お稲荷様とお茶会
多数のブックマーク、評価誠にありがとうございます。
何とか本日も投稿することが出来ました。
「へえ、それじゃあモミジちゃんとタマモさんは結構長い付き合いなんですね」
「長いと言っても、サービス開始からだから、まだ一年も経っていないけどね」
始まりの森の手前、町から随分と離れた場所でレベル上げを行う事数時間。
さすがにこの辺で一度休憩しようと、今は三人揃って切り株を椅子代わりにしてお茶会の最中である。これは何も例えの話ではなく、実際に紅茶とクッキーが用意されているのだ。
今も甘い香りを漂わせるそれらの品は、知らないうちに調理師のレベルを上げていたモミジが、こんなこともあろうかと、と見栄を切ってどこからともなく取り出した物である。
どうやら王都を拠点に活動しているうちに手を出していたらしく、他にも簡単な物であれば数種類は作成できるという。
現実とは違い、レシピさえあればさほど手間をかけずに料理ができるから楽でいいよね、とはモミジの言である。
「レベル六十までいくと、やることも少なくなるしねえ。ハヤトたちは毎日金策してるみたいだけど」
「まあ、色々と入用になってくるだろうからねえ」
近々マイホームが購入できるようになる、なんて噂もある。
家を買うとなると相当な出費になるだろうが、なかなか夢が膨らむ話ではある。
それにレベル上限が引き上げられれば、やがては装備を新調する必要が出てくるのだし、今から備えておくに越したことはないだろう。
「タマモさんは、何か生産職に手を付けるつもりはないんですか?」
「ううん、やるとなると裁縫師辺りだろうけど、今はまだそんな予定はないかな」
自分で着物を仕立てたり出来るのは凄く魅力的ではあるが、今はまだ他に優先したい事があるしなあ。王都にだってまだ行っていないし、ジパングの方もまだまだ探索していないエリアがあったりするし。
それに、クズノハさんのお店にある着物も結構気に入ってるし。鬼姫装備はちょっと、あれだったけど。
「そういうイナバさんは生産職に興味はないのかい?」
「私ですか? 私は細工師ですかねー。実は、リアルの方でもアクセ作ったりしてるんですよ」
イナバさんがメインメニューを開き、一枚の画像データを目の前に表示させると、それを見たモミジがおお、と身を乗り出した。
そこにはイナバさんが自作したらしいアクセサリーの数々が映し出されており、ビーズで作られた可愛らしいブレスレットから、手の込んだシルバーの指輪まである。器用なものだなあ。
「凄ーい! これ全部作ったんですか!?」
「いやあ、趣味で作った物ですし、実物はそんなに大したことないですよ」
「いや、これは十分に商品としても通用するレベルだと思うけど」
この桜の花びらをモチーフにしたネックレスとか、実にボク好みである。
しかし、それほど物作りに興味があるのなら、なぜ生産職ではなく、魔法使いをチョイスしたのだろうか。
疑問に思い尋ねてみると、どうやらせっかくゲームの世界にやって来たのだから、ここでしかできない事をやってみたい、というのが理由らしい。
「小さい時から夢だったんですよー、こう、魔法とか、憧れるじゃないですか」
「そういうものなのかなあ」
「タマモは乙女心がわかってないなあ」
失礼な。
確かに少女向けのアニメや漫画はあまり見たことがないが、これでもれっきとした乙女なのである。
言ってて自分でも首をひねりたくなる話ではあるが。
「でもタマモの子どもの頃って、あんまり想像出来ないんだよねー」
「んー、まあ外に出て遊ぶタイプではなかったね。ほとんど自分の部屋で本とにらめっこをしていたよ」
幸いうちには沢山本が置いてあったから、飽きることはなかったし。
あまりに部屋から出なかったものだから、呆れた祖母によく連れ出されていたっけ。
「うわ、もしかしてタマモってお嬢様って呼ばれてたりする……?」
「いや、読書ぐらいなら誰だってやるだろうに」
「何でですかね、タマモさんが読書っていうと、こう、真っ白なレースのカーテンに安楽椅子のイメージが……」
イナバさんの中で、ボクはどれだけ美化されているのだろうか。
〝お稲荷様〟の件といい、どうも二人はボクを深窓の令嬢みたく考えているようだが、実際はもっと俗っぽい人間なのだが。
ジャンクフードも大好きだし、コンビニで漫画の立ち読みだってする。
「普通に自分の部屋で、ベッドに寝転びながらだよ」
「え、じゃあもしかして引きこも――ふぎゃっ!」
流石にそれはちょっと言いすぎじゃないかな?
モミジの頭頂部に手刀を落としつつ、ため息を吐く。
頭を摩りながら涙目でうーっとこちらを睨みつけてくるが、完全に自業自得であるので無視する。
「まあ学校もVR制のところだし、家から殆ど出ないから否定はできないけど……」
ボクがそう漏らすと、隣で話を聞いていたイナバさんが盛大に紅茶を噴出した。
「げほっげほっ! えっ、タマモさん〝VRS〟に通ってるんですか!?」
「え、まあ、そうだけど……?」
「いいなあ、私も興味あったんですけど、両親がどうしても許可してくれなかったんですよー!」
VRS――Virtual Reality School
その名の通りVR技術を利用し、生徒は自宅から専用の端末を使用してログイン、ヴァーチャル空間で全ての授業を受ける、数年前から徐々にその数を増やしつつある新しい形態の学校である。
端末とインターネット環境さえあればどこからでも利用出来るため、身体に障害を持ち自由に登校できない人などでも何不自由なく勉学に専念できるというメリットがある反面、ヴァーチャルリアリティに依存してしまい、現実世界での生活に悪影響を及ぼすのではないかと、様々な方面から批判を受けていたりもする。
まあボクは単純に毎日通うのが面倒だからという理由で、VR制の学校を選択したのだが。
従来の学校に比べると学費も安いし、重たい学生カバンとも、すし詰め状態の満員電車とも無縁なのでとにかく楽なのだ。
「んー、私は部活もあるし、今までの学校の方が好きかなあ」
そういえばモミジは陸上部だったか。
日焼けした肌も部活動の影響らしく、こう見えてインターハイに出場した経験もあるのだとか。
その話を聞いて、やはりアバターの外見は殆ど変更していないのか、と僅かながら驚いた記憶がある。
「VR制だと、通信障害とかが起きると結構不便だしね。先生の声がラグって聞こえたりするし、天候に影響されないから、台風が来ても授業には出ないといけないしね」
「それはちょっと、嫌かもしれませんね……」
そうして、すっかり世間話に夢中になってしまったボクたちが当初の目的を思い出すのは、それから三十分以上経過したあとであった。
そんなこんなで、時折ぐだぐだになりながらもレベル上げを行い、現実世界が夕方に差し掛かるころには、イナバさんのレベルは十二にまで上がっていた。
一通りアドバイスも済ませたし、あとは彼女一人でも大丈夫だろう。
なんだか世間話をしていた時間の方が長かった気がするのは、きっと気のせいだと思いたい。
「今日は本当に色々とありがとうございました!」
アインに戻ってきたところで、イナバさんは大きな兎耳を揺らしながら深々と頭を下げた。
ちなみに巨竜とプレイヤーとの争いはいまだ続いていた。 本当にご苦労なことである。
「どういたしましてー、私も色々お話しできて楽しかったです!」
「魔法使いだとこれからパーティを組むことも多いだろうけど、今日伝えた内容にさえ気を遣えばそう厄介な事にはならないと思う。まあ、もし困ったことがあれば、いつでも声をかけて」
フレンド登録を済ませ、夕飯の支度があるということでログアウトしていく彼女を見送ると、どちらともなくきびすを返し、噴水広場を後にする。
何というか、色々と密度の濃い一日だったな。
ゲームの中であれだけリアルの話をしたのも、思えば初めてかもしれない。
「あ、そうだ。タマモってこれから予定ある?」
ふと振り向きながら、モミジがこちらを見上げるようにしてそう尋ねてきた。
うーん、夕飯の支度は済ませてあるし、特に予定はないかな。
そう答えるとモミジはぱっと笑顔を咲かせて、ボクの両手をしかと握りしめた。なんだろう、何故だか面倒ごとの予感がする。
「よし、じゃあ今から王都に行こう!」
「何がじゃあ、なのかよくわからないのだけど、どうして急に王都へ?」
別に用事はないし、どうせならジパングへ戻って色々と買い物をしたいのだけど。
「だって、タマモって放っておいたらずっとジパングに籠ってるんだもん。私もログアウトの時間までまだ余裕あるし、せっかくだから一緒に遊ぼうよ!」
掴んだ両手をぶんぶんと上下にシェイクしつつそう言う様子はまるで駄々を捏ねる子どものようで、思わずこみ上げてきた笑いを袖で隠していると、モミジはぷくっと頬を膨らませた。
やれやれ、どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。
「むー、なに笑ってるのさー!」
「ふふっ、いや、ちょっとツボに入ったものでね。わかったよ、ボクも王都に興味がない訳ではないし、良い機会だから立ち寄っておこうかな」
イベントはまだ初日なので明日にはまたこちらへと戻ってくるだろうけど、向こうの【来訪者の石碑】さえ登録しておけばさほど移動に時間はかからなくなるし、いつかは訪れておかなければならない地ではあるのだ。どうせ後々、イベントにも絡んでくるだろうしね。
さて、とりあえずはこの町にある【来訪者の石碑】からツヴァイへ移動、その後は徒歩で王都へ向かうのが一番楽なルートだろうか。
公式ホームページによれば王都≪フィーア≫は、白亜の王城がそびえる美しい街らしいが、今度はどんな出会いが待っているのだろうか。
そんな僅かな期待を胸に、とりあえずは目の前で地団太を踏むこのお姫様のご機嫌をとるところから始めるとしようかと、ボクはまた苦笑いを浮かべるのだった。




