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番外編 もう一人の悪役令嬢

そこは、王都で暮らす令嬢たちが、少しだけ立ち止まり、自分自身と向き合う場所――

《ラ・ベル・レジスタンス》

今日も変わらず、美と健康に悩む誰かをそっと迎え入れる……はずだった。


けれどその日、扉を開けて入ってきたのは、予想もしなかった人物だった。

彼女はもじもじと指先をつけたり離したりしながら、所在なげに立ち尽くし、丸い頬をほんのりと赤らめ、視線は自信なさげにななめ下を向く。


「……エリザベート様!……相談に、乗って欲しいのです。わたしも、エリザベート様のように美しくなりたくて……」


心を決めたように太い指をぎゅっと握りしめて、そう告げたのは――

乙女ゲームの中で、私とは別の“悪役令嬢”として登場する少女、ブリジット・アンサーバーだった。


彼女はゲーム本編において、ある攻略対象キャラクターの婚約者として登場し、ヒロインの恋を邪魔する立場だった。

けれど最後には身を引き、静かに退場する。彼女の出番はごく限られており、しかもそのキャラの専用ルートでしか登場しないため、公式スチルすら存在しない影の存在だった。

だから、彼女の外見は知らなかったのだけど……過去の私に同じように、ふくよかな体型をしていたのね。優しげな雰囲気も相まって、まるでマシュマロのようにふわふわとした女の子だった。


「わたし、食べるのが大好きなんです。だからつい食べすぎて、こんな体型になっちゃって」


気まずそうに笑う彼女に、私は頷いた。

その気持ちは良く分かる。私も美味しいものを食べるのは好きだから。


「私には、フレディ様という婚約者がいるのですが……」


「……知ってるわ」


「そう、ですよね。有名ですもんね……フレディ様はとても格好良い方ですし。だから、たくさんの令嬢に好かれていて……。それに比べて、私はこんなに太ってて……」


言葉を飲み込む彼女の目に、かすかな涙の光が揺れた。


「だから、“彼に似合わない”って、周りからも言われます。自分でも、不釣り合いだってわかってるんです。でも、わたし、フレディ様と別れたくないんです」


だって、と震える声で彼女は続けた。


「フレディ様が……好き。誰よりも、大好きだから……」


私の胸はきゅんと鳴った。

揺るぎない思いを口にする彼女は、愛らしかった。そう、その姿は“恋する乙女”そのものだった。私はこの瞬間、心から彼女を協力したくなっていた。


「私のサロンでは、極端な絶食は勧めていないわ。でも、今までのように、好きなものを好きなだけ食べる生活は見直す必要がある。

……好きなことを我慢するのは、たぶん、とてもつらいわよ。それでも、本当にやってみたいと思える?」


私の問いに、彼女は真剣な目で力強く頷いた。


「はい。食べることも好きだけど……それ以上に――私は、フレディ様が好きなんです。だから、彼に相応しい私になりたいんです」


その一言に思わず胸元を抑える。「十分に可愛いわよ」と伝えたくなるのを、ぐっと堪える。

だって彼女は、自分の意志で変わろうとしているのだ。その勇気を、私は応援しなくっちゃ。


「……いいわ、ブリジット。私、全力であなたを支えるわ!」


「本当ですか……!?ありがとうございます、エリザベート様!」


こうして、もう一人の悪役令嬢――

ブリジット・アンサーバーのダイエットは始まった。


とはいえ、ダイエットといっても、無理な絶食や急激な運動を課すつもりはなかった。《ラ・ベル・レジスタンス》が目指すのは、健やかな美。だから、私はまず、ブリジットの食事と生活習慣を丁寧に見直すことから始めた。


「……これが、朝ごはん……ですか……?」


サロンのテラスで、ブリジットが困惑したように料理を見つめる。

ふんわりと焼かれたオートミールのパンケーキに、無糖のヨーグルト。それに野菜とフルーツが添えられた、美しくも控えめな朝食だった。


「甘くなくても、ちゃんと美味しいわ。素材の味を感じてみて」


「は、はい……」


ブリジットは、おそるおそる口に運んだ。もぐもぐと咀嚼し、目を見開く。


「……あっ、甘くないけど……おいしいかも!」


「でしょ?」


その反応が嬉しくて、私は自然と笑みを浮かべる。

小さな成功体験の積み重ねが、彼女の自信を育てていく。焦らず、着実に――それが私の信条だった。


食事と並行して始めたのは、軽い運動だった。

朝の光が差し込むサロンの奥、トレーニングルームのフロアで、私はブリジットとともにストレッチを始める。


「ひゃっ……!? エリザベート様、こ、こんなに脚を開くんですかっ?」


「最初は無理しなくていいわ。でも、呼吸を止めずに、ゆっくり、身体の声を聞いて」


「う、うぅ……うん、がんばります……!」


額にうっすら汗を浮かべながらも、彼女は真剣だった。

丸い頬を赤くして、腕や足がぷるぷると震えても、決して途中で投げ出すことはなかった。

時には泣きそうな顔で、時には笑いながら、毎日欠かさずサロンにやってきた。


「ねぇ、エリザベート様……」


ある日、ストレッチを終えた後、ブリジットがぽつりと呟いた。


「なんだか最近、ちょっとだけ、身体が軽くなった気がするの……気のせいでしょうか?」


「気のせいじゃないわよ」


私は彼女の背中をそっと撫でながら答える。


「見てごらんなさい、以前よりも背筋が伸びている。立ち姿も、ずっときれいになったわ」


その言葉に、ブリジットは鏡のなかをじっと見つめ――ふっと、花の蕾が綻ぶように微笑んだ。

その笑顔はとても素敵だった。これ以上努力しなくてもブリジットは可愛いのに、そう思うのに十分すぎるほど、魅力的だった。

番外編、更新スタートです!続きは明日12:10更新予定です。

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