表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/62

番外編 もう一人の悪役令嬢Ⅱ

ブリジットは、ほんの少しずつ――けれど確実に変わり始めていた。


頬の輪郭がわずかに引き締まり、歩き方に弾みが出てきた。笑顔の中に、どこか誇らしげな色が混じるようになってきたのは、ここ数日のこと。


「エリザベート様、見てください!このドレス、前はきつくて入らなかったのに、今日はすっと着られたんです!」


明るく弾んだ声。ブリジットは、サロンの鏡の前でくるりと回ってみせる。淡いピンクのワンピースが、彼女の頬の紅潮と相まって、可愛らしく見えた。


「すごいじゃない。頑張った成果ね」


「はい……!わたし、もっと頑張ります。フレディ様に……褒めてもらえるかな……」


嬉しそうに笑う彼女を見て、私も唇を弛ませた。


その翌日だった。

リリィがふと口にした噂話が、私の胸にひどく重くのしかかったのは。休憩時間、一緒にお茶を飲んでいると、悩まし気な顔をしたリリィに相談されたのだ。


「エリザベート様……。王都のパーティーで、フレディ様がブリジット様ではない令嬢と二人きりでいた、という噂が出回っているようでして……。しかも、お相手はスリムで、とても華やかな方だったとか……」


「……そう、なの?」


「はい。フレディ様は女性に優しいので、誤解を招く態度も多いようで……。私、ブリジット様の努力をずっと見てきたから……もし、なにか力になれる事があるなら……」


「そうね……」


曖昧に頷きながらも、私の心はざわついていた。


その日の午後、ブリジットはサロンの隅のソファで小さくなっていた。背を丸め、うつむいたまま、指先をぎゅっと握りしめている。いつもは明るい声で話しかけてくる彼女が、今日は一言も発さない。


「……聞いちゃいました、噂……フレディ様が、別の令嬢とご一緒だったって……。私と違って、細くて綺麗な方だったって」


「ブリジット……」


「わたし、勘違いしてたのかな。わたしでも、フレディ様に相応しい女性になれるかもしれないって……信じてたけど、もしかして、それって……意味のない努力なのかなって……」


その声音に滲んだ寂しさが、私の胸を刺した。


そう、私は知っていた。

フレディ・フェルスターは攻略キャラだった。

表婚約者がいる身でありながら、誰にでも笑顔を向け、優しい言葉をかけ、時に過剰なほど距離が近かった。表面は紳士的だが、どのルートでもどこか軽薄さをにじませる男だった。


そんな男のために、こんなにも健気に、一途に、頑張っているブリジット。


「ねぇ、ブリジット」


彼女の横に座り、目を見つめた。


「あなたは、もう十分すぎるほど素敵よ。優しくて、努力家で、笑顔がとびきり可愛い女の子よ」


私の言葉に、ブリジットはしばらく黙っていた。けれどやがて、力弱く首を横に振った。


「ごめんなさい。……それでも、わたし、フレディ様に褒めてほしいんです。振り向いてほしいんです……」


「ブリジット……」


喉まで出かけた言葉を、私は飲み込んだ。

それが彼女の心に届くとは、とても思えなかったから。


それからも、ブリジットは順調に痩せていった。


「……ブリジット、ちょっといいかしら?」


いいえ、彼女の減量は、当初の予定より遥かに上回っていた。そして、彼女の足取りは重く、吐く息は浅くて早い。肌はくすみ、唇の血色もない。おそらく彼女は、言いつけを破って、無理な食事制限を始めていた。


私は、そっと声をかけた。


「あなた……もしかして、食事を抜いてるんじゃない?」


一瞬、彼女の肩がびくりと跳ねた。

だが次の瞬間には、にっこりと笑っていた。


「いえ、大丈夫です。……ちゃんと食べてますから」


その笑みが、あまりにも不自然だった。張りついたような微笑み。目元は笑っておらず、生気が感じられない。


「ブリジット……!あれほど絶食は駄目だって……」


「ほんとうに、ちゃんと食べてます」


問い詰めるような私の声に、彼女はかぶりを振って否定した。

その動きも、どこかぎこちない。


「わたし、平気です。わたし、本当に大丈夫なんです。大げさに言わないでください……。わたしは、わたしなりにがんばってるんです」


そう言って会話を拒むように、体の向きを変えた。

その背中には、あのふわふわとした愛らしさはもうなく、ただ焦燥と不安だけがこびりついていた。


どうしてそこまで自分を追い込むの――言葉に出しかけて、私は口をつぐんだ。殿下に振り向いてもらうために必死だった、かつての自分を思い出したから。きっと、今の彼女にはなにを言っても届かない。けれど、それでも――


ねえ、ブリジット。貴方の婚約者はそこまで頑張る必要のある男なの?



明日はフレディ本人が登場します。12:10更新予定!

面白いと思っていただけたら、☆マークから評価・お気に入り登録をしていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ