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7話 美の兆しと再会


ダイエットは順調に進んでいた。

けれど、その変化をよしとせず、嘲る者たちもいて――。


陽光が差し込むグラシエル家の庭園は、春の香りに満ちていた。薔薇のつぼみがひとつ、またひとつとふくらみを増し、柔らかな緑が命を謳うように枝を揺らす。


私は今朝もウォーキングを欠かさなかった。ドレスの裾を揺らしながら、軽やかな足取りで小道を進む。頬はほんのり紅潮し、額に小さな汗の粒。けれど、胸に宿る満足感は何よりも清々しかった。


「……ふぅ、二十周目」


頬にも汗がにじみ、息が少しだけ上がっていた。それでも私は立ち止まらない。たとえ周囲の目がどれほど冷ややかであっても。


庭園の片隅、藤棚の陰。そこに控える数人の使用人たちは、庭園の整備をしているふりをしながら、時折こちらの動きを盗み見ては、肩を寄せ合って小声で笑っていた。


「また歩いてらっしゃるわ。庭園を何周したら気が済むのかしら?」


若いメイドが箒片手に、眉をひそめながらつぶやいた。


「一日中座ってお菓子を食べてた方がお似合いだっていうのに、ねぇ?」


「おや、知らないの?最近は肉も油も控えて、野菜と雑穀ばかり召し上がるんですって。気でも触れたんじゃないかしら」


数人のメイドたちがくすくすと笑い合う声が、湿った春の空気に紛れて響いた。

その声は、しっかりと私の耳にも届いていた。

ゆっくりと振り返ると、藤棚の陰に目を逸らす使用人たちの姿が見えた。


「仕方ないわ。革命っていうのは、最初に笑われるものなのよね……」


視線を戻すと、私はまた歩き出した。ゆっくり、確かに。あくまで優雅に。


笑うなら笑えばいい。けれどその目で見ていなさい――努力とは何か、美しさとは何か、きっと私が証明してみせる。

目を逸らさず、昨日より今日の自分を、少しだけでも好きになれるように。


嘲笑にもめげず、歩き続ける。

……ふと、前方にひときわ背の高い人影が現れた。


「……あれは、まさか」


光を遮るようにして、長身の青年が佇んでいた。こちらに気づいて、穏やかな歩調で近づいてくる。風に揺れる亜麻色の髪。若葉色の瞳は穏やかに細められ、肩にかけられた黒い医薬鞄が、彼の職業を物語っていた。


「エリザベート……お嬢様?」


その声音に、記憶の奥が埋もれていた名を呼び起こした。


「……カミル?」


王立薬学院を首席で卒業した、医薬の才人。

ゲームには登場しないけれど、以前はグラシエル家によく顔を出していた私の古い知人。今は貴族家の医療顧問として各地を巡る身の彼が、数年ぶりに私の前に現れた。


「……驚いた。ずいぶん……いや、信じられないくらいお変わりになられて」


その声は驚きよりも、どこか敬意と喜びに満ちていた。目元に浮かぶ柔らかな笑みに、私の心臓が一瞬、大きく跳ねた。


「……そう?少しずつだけど、頑張ってるの」


「少しずつ、ですか?……いえ、それは少しどころではないと思います。失礼を承知で申し上げますが、以前のあなたは、歩くだけでも辛そうで……それが今では、お元気そうで安心しました」


思いがけない言葉に、胸が熱くなる。彼の言葉は押しつけがましくなく、変化の裏にある私の努力を、静かに認めてくれるようだった。


「……カミル、昔……私に“健康のために減量を”って言ったこと、覚えてる?」


「ええ。もちろん。あの時は……」


「私は、あの言葉、ちゃんと受け取らなかった。余計なお世話だって、怒ってしまったわ」


悔しさと情けなさが混じり、声が震えた。

それでも彼に今、感謝を伝えたかった。


当時の私はこの世界の常識に囚われて、減量するには絶食するしかないと、カミルの勧める方法に耳を傾けなかった。それにあの頃は、外からの声に傷ついて、ストレスから逃げるために過食に走っていた。

そんな中でも、カミルだけは真摯に心配してくれていたのに、私は意地を張って、酷い態度を取っていたと思う。


「……ごめんなさい。そして、ありがとう。あなたは私の事を本当に考えてくれてたのにね」


言葉にすると、張りつめていたものが解けていくようだった。

カミルは、静かに首を横に振る。


「謝られることではありません。あの頃は……いろいろと、難しい時期でしょうし。でも、今こうして、ご自身の力で変わられた。それが何よりだと思います」


「……そう、見える?」


「ええ。お顔の色も良くなってますし、背筋も伸びていて……言葉ではうまく表せませんが、雰囲気が違います。とても、良い意味で」


その言葉に、胸の奥がじんわりと熱を帯びた。いつもの朝の景色が、光をまとってきらきらと輝いているように思えた。


「……でも、周りはまだ私のやってることを理解してくれないの。貴族令嬢が歩き回るなんて下品だって、アメリアも……ふふ、仕方ないけど」


「そうですね……貴族社会には、まだまだ“らしさ”という名の偏見が根強いですから。美や品位だけが評価され、健康は軽視される。それではいずれ、誰もが身体を壊してしまうのに……」


カミルの声は穏やかだったけれど、その瞳には鋭い確信が宿っていた。


「けれど、あなたを見ていると、希望を感じます。誰かに言われたからではなく、自分の意思で変わろうとする人が現れた。それは、医者として本当に嬉しいことです。……あなたの努力は、決して無駄ではありませんよ」


私は、潤んだ瞳で彼を見つめた。

かつては見向きもされなかった醜い令嬢。そんな自分を、変わる前から心配してくれて、変わった今も頑張りを認めてくれる彼がいる――その事実が、心にしみた。


「……ありがとう、カミル。これからも、もっと頑張るわ」


「ええ。ただ、頑張りすぎないように。……体調が不安なときは、遠慮なく言ってください。あなたは、つい無理をしてしまうところがありますから」


風が、二人のあいだを通り抜けていく。

あの頃の彼の言葉が、やっと心に届いた。今なら素直に受け取れる。だからこそ、彼の存在が、こんなにも暖かかった。




カミルは食事内容変更、例えば野菜を摂るように勧めていましたが、以前のエリザベートはそんな他の貴族に馬鹿にされるような事はできないと拒否しちゃってました。

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― 新着の感想 ―
いや貴族社会で1仕様人風情が主人の貴族令嬢を誹謗中傷して蔑むとか不敬罪や侮辱罪で速攻で処刑なんだが…。ほっとこうではない。綱紀粛正すべきだろ。 現代知識あるなら分からないのか?
主人を悪く言うメイドが家にいるのが不思議です。最低でも解雇。下手したら物理的にクビきられそう、、、
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