表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/62

7話 新たな脅威

茶屋の暖簾をくぐると、外の春の光が目に眩しかった。

胸の奥で、小さく拳を握る。


――うまくいった。私の和菓子を認めてもらえた。


さきほど披露した寒天の菓子が大勢に受け入れられたことが、じんわりと嬉しさとして広がっていく。

それに、店主と交わした約束――あれは大きな前進だった。


「……ふふ。大成功だったわ」


そんな私の背後では、ツキシマは悔しそうに眉間に皺を寄せたまま、黙ってついてくる。

その様子に、サクラは思わず小さく苦笑した。


「今回の和菓子も素晴らしかったよ。君の工夫には、いつも感心させられる」


隣りを歩くカミルは目元を和らげる。

穏やかな町の川沿いを歩きながら、私は勝利の余韻に浸っていた。


――そのとき、突然。


通りの奥で、何かが不自然に動いた。

人混みの中、笠を深くかぶった男たちが現れる。まるで狙いを定めたかのように滑るような足取りでこちらに近づき、私たちの前に立ちはだかった。


「――っ!」


胸が強く脈打つ。嫌な気配が、頸筋をつたって冷たく走った。

次の瞬間、乾いた叫びが響き渡る。


「外つ国の女を追い払え!」


叫びと同時に小さな火花がはぜ、焦げた布の匂いが鼻を刺す。

鋭い視線、殺気を孕んだ空気。ただならぬ気配が、町の穏やかさを一瞬でかき消す。

私は思わずカミルの腕にしがみついた。手が震えて、心臓がうるさいほど跳ねた。


「カ、カミル!」

「大丈夫。落ち着いて、エリィ」


カミルの低く静かな声。彼は周囲を見渡し、状況を瞬時に把握している。


「きゃぁ!」


サクラの悲鳴が響いた。すかさずツキシマは前方に飛び出る。

襲いかかる影を、彼は迷いなく受け止めた。刀が火花を弾き、音もなく男をいなす。火薬の残滓が空中で散り、水辺へ蹴り飛ばされた光が川面で弾ける。舞い散るしぶきと混ざり、桜の花びらがひらりと地面へ落ちた。


「姫様。俺から離れないでください。必ず、お守りしますゆえ」


ツキシマの動きには一片の淀みもなかった。敵の刃を受け流し、体の重心をわずかに傾けて次の一手へ繋げるその姿は、まさに長年鍛えた手腕そのものだった。

私は息をのむ。冷静さの奥に潜む鋭い緊張、迷いなき足運び、気配すら断つような剣筋に目を離せない。


しかし次の瞬間、路地の闇から別の男が姿を現し、黒い煙玉を投げ放った。

ぱん、と乾いた音とともに煙が弾け、風に押されてこちらへ押し寄せる。


息を吸った途端、喉が焼けつくように苦しくなり、咳が込み上げる。

「ツキシマ――!」とサクラのかすれた叫び声が聞こえた。


その瞬間、カミルが私の手首を掴み、そっと引き寄せる。

私の口元を覆うように、彼の手がすっと掲げられた。


「深く吸い込まないで! サクラさんも慌てず、浅く呼吸して――皆さん、風上に逃げてください!」


指示は簡潔で明瞭。その指示に、混乱しかけていた町人たちも徐々に動き始める。咳き込みながらも歩幅を整え、煙の流れから遠ざかっていく。

私も浅く息を保ちながら、カミルに腕を引かれるまま煙の外へ抜けた。

視界が晴れたころ、ツキシマはまだ私たちと敵との間に立ち、刃を弾き、歩幅を乱すことなく相手の動きを封じていた。

私はただ心臓の高鳴りを感じながら見守るしかなかった。


やがて、追い詰められた襲撃者たちは焦りを見せ、周囲の群衆へ紛れるように散り逃げていった。


私はまだ震える指先を握りしめたまま、肩を上下させていた。そんな私の背を、カミルの温かな手がやさしくさする。

スギモトがゆっくりとこちらへ振り返る。刀を納め、深く息を吐く。


「もう大丈夫だ」


カミルも私の肩に手を置き、微笑む。


「エリザベート、怪我はないかい? めまいやしびれは?」


「大丈夫よ」


私はゆっくり息を吐き出し、胸の奥に残る震えを落ち着かせる。

カミルは私の様子を注意深く見つめながら続けた。


「ただの硝煙なら大事はないだろうけど、後ほど診察はしたほうがいいね」


「そうね。町の人たちの安全も確認した方が良いわ。それにしても……まさか異国で襲われるなんて。カミル、貴方がいてくれて本当に良かった」


絞りだすように出た言葉に、カミルは優しく頷いた。


「一体、何だったの? あの人たち……」


思わず漏れた問いに、サクラが唇を噛みしめながら答える。


「反発派です。ヒノモトでも、外の国との交流を快く思わぬ人々がいるのです。危険な目に合わせてしまい、申し訳ありません……」


彼女の声は震えていた。ツキシマが落ち着いた声で続ける。


「心配はいらぬ。俺がいる限り、姫や客人が傷つくことはありませぬ」


低く落ち着いた声で告げられた声に、私はようやく肩の力を抜くことができた。


「……ツキシマの剣の腕は、素人の私の目から見ても見事だった。頼れる護衛がいて、心強かったわ」


そう言いながらも、異国での文化交流の難しさも、胸の奥でじんわりと感じていた。

まさか、排他的な派閥まで存在するなんて――思ってもみなかった。

開国して間もないヒノモトでは、外の国との取引はほとんど始まったばかり。

私がどうしても欲しい米も、和菓子に欠かせない寒天も、輸入が安定する保証などどこにもない。

だからこそ、この訪問は成功させねばならないのに……。

心の奥で、焦燥と責任感が混ざり合い、静かな決意が芽生えた。


「いいえ、……絶対に、この国との交流を成功させてみせるわ」


私は握りしめた手を少しだけ強くし、春の桜の花びらが舞う町道を見つめた。

次話ではツキシマとサクラの関係を深堀していく予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ