お稲荷様と第一の門
お待たせしました。
慌てて駆け寄ったチャーハンさんと共にハヤトたちが宝箱を開けると、中には幾つかの武器と銀色の鍵が収められていた。鍵の方は全てで六本、これは今回が初クリアとなるプレイヤーの人数に応じた数がドロップするようだ。
【銀の鍵】
奇妙な模様が刻まれた銀の鍵。
連なる時空への門を開く。
アイテムの説明としてはこういったところである。
連なる時空というのが凄く気になる部分ではあるが、まさか旧支配者云々だの、SAN値直葬な空間に飛ばされるわけではあるまい。
気になったのでチャーハンさんに尋ねてみれば、まだそういった情報は入っておらず、あくまで新エリアへと向かう為に使用するだけらしい。
そして気になる武器であるが、運が良い事に陰陽師用の物も一つ入っていた。
【五芒星の妖扇】
五芒星が描かれた大きな扇。
中央に描かれた目玉には魔力を高める効果がある。
装備してみればなるほど、これまでにないその性能の高さに驚かされる。
デザインの不気味さに目をつぶれば、たしかに現時点では最高の品といえるだろう。
ちなみに武器は扇、両手剣、魔導書の三つがドロップしており、両手剣は適正があるチャーハンさんかハヤトのどちらか、という話をしたところで、実はチャーハンさんはすでに一本入手していたらしく自然とハヤトが入手する流れとなった。
お次は魔導書であるが、これは当然魔法使いのイナバさんの元へ。
不気味なデザインに当人は相当困惑していたが、まあドロップしたボスがボスであるので致し方ない。ちなみにアイテム名は【ナコト・マナスクリプト】である。本当にプレイヤーに持たせて大丈夫な代物なのだろうか。
「さて、それじゃあお待ちかねの新エリアへ行ってみますか」
そうして戦利品の分配が終わったところで、チャーハンさんがボス部屋の奥へと目配せする。
そこには不思議な光を放つ、白銀の巨大な門が佇んでいた。
その中心にはローマ数字でIと刻まれた大きな赤い宝石がはめ込まれ、そこから外側へと無数の蔦のようなものが広がっている。
しかしその門は壁からは離れた場所に佇んでおり、その外見も相まって門としての役割を果たせそうにないように見える。恐らくは、この門自体に何かしらの仕掛けがあるのだろう。
「その名も第一の門、新エリアへと繋がる唯一の場所っすね」
「第一の門って事は、二つ目もあるのか?」
「いや、恐らく第二の門は無いだろう。もしあるとすれば――」
「窮極の門! にゃはーテンション上がってきたー!」
耳と尻尾をぴーんと立たせ、大きな瞳を爛々と輝かせながらムギが扉へと駆け寄っていく。
そんな彼女を目で追いながら、ボクの隣でモミジがこてんと首を傾げた。
「窮極の門って何?」
「あー、まあ、とある神話に出てくる、とある神様がいる場所に繋がっている門の事だよ」
この分だとクトゥルフ神話に関しては全く知らないのだろうと、かなり噛み砕いた説明をすると彼女はなるほどと手を打って大きく頷いてみせた。どうやら納得したようである。
実際には色々ととんでもない神様であるし、その神話自体とてつもなく物騒なものではあるのだけれど、まあ流石にこの手のゲームで旧支配者だの何だのを再現したりはしないだろう、きっと。
やがて門の前へと全員が集合すると、チャーハンさんがメインメニューを操作し、銀の鍵をアイテム化させる。先程ボクたちが手に入れた物と全く同じ物だ。
「門を使うには銀の鍵をこうやって門の前にかざすだけでオッケーです。最初はちょっとしたイベントが発生して時間がかかりますけど、移動した先に【来訪者の石碑】があるんで次からはちゃちゃっと行けますよ」
流石に新エリアで死に戻りしてしまった際の対策は講じられていたようである。
まあそうでなければもう一度このダンジョンの最深部まで潜らなくてはいけないので、当然といえば当然であるのだが。
そこまで説明すると彼は手にしていた銀の鍵をインベントリに収め、代わりにとあるアイテムを取り出した。淡い光を放つ純白の羽、一度訪れた街ならどこからでも移動が可能な消費アイテム、【導きのつばさ】である。
それを見て大体の事情を理解すると、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべるチャーハンさんに首を振ってみせた。
「すみません、俺たちはここで失礼しますね」
「いや、クランとしての活動もあるだろうに付き合わせてしまって、こちらこそ申し訳ない」
「いやいや、こっちも色々と勉強になった。やっぱりたまには身内以外ともやってみるもんだな」
にかっと笑い、力強くサムズアップしてみせるテッシンを見て、傍にいたコタロウがなんとも言えないような表情を浮かべた。
「テッシンさん、本当にメイン職治癒術士で行くんスか? 絶対拳闘士の方が似合ってると思うんスけど……」
「ははは、このアバターでヒーラーをやるから面白いんじゃないか!」
分厚い筋肉に覆われた胸を張りながら、テッシンさんがコタロウの肩をばしばしと叩く。
仲間を癒す治癒術士としては中々のギャップではあるが、それこそがMMOの醍醐味の一つであるし、その点でいけば彼はこのゲームを誰よりも楽しんでいると言えるのだろう。
「それじゃあこの辺で失礼します。また機会があれば、是非声をかけて下さい」
そう言って【導きのつばさ】を使用し、表示されたインターフェースを操作するとチャーハンさんとテッシンさんはやがて柔らかな光に包まれ、光の玉となって天井をすり抜けて飛び去っていった。彼らがアイテムを使用する際、何かの手違いで天井に頭をぶつけないかと期待していたのだが、どうやらそんなアクシデントは起きなかったようである。
「それじゃあ、僕達も行こうか」
「おお、流石に気分が高揚するにゃ」
しかしこれから砂漠地帯に向かおうというのにボクは相も変わらず着物姿であるし、モミジとイナバさんはローブ、ハヤトは重厚な鎧に身を包んでいる。そんな装備で大丈夫か、と思わず疑問に思ってしまうプレイヤーもいるだろう。
なるほど確かに、砂漠なんていう、明らかに気温が高いであろう場所に行くには適さないように見える。しかしそこはそれ、ゲームの世界であるので、このようなアイテムが存在する。
【耐熱のお守り】
所有者を熱気から守る魔法のお守り。
インベントリに入れておくだけで効果を発揮する。
遮断するのは熱のみであり、炎を防ぐ訳ではないので注意。
ちなみにこのアイテムは王都≪フィーア≫やジパングの道具屋で購入出来るので、これから挑もうとするプレイヤーは事前に購入しておくことをお勧めする。
さてそんな蛇足もほどほどに、ボクたちはインベントリから【銀の鍵】を取り出すと、静かに佇む門の前へと歩み寄った。
「さて、じゃあ誰から行く?」
「はーいはーい! 私いきまーす!」
ハヤトの問いかけに元気いっぱい声をあげ、手を振り答えたのはやはりムギであった。
彼女は喜色満面といった風にスキップしながら先頭へと躍り出ると、高々と【銀の鍵】を掲げた。その直後、【銀の鍵】が眩い光を放ち、それと呼応するように目の前の門が淡い光を纏い始める。
ゆらりと、目の前の光景が波打つ。どこからともなくしわがれた老人のような、妖しい女のような、幼い子どものような、穏やかな紳士のような、幾重にも重なり、ノイズが走る不気味な声が響いた。
――汝、至る道へと進む事を望むか?
頭の中に直接響く様なその声に、背後のイナバさんが小さく悲鳴をあげた。
「な、なにこれ、イベント……?」
「成程、パーティを組んでいれば、誰かがフラグを立てるだけで全員同時に発生するのか」
「なんだー、SAN値チェックかー!?」
「流石に100面ダイスは勘弁してほしいところだね」
まあ冗談はともかく、声と同時に目の前に現れたインターフェースを確認すると、そこには先程の質問と、イエスノーのボタンがあった。恐らくは、ここでイエスを選択すると新エリアの砂漠地帯に移動させられるのだろう。さてどうするか。
移動先は同じだろうし、さっさとイエスを選択して移動してしまっても良さそうなのだが、やはりこういったものは皆で同時に押した方がいいのだろうか。
そんな事を考えていると、再びイナバさんの悲鳴が響いた。
何事かと視線を正面に戻すと、そこには淡い光に包まれるムギの姿があった。どうやらこの猫耳少女、我慢できずにボタンを押してしまったらしい。
エフェクトは【導きのつばさ】に類似しているが、あちらが光の玉へと置き換えられたのに対し、こちらは身体の末端から光の粒子へと変わり、崩れるようにしてその形を失っていく。まるで死に戻りするようなエフェクトであるが、ムギの体力ゲージは数ミリも減少していないのでその心配はない。
とはいえ、なかなかに悪趣味な演出である。
「む、ムギさーん!?」
「おお、私、消えるのかにゃ……?」
「意外とノリノリじゃねえか」
コタロウの突っ込みも尤もである。少しぐらいは動揺しているのではないかと心配した、数秒前の自分を全力で殴り飛ばしてやりたい。
ともあれ、これで特に危険も無い事がわかり安心したのか、消え去った彼女を追うようにして各々がイエスのボタンをタップしていく。
「おおー、なにこれ面白ーい!」
「あんまり暑くなけりゃいいんだがな」
何故だか目を輝かせながらモミジが、ため息交じりにコタロウが光となって消える。
「それじゃあ僕もお先に」
そう言ってハヤトが手を振り消え去っていくのを見届けて、ボクは背後のイナバさんへと目を向ける。どうやら先程の不気味な声が尾を引いているのか、彼女の指先は僅かに震えながら、イエスのボタンの前で静止していた。
「大丈夫だよ、ただエリアチェンジするだけだから。【導きのつばさ】と同じさ」
ちなみに光の玉となって飛び去っていく【導きのつばさ】であるが、演出上ああなっているだけで、実際は発動した瞬間に視界が暗転し、数秒後には目的地の出入り口前に立っているので、目的地まで空中散歩を楽しんだり、といった遊び方は出来ないようになっている。
恐らくは今回も同様で、ちょっと目をつぶる程度の時間で新エリアへ行けるはずだ。
「うう、そ、そうですよねえ。ええい、女は度胸! イナバ、いきまーす!」
彼女はそう言って両手で頬を叩いて活を入れると、意を決してボタンを押す。
光に包まれ、最後までちゃっかりボクの裾を掴んで離さなかった彼女が無事に転送されるのを見送ると、満を持してボクもイエスを選択する。
――汝、銀の鍵の門を超えるものよ、汝、彼の門へと至る資格を得たり
光に包まれ、視界が暗転する直前、どこか無機質で冷たい、そんな声を聞いた気がした。
チャーハンは てんじょうにあたまを ぶつけた!




