら体力は減っていないようであるし、後鬼のスキルは使わせなくても大丈夫だろう。

 しかしこのゲーム、高所から落下した際の落下ダメージはしっかりと適応される筈なのだが、やはりハーピーの種族スキルか何かの影響だろうか。

 彼女は突然発生したエフェクトに目を丸くしていたが、やがて翼を数度羽ばたかせ、身体の調子を確かめるように二、三度その場で足踏みした。


「おー、治ったー! ありがとうキツネの人ー!」


 キツネの人とは。いや、間違ってはいないのだが。

 なんとも無邪気な笑みを浮かべる少女であるが、なんでまたあんなところから落ちてきたのだろうか。彼女はハーピー族なのだし、ある程度飛行は出来るはずだが。

 

「いやあ、それがここって飛んじゃダメなところだったみたいで、とうってジャンプしたら飛べないからびっくりしたよー」


 詳しく聞いてみれば、どうやら飛行できるといっても高度や場所に制限があるらしく、ダンジョンの内部や一部フィールド内では完全に飛行スキルが発動しなくなるのだという。

 そして随分と意地悪な事に、この王家の谷は入り口の関所までは飛行可能エリア、渓谷内部は飛行禁止エリアになっているようで、うっかり確認を怠った彼女は飛行して谷底まで移動しようと飛び上がりそのまま落下、今に至る、と。

 なんとも運営の悪意を感じる仕様である。後で運営にメールでも送っておこう。


 尚、ハーピー族には【風の守り】という種族スキルがあり、これは常に発動しているパッシブスキルで落下ダメージを無効化する効果があるらしい。

 これは飛行中に誤って墜落、落下ダメージで自滅する事を防止する為のものだろう。

 中々悪さ(応用)が出来そうなスキルであるが、彼女は純粋にこのゲームを楽しんでいるように見えるし、余計な事は言わないでおこう。


「とにかく、無事でよかった。名乗るのが遅れてしまったけれど、ボクはタマモ。見ての通り妖狐族で、職業は陰陽師だ」


「つくねだよー! ハーピーで、拳闘士(グラップラー)だよー!」


 ハーピーで、つくね。 焼き鳥が好きなのだろうか。

 そういえば鳥の脚の部分はモミジと呼ばれているし、何かと鳥には縁があるのかもしれない。

 ボク自身は捕食する側の狐であるので、なんとも複雑な気分であるが。

 話をしてみると、どうやら彼女も女王からの依頼で王家の谷にやってきたらしい。

 ボクとは違い、元々のクエストは王都におわすフンダート国王から依頼されたものだというが、どうやらどの重要NPCから依頼を受けても、最終的には似たような流れを辿る様にできているようだ。

 

「そうだ、折角だし一緒にクエストやろうよ!」


 ばっさばっさと両翼を動かしながら、天真爛漫な笑顔を浮かべるつくねを見て、なにやら餌をねだるひな鳥のようだな、とボクは少し可笑しくなった。

 まあ、実際はボクより年上である可能性の方が高いのだろうけれど。

 元々はソロで挑むつもりだったが、クエストの内容的に一対多の戦闘になりそうであるし、こちらとしてはつくねの申し出を断る理由は無い。


「まあ、つくねの足を引っ張らないように頑張るよ」


「私も頑張るよー! 飛べないけどね!」


 えいえいおー。

 そんな元気な声と共に翼を振り上げ、大股で洞窟へと向かう彼女の背中を眺めながら、今回も退屈しなさそうだなと、ボクは笑った。

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