番外編 もう一人の悪役令嬢Ⅳ
「はあ……。」
つい、深いため息が漏れる。
私は、今日あった出来事を思い返していた。
あの後、ブリジットとフレディは少しだけ会話を交わし、そのままふたりで帰っていた。話によると、フレディは幼いころから「女性には優しくすべき」と教えられて育ったらしく、どの令嬢にも親切にしてしまうのは“癖”のようなものなのだとか。
「これからは気をつけるよ。ブリジットを悲しませることはしない」と告げた彼の言葉に嘘は感じられなかった。
帰り際、赤くなったブリジットの手首を見て、フレディは随分と慌てていた。
「女の子の柔肌に傷を作るなんて……本当にごめん!」
「ちょっと赤くなったぐらいですし、大丈夫ですよ」
「ちゃんと責任取るから!」
プロポーズのような台詞に、ブリジットは顔も真っ赤にした。
その顔を思い出すだけで笑いが込み上げてきそうになる。ゲームで見たフレディはあくまで一側面に過ぎず、彼が本当にブリジットを想っていることが分かって、心から安心した。
けれど、心のどこかにひっかかっていた言葉を思い返すと、自然と視線が伏せがちになった。
「……私ったら、駄目ね。ダイエットの方法ばかりに気を取られて、痩せなければいけないと思わされる社会の方には、疑問すら持っていなかったなんて」
カミルと私は、サロンのソファで並んで座っていた。その距離は膝と膝が軽く触れ合うほど近く、体温も感じられるほどだった。
ふたりきりのサロン。レース越しに差し込む金色の余光が、カーテンが揺れるたびわずかに揺らぐ。まるで時間さえもゆるやかに流れているよう。この部屋は、世界でいちばん優しく、そしてどこか甘やかな秘密を孕んだ場所だった。
私はもう一度深呼吸をつくと、カミルの肩に頭を乗せた。落ち込んでいる私を慰めるように、カミルは頭を撫でてくれる。子供をあやすみたいに、よしよしと。
「エリィは思ったら一途なところがあるよね」
「うぅ……やっぱり、そうよね……」
私は赤くなった顔を隠すように、肩にぐりぐりと額を押し付けた。
その様子がよほどおかしかったのか、カミルは小さく笑った。その笑い声はやさしくて、少しだけ救われた気がした。
「まあまあ、君の長所でもあるんだから」
「そうかしら?私は……今回の事で視野が狭いのだとようやく気が付いたわ」
いつからだろう、ふたりで過ごすようになってから、カミルの敬語はすっかり取れて、二人きりの時は愛称で呼んでいる。私も自然と甘えられるようになっていた。
蕩けそうなほど甘い声で名前を呼ばれ、私は言葉の代わりに、髪を撫でられるまま静かに目を閉じた。
「それにね、エリィ。僕は、君がダイエットを広めてくれたこと自体は良いことだと思ってる。貴族たちの中で、野菜や運動に嫌悪感を持つ人が確実に減ったから」
カミルにそう言われて、心が軽くなる。私は顔を上げ、まっすぐにカミルを見つめた。
「私……女性の皆が、自分の外見に苦しまないようになってほしい。どんな人も、自分のことを好きになれるようになってほしいわ」
それがどれほど難しいことか、私にも分かっている。けれど、少しでも多くの人が笑えるように手助けをしたい。
「痩せなければいけないなんて、そんな価値観はもう終わりにしたい。ありのままの自分を大切にできる社会になればいいわ」
ひとつ、ひとつ、言葉を選びながら、自分の思いを声に乗せていく。
「でも、変わりたいと思う気持ちも、れっきとした“自分”よね。その背中を、私はそっと押してあげたいの」
「素敵な夢だね、エリィ。僕は応援するよ」
そう言って、カミルは私の額にそっと口づけを落とした。柔らかな温もりに包まれて、私は照れながらも微笑んだ。
心がほぐれるような、くすぐったい幸福がそこにあった。
エリザベートを動物に喩えたら猪かもしれない(笑)
そもそも、痩せたい気持ちを過剰に作り出してしまう社会が問題だと思います。でも、変わりたいという意思も尊重していきたいと、エリザベートは心に決めて、この番外編はお終いです。
気になっている方がいたので、ユリウス達のその後のお話をいつか掲載出来たらな〜と思っています。
面白いと思っていただけたら、☆マークから評価・お気に入り登録をしていただけると嬉しいです。




